「Aさんの失敗」
「探偵趣味」 1926.05. (大正15年5月) より
Aさんは晩食を終ると、例の通り一渡り賑かな大通りを散歩して來る事にした。彼の不規則極まる生活の中で、此事丈けが一つの例外となって居る事を、少からず誇りと感じて居る彼であった。
此晩は一寸した來客があったので、平常よりは一二本多く聞召して居る事は、醉った當人忘れて居た。ふらふらとして足に力が這入らない雲の中を行く様なのが妙に嬉しかった。通りへ出る迄の暗いのは前から判って居るのに彼は口の中で夫れを叱って見て得意に成って居た。彼は今誰よりも愉快であり幸福であり、其上無上に偉大な人間であった。之れを何とか動作か言語に示す方法はないかと考へ乍ら歩いて居た。
處が、其等の總てを頭から打壊しに掛らうとする事件が突發した。道端の生垣の下から、むくむくと持上った大きな犬、犬でも餘り氣持はよくないが、犬處か怪物である。
「キャッ。」と、其物影が叫びを揚げた。
とAは云ふのである。「颯と飛び退いて身構へた。」と、之れもAの云ひ分である。逃げ支度も一つの身構へだ。Aの言分に從って置く。
「逃げようたって逃がすもんか。」怪物はかう云って蹣跚け掛って來たが、聲は確かに女である。女も女、年増ではあるが艶なる藝者である。此町と並んだ横町に藝者屋が澤山ある。此處にも瀟洒たる料理屋の一二軒はある。Aの斷定は不當でない。藝者は唄ひ且つ踊り出した。危害を加へようとする様子はない。Aは漸く落着いた心に成る事が出來た。
散歩を終って歸り路に前の所を通った。何時迄も藝者は踊って居ない。かうなるとAは名殘惜しい様な氣持になった。自分が吃驚した事など忘れて了って、艶麗極まる醉態や、熟し切った柿の様な甘さを慕ひ出した。殘りの香でも貧り嗅がうとした。と、願ひは神靈に通じたのであらう。地面に印して白く光った圓い物があった。彼女の靈魂が抜け出して自分を待って居たとしか思へなかった。
が、次の瞬間には魂が五十錢銀貨である事を發見した。「醉っ拂った藝者が祝儀を落したんだ。拾ったって何構うもんか。」鼠の様な卑怯な眼付で前後を見渡して居た間に、冷たい銀貨は掌中に握られて居た。
其場所を去ると、気まぐれな良心が醉ひどれた泥の中から頭を擡げた。「人が見て居たぞ。」と良心はこんな警告を與へた。かうなると成程後の方に人の氣配がした様だった。さあいかん。もう振返って見る元氣はない。今も猶尾行されて居る様な氣がする。背中がむず痒くなって來た。「金を拾ったのぢゃない女の魂だ。」否、そんな事は申譯にならない。「放り出さうか。」猶怪しまれる。「何に俺は交番へ届けるんだ。」かう思ったがまだ不安だ。眞實届ける氣が起って居なかった故だ。
彼は四方八方から壓へつけられた様な氣で只歩いた。跟けられて居る事は明瞭に成って來た。彼は道を曲って派出所のある方へ歩いて居た。交番の赤い電燈が恐ろしい眼球の様に映じた。届け出ると云ふ丈けでも氣持が好く無いのであった。此時彼は、巧みに尾行を捲いたのに氣が付いた。後ろを顧みて夫れを確める勇氣さへあった。併し派出所の内にも附近にも巡査の影は見られなかった。
其邊を探して居る内に「えゝ面倒だッ、儘よ。」と、こんな氣持が安價に湧いて出た。彼は急いで他の方向へ交番を離れた。半ば駈けて居る自分を見出した時、彼は家からも餘程遠い寂しい町へ來て居たのであった。萬事は都合よく行った事も判った。氣を揉んだ丈けが滑稽であったが、其代價は袂の中に光って居た。
何處か近所の屋敷から、梅が奥床しい香を惜氣なく暗中へ振撒いて居た。安心し切った彼は空地を圍んだ生垣に向ひ、遠慮なく用を足し始めた。ひらひらと肌に觸れる空氣の微動は、未だ薄ら寒い所もあったが、これも風流の一つであった。
「オイコラッ。」と、恐らく世の突然中第一等と思はれる聲が、彼の眞後で爆發した。大きな衝動は骨を透して髄まで冷かにした。こんな時人間の頭は電光以上に鋭く働いた。依然巡査に尾けられて居た事を悟った。交番に巡査が居なかったのは謀られたのだと云ふ事も判った。みすみす盗心を暴露して了った後悔もあった。萬事窮したと云ふ落膽も起った。彼は片方の手を袂へ入れて、銀貨を取り出すなり警官の鼻先へ突き付けた。
「何だそりゃ。」警官の機嫌は未だ直らない。
「五十錢銀貨です。」
「何だ此場で夫れを突き出すなんて、罰金さへ出せば罪を犯しても可いと思って居るのか。」
「だから先刻届ける積りで行ったんです。誰も見えなかったから後にしようと思って居た所でした。これは罰金だなんて、始めから之れ丈けなんですよ。嘘と思ったら躯中を調べて下さい。此外一文だって有りゃしません。」
「始めから惡い事をする氣で届出ようとしたり、金を準備したり全然人を莫迦にしてるぢゃないか。見た所君も相当教養のある人間らしいぢゃないか。」
「ハイ、誠にどうも申譯がありません。」
「君の住所姓名は?」警官はノートと鉛筆とを出して睨み付けた。
此處迄話をしてAさんは言葉を改めた。
「巡査の奴も莫迦な奴さ。僕の小便したのを咎めて居たんだよ。金を拾った事なんかてんで知りゃしなかったんだ。僕の方ぢゃ酒のんで小便する事なんか頭から問題にして居ないんだから。それならそうと早く云ひさへすれば、五十錢を二重取りにされずに濟んだんだよ。莫迦にしてるぢゃないか。」
「ハッハ……これは探偵小説の材料に成りさうだねえ。」私は出來る丈け大きく笑ってやった。
(了)
注)句点は追加除したところがあります。
「彼女と彼」
「探偵趣味」 1926.06. (大正15年6月) より
夜も既う九時を廻った頃であった。山手線電車が丸の内や下町邊から事務員記者女店員ブローカーなど若い元氣な人々を乗せ、郊外の驛々へ配り乍ら上野に向って走って居た。此等の中には一日の疲れを酒で元氣付け、好い氣持に成って眼を閉ぢて居る者も澤山あった。
職業に見放され、永い間貧困と戰ひ續けて居る久松鐘吉も今日丈けは相當に纏った金を懐に忍ばせて居るので、飲めない口ではあるが悦びの餘りビールを一本聞召て居るので、彼も此等の人々と同じ様に、否、寧ろ世界の如何なる人よりも幸福である様な氣持で、おっとりとした眼を茫然開き乍らクッションに躯を埋めて居た。彼の氣持は直ぐに顏へ現はれてこんな時には見違へる程輝きを帶びるのが常であった。
戸山が原を過ぎて了ふと、下車客は出入口の方へ掃き寄せられた。彼も悠々立ち上らうと腰を浮かした時、「アッ」と危ふく聲を出さうとして漸くそれを引込める事が出來た。丁度其時、颯と淡い香水の匂ひが流れて、彼の眼の先を遮って過ぎた女があった。其女と云ふのが彼と三年迄同棲して居た登美子なのであった。彼女の頭から着物帶下駄と、彼の視神經は敏捷に働いて、其結果を判斷力に訴へたのであった。
それは甚だ忌々しい事であるが、事實は依然事實であった。と云ふのは、彼女は彼と同棲して居た世話女房時代とは似てもつかない立派さで、髪の毛の中から寶石が光り、派手な着物や上品な帶が彼女を若く美しく見せて居た。彼が年齢に似ず白髪だらけになり、獨身者特有な着物の汚れを見せ、板になった捩れ下駄を履いて居る變り方とは大きな相違であった。流石に物に構はない彼でも、一番後から改札口を出た程氣が退けたのであった。
空は、一寸指先で突ッついても直ぐ泣き出し相に曇って居たが、何處かに月が埋れて居ると見えて薄明りはあった。彼は虚榮と驕慢とで出來上った様な彼女を遠く見失はない様に歩いて居た。あんな女には少しも未練が無い事を、自分自身で幾度も確め乍ら、依然後を跟けて居る自分を發見した。
明るい通りを直ぐに右手へ曲って、軈て彼女は橋を渡った。それから先は既う眠って居る工場と、其間に所々齒が抜けた様な原がある許りである。巣鴨邊に居ると云ふ噂を聞いて居た彼には少し意外であった。彼が家路を辿ると云ふ事が、彼女の後を跟ける事に一致するのであった。愈々寂しい道を潜りだした時、彼は凹凸の道路に靴音を忍ばせた。歩度を延ばし速度を加へた。彼は顏がぼーっと火照って來るのを感じた。
動悸が激しく成るのも判った。甘酸っぱい液體が咽喉の邊りから滲み出た。不安と好奇心とが小犬の様に縺れ合った。彼は今、恐ろしい忌はしい冒險を決行しようと企てたのであった。
彼は嘗ては自分の自由に成った彼女に對して劣情が起った。それを不自然だとも未練だとも思はなかった。從って彼の計畫を不道徳とも不人情とも思はなかった。平生彼が主張して居る通り、「貞操は婦人の生命にして、破るは男子の誇なり。」と云ふ氣持をもって彼女に迫って行った。が、段々近く成って來るに從って、勇氣の代りに恐怖心が起って來、足の進みが遅く成って行った。彼女の影が遠ざかるのを見ると、好機をむざむざと逸する惜しさから又足を早めた。「待て。」と呼掛けようか、それとも彼女の名を呼んで見ようか。
と、こんな事も考へさせられた。かそれは却て彼女の反抗心を買ふ丈だとも思った。こんな風にして愚圖々々して居ると、又しても彼女が遠ざかって行く。遂に彼は盲目的の勇氣を振ひ起して彼女に近寄った。七歩……五歩、あと二歩の所まで既う迫って居た。後は一ト走りと云ふ時に成って、彼の口から「オイ」と云ふ言葉が發せられ様とした時であった。左手の工場の一角に物の音がした。塀越ではあったが、ぱッと光が射すのを見た。彼の心臟は敷石にでも衝突した様にはっと鼓動を止めた。瞬間彼は立竦んだ。
工場からは空地へ人が降りて來た様であったが、と云って何事も起りはしなかった。それでも彼の憶病な心は全然勇氣を失って居た。外に道でもあれば迂回してゞも彼女から離れて了はうと思った。併し其處には一本の道と、一方は高い山程もある崖が續き、他の一方は原地が暫く續くのであった。彼は惰性的に其道を歩いて居た。依然彼には此好機會が惜しまれた。「どうも俺は氣が小さ過ぎる様だ。こんな事は呑氣と大膽とがあれば十分出來る事なんだ。」
かう考へながら彼が時々聞かされる、こんな事に關して名人である或友人の事を思ひ出した。「大膽だ大膽だ」只それ丈けあれば好いんだ。彼の好奇心と冒險慾とは自棄的に働き始めた。「やれやれ、遺付けろ。何だ此位の事がッ。」彼の空威張は彼を狂的にまでした。彼は靴音などには顧慮しなくなった。心臟の鼓動が烈しく打ち、脚に慄えを感じて居たが、彼は殊更それに反逆し、野獸の様な心を喚起した。口の中は乾枯び切って言葉を掛けようにも聲は出なかった。
彼は只逆上して驀進する事と飛蒐る事と丈けしか出來なかった。左手が肩に、右手が腋の下に、彼女の柔肌を抱き締めた時、後悔と心配とが頭の中を掠めて過ぎた。併し、彼が豫期した様な悲鳴も叱聲も起らなかった。只豫定に從って左の腕を彼女の頸に卷き付け、一ト締め締め付けた時彼女の咽喉の奥からぐうと響いた呻き聲が起った。
彼は慌てゝ其腕を緩めたが、依然彼女は聲を立てなかった。彼の右手は敏捷に働いて居った。彼女は躯を捻り手脚を(※足宛)いた。それとても強い反抗ではなかった。併し彼は一生懸命に成って抱く様にし乍ら、山の麓の叢の影へと引張って行った。彼女は寧ろ自分から進んで歩いて居るんぢゃ無いかと思はれる程、少しも抵抗しないで運ばれた。彼は彼女が失神して居るのではないかとも疑った。
かうして兎を捉へた虎よりも猶易々と、叢の枯草の床に、彼女の嫋かな躯を押倒し、今や飢えたる猛獸は徐ろに好餌を味はんとした。
「吁。」と、絶望した様な嘆聲が彼女の口から輕く漏れた。
此冒險な事業が餘りに容易であったのを見ると、彼の慾情は火の様に燃えたが、而も猶輕蔑と殘虐とを忘れなかった。
惨らしい虐たげの前に、形式丈けの拒絶があった事は、一層彼の興味を唆り滿足を大きくした。
やゝあって彼は盗兒の様に廣い坂路を駈け登って逃げた。息切れと咽喉の渇きに堪へられなくなると後ろを振返って様子を窺った。勿論誰も追蒐けて來る者は無かったのみか、犬の子一匹通っても居なかった。
「アッハッハ……」
堪え堪えして居た笑ひが一度に發した。息切の上に大きな笑が起ると既う走れなくなった。笑ひ疲れると「アヽヽアヽ可笑しかった。」と云って笑ひを止めようとしたが、さうする後から直ぐに又込み上げて來た。笑っても笑っても笑ひ切れない程、可笑しみの塊が胸に詰って居た。笑ひ足りないとそれが胸に塞がって氣持が惡かった。で、作り笑ひをしてそれを吐き出さうと努めた。
笑ひの緒口が出來ると又續け様に笑へた。かうなると可笑しみの實體が判らなくなって、只笑ひの爲めに笑って居た。これ丈笑ふと笑ひも苦しいものであった。胸の側壁や横腹が其爲めに痛くなった。涙は止度なく湧いて出た。
「一體俺だと云ふ事を知って居たのか知らん。」と、かう考へては笑った。
別れ話を持ち出した時の口はゞったい彼女の云ひ草を思ひ出しては笑った。電車の中で澄し切って居た態度も笑ひの種であった。
「唯々諾々の形! ハッハッハ……否寧ろ歡迎の形! ハッハッハ……」こんな事も口から出た。
「もう一本ビールでも飲んでから家へ歸るか。」
勝利を誇り乍らかう云って、町の方へと足を急がした。彼には此勝利以外にまだ樂しい事があるのを忘れなかった。それは懐中に秘めてある近頃過分の収入であった。
彼は悦びを一層完全にする爲めに、今迄顧みる事を忘れて居た財布を撫でゝ見ようと考へた。掌は懐中を探し出したが其處には有る可き筈の財布は愚か一枚の紙片だになかった。
「オヤッ。」
彼の足は後方に振向けられた。眼は今來た小暗い道を辿って見守った。
「落ちる筈はない。紐を附けて首から吊して居たんだから。」
かう云って見ても結局なかった。到頭叢の蔭まで來たが財布はなかった。只道の脇に齒で噛切ったらしい紐が落ちて居るのを發見した。
「彼女だッ。彼女は全然知って居たんだ。俺の顏色を讀んで居たんだ。」
――終――
注)句点を追加削除したところがあります。
「夕刊」
「探偵趣味」 1927.01. (昭和2年1月) より
爐の内に坐って居る様に、疊はほかほかと蒸し暑かった。夕食時を攝る事は一大事業であった。健吉はそこそこに夫れを終って箸を投げ出した。戸外の空氣が彼を吸ふのであった。燒き付く様な陽の後へ、夕方の風が忍び寄らうとして、微かに木の葉の上で慄えて居た。
彼は近くにある停車場の陸橋へ行って、縮緬皺位の空氣の揺れを貪り味ふ積りなのである。郊外の街路は火鉢の灰を踏んで居る様に、摺り減った下駄の下から煙り立った。
所々に生新らしい水が打たれてあって、黒いバンドを締めた様であった。窪んだ所には水溜りが出來て居て、乗合自動車が泥水を蹴飛ばして走った。彼は電信柱の蔭へ身を躱して泥水を避け乍ら悠々と歩いて居た。彼の後ろから一人の年増女が追付いて、彼を退けさした程すれすれに通って行った。丈がすらっとして、水色の洋装が如何にも涼しさうに彼女の膝の邊りで波打って居た。
「之れは美人だ。」
少々誇大に過ぎるとは思ひ乍ら、彼の心はかう叫んだ。何か新しい心の刺戟が欲しいからである。成る丈け其女と離れまいとして彼は歩度を延ばした。目の當りに美人を見て居る事は、假令どんな種類の女であるにせよ。彼は決してそれを嫌ふ様な男ではなかったのである。
町の家々に軒燈の光がぼうッと點き並んで居た。夫れは恰度晝の暑さに疲れた人々の魂の様に、薄ぼんやりと暈された光であった。女は物思ひに惱んで居るらしかった。鞭に打たれた羊の様に、彼女は沈み勝ちに歩いて居た。馬力の歸り車に正面衝突をしさうに成って、はっと顏を揚げて見たり、町を横切って駈出す子供に躓かうとしたりした。そんな態度が、健吉に中年の女の媚の惱みと云ふ事を思ひ浮ばせて、妙に好奇心を唆るのであった。彼は何處迄も女の後を跟けて見たいと思ふのであった。
と、美女は恰も勝誇った戰士でゞもあるかのやうに、急に勇しく顏を擡げた。其時恰度彼女達を追越さうとして居た自動車を見上げるのであった。車内には中年の一紳士が横柄な態度で坐り込んで居た。
「さうだ。あの男を殺して了はう。……どうしても殺しちゃあなくちゃあいけない。」
健吉は自分の耳を疑はずには居られなかった。が、夫れは紛れもなく彼女の明瞭な言葉に相違なかった。
「殺すッ。」彼は驚きを以て心に叫んだ。「あの男は一體何者であらう。」
今一度彼は自動車を見上げたが紳士の後姿さへもう見る事は出來なかった。只、如何にも驕慢らしい面影丈けは彼の眼の底に殘っていた。
「恐ろしい事だ。恐ろしい事だ。こんな物優しい婦人の身で! 人を殺す。しかも大の男を殺さうと決心して居る。嫉妬だらうか。それとも何か復仇であらうか?」
かう考へ乍らも、彼の心は婦人の方へ同情せずには居られなくなった。紳士の顏付から考へて見ても、どうしても善良なる人だとは思へなくなった。
婦人は足早に歩き出して居た。何事かはっきり決心した勇士の歩みの様に!
「でもどうするだらう。絞殺か? 射殺か? それとも毒殺でもするのであらうか。で、一つ間違へば自分も死なゝくちゃならない!」
彼はかう思って見る丈けでも苦しくなった。其理由を訊いて見たかった。訊いて見る事が出來る知人でありたかった。さうすればどんなにしてゞも思ひ止まらせる事が出來るだらうと思った。其爲めには出來得る限りの犠牲を拂っても厭ひはしない彼であった。
停車場の前を通り過ぎた。彼女は其處へ這入らうとはしなかった。陸橋を渡った。彼は此處で涼まうとはしなかった。彼は木立の茂った薄暗い屋敷町へ差蒐った。前の自動車は赤い尾燈さへ見えなくなって居た。それでも彼女は歩みを緩めないで追って居るのである。
軈て彼女は途を横に曲って行った。前の自動車が姿を消したのも恐らく此方へ曲ったものらしい。其横筋は一層淋しい町で、氣の故だか何處かに殺氣が滿ち充ちて居るのが感ぜられた。彼は明日の夕刊に此記事が載せられるであらうと考へた。「毒殺された紳士」とでも云ふ表題は、恐らく拳大の活字で刷り出されるであらうと想像した。自分丈けは其重大事件を未然に知って居り、其下手人が思ひも寄らぬ貴婦人である事さへも知って居る。これが何だか誇る可き事である様に思へてならなかった。
がらがらと一つの門の扉が開かれた。彼が空想に耽って居る間に、婦人はとある家に這入って行くのであった。標札には「古塚寓」とする許りで名は記されてなかった。自動車も最早其前には居なくなって居た。これが紳士の家であるか、夫れとも婦人の家であるか、彼は探偵する要があると感じた。
彼は門前に立って小鳥でも逃がした人の様に暫く表札を見入って佇んだ。何だか彼の記憶の底にある姓の様に思へる丈けで夫れ以上は、記憶は甦らなかった。家の内は直ちに靜寂になって頼りない時が過ぎた。彼は塀に沿うて廻って居るうちに小さな露路を裏口の方へ行く事が出來た。此處では何か異様な事件が持上りさうな氣持がした。胸をどきどきさせ乍ら耳丈けへ全ての注意を集注した。何時迄も何時迄も彼は片唾を呑んで居た。
「ぎゃぎゃ。」
と、併も彼の直ぐ耳元で、裂ける様に鋭い叫びが起った。此弱い俄探偵は膽を潰して逃げ出した。逃げて居る間に既に氣が付いた。夫れは蜘蛛の巣に引掛って居る蝉が、蜘蛛の迫る度に(※足宛)き叫ぶ悲鳴なのであった。家の中は依然靜過ぎる程靜かであって、拳銃の音や闘爭の叫びは愚か、鼠の騒ぐ音さへ聞えて來なかった。
翌日の夕刊は彼にどんなにか待たれたらう。彼は手に取るのも晩しと開いて見た。併し昨夜は決行されなかったか、毎日一ッや二ッは必ずある殺人の記事も此日には一ッも出て居なかった。失望し切った彼は例の通りに連載小説の文へ眼を引摺られて行った。此小説は可憐な青年が初戀に惱んだ末、遂に失敗すると云ふ筋のものであった。
彼は此青年に深い同情を以て此先どうなるかを心配して居った。頗る彼の心を惹付けて居る小説なのであった。然るに其青年が遂に失戀の爲め自殺すると云ふ事に成って居た。彼の心は動かされ讀み終った後までも凝乎其挿繪を眺めて居た。
不圖其小説の作者の名を見ると、古塚靜子と云ふ女性の名前であった。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。句読点は追加したところがあります。
「溝」(創作)
「桂月」 1927.08. (昭和2年8月) より
午後の陽差は照り疲れて居た。季節が春の半ばであり、晴れた天氣が續いたからである。
赤、青、黒、鼠、……それは邊りに見える屋根の色である。文化式もあれば落着いた純日本式もあり、平凡な長屋も建ち續いて居た。かうして夢の世界は實る事なしに、人間の爲めに食はれだしたのである。が、まだ此邊は全然齒が生え揃はなくて、角地が廣く解放された儘空いて居た。近所の子供達は好い遊び場所を其處に見出した。其等の靴に痛め付けられても若草は小さく、併し撓まず緑の翼を敷き連ねた。只近道をする人の爲めの對角線は、完全に征服されて蹊をなして居た。
お八ツに歸って居た子供達は、又ぞろぞろと集まり始めた。まだキャラメルの唇を舐めずって、殘の味と別れを惜しんで居る者もあった。丸い一枚の鹽煎餅を掴んで來て居る者もあった。先に來て居る兒の名を呼蒐けて、駈け出して來る兒もあった。六歳七歳、否、中には十一二歳の兒も加はって、男女取り交ぜて動物園の大籠に放った、小鳥の様に様々であり、且つ其等の様に樂しいのであった。
此處へ遊びに來る者は兒童達許りではなかった。「?」の様に上廣に嬰兒を背負った守ッ子も來た。それと同じ様に兒を背にした長屋のお内儀さん達も來た。子供がお互に親み易いと同じ様に、かうした女達も直ぐに語り合った。大抵は近所の噂話である。春は長関に日は暖かゝった。
「大の男の辨慶が、長い々々振擧げて……」
有り丈けの力を聾にして、六歳位の男の兒が唄って來た。
「秀雄さん違ふのよう。長い薙刀振上げてッ云ふのよ。」
かう云って居る内に既う原の方へ生垣を曲ったのは、直ぐ後に跟いて來た十歳位の女の兒で、此二人は姉弟であり、此原に接して大きな庭園を圍んで居る家の子であった。彼女が一ト足原へ踏込むと、自分の家の垣根に沿ふてお喋りして居るお内儀さん達の眼に出喰はした。彼女は恰も自分が歌を間違へでもした様に、顏を赧らめ躯をこわばらせた。秀雄はそんな事など忘れて了って、子供の群へ駈け出した。
「石蹴りしようや。」
彼は群がりに近付くなり頓狂に叫んだ。それは一同の注意を惹くに十分であったが、併し今迄散々遣った此遊戯は、既に他の子供達には飽きられて居た。
「石蹴なんか詰らないや。」小さくて出來ない兒が偶々與論を代表して云った。此兒はそう云ひ乍ら地面に描き殘された石蹴の圖を枯枝の先で掻消して居た。
「何か外の事して遊ばう。」最後の鹽煎餅を食べて了ったので、今迄默って居た餓鬼大將が云ひ出した。「今度は継母ごっこをしようや。」
こんな遊びは誰にも始めて聞く言葉であった。多くの者は顏を見合せた。
「しようしよう。継母ごっこしよう。」秀雄は其方法など判らないのに既う悦びの聲を揚げた。
「およしなさいよ秀雄さん。」既う子供達の群まで追付いて居た彼の姉さんが.恐ろしい事の様に彼を小さな聲で嗜めた。それは秀雄の悦びを打消す事の出來るものではなかった。
「継母ごっこってどうするの。」秀雄は餓鬼大將に訊くのであった。
「継母と継子が居るの。継母が継子をいじめるのさ。」餓鬼大將が云った。
「俺継母になるよッ。」
「それぢゃ僕継子になるよねッ。」秀雄が媚びる様に云った。
「駄目だい駄目だい、秀ちゃんは本當の子になるのさ。而して継子は八重ちゃんなの。」八重ちゃんと云ふのは秀雄の姉なのである。
「姉ちゃんいらっしゃいよ。姉ちゃん継子になるんだからよう。」秀雄は姉弟で此役割を務める事を悦んで姉さんを呼んだ。
八重子も何だか刹らない儘で、温順しく只肯いて居るのであった。他の子供達は自分に何の役割も授けられないのを不思議がった。
「僕も継子にならうッと。」
「俺継子がいいやッ。」
と、てんでんに喚き立てた。
「うむゝ。そうぢゃないよ。継子は八重ちゃん丈けさ。外は皆んな本當の子さ。而して継子は庭のお掃除をさせられるのさ。……八重ちゃん之れでお掃除するんだよ。」餓鬼大將は一本の枯枝を八重子に渡した。
八重子は枯枝を持って云はれたよりもより以上に温願しく掃除を始めた。それはいぢらしい恰好に見えるのであった。
「僕達何するの?」手持無沙汰な子供違が云ひ出した。彼等は何かしなくちゃ居られなかった。八重子の役割は彼等を羨ましがらせるのであった。
餓鬼大將も他の子供達の處置に困った。彼は一寸首を傾げた。
「今度はお菓子を喰べるんだよ。本當の子は皆一つ宛貰へるの。継子丈けは半分しか貰へないのさ。」餓鬼大將は懐中に突き出して居るメンコの重なりを取出した。「これお菓子だよ。本當の子にはこれを一つ宛やるねッ。」
子供達は小さな掌を開いて一枚宛のメンコを當てがはれた。次には半分のお菓子に就て考へなければならなくなった。メンコを半分に製く事は惜しかった。餓鬼大將は邊りを捜し歩いて、キャラメルの破れた箱を見付出した。それを態々半分に裂いて、默々と掃除して居る八重子に渡した。八重子は本當の菓子でも貰った様に、それを袂に入れて又掃除を續けるのであつた。が、子供達は直ぐ又退屈に見舞はれた。餓鬼大將は子供達の緊張を繁ぐ爲、今一度菓子を頒つより外に方法が見出せなかった。而して今一度同じ事が繰返された。
第二の退屈が訪づれようとした時であった。子供等の素早い耳はけたゝましい呼鈴の音を聞付けると同時に、酒屋の小僧が自轉車を驅って原を横切って來るのに出喰はした。
「三河屋ッ。自轉車に乗ッけて呉れないか。」
餓鬼大將が先づかう云って駈け寄った。
「俺にも々々。俺れ一チッと。」小さな聲が幾つも飛立つ様に起った。
小僧さんは油を賣るのに好い機會を捉へた。
「おい。誰か凧持って來いよ揚げてやるから。」
かう云ひ乍ら、小僧さんは自轉車から降りた。が、誰も凧を揚げて貰ひたいと思って居るものは無かった。皆蟻の様に自轉車に纏ひ付く者許りであった。
八重子一人は元の位置で、恰もそれが宿命ででもあるかの様に、掃除の眞似を續けて居た。子守をして居る内儀さん達は、此乙女に對して興味を持って近寄った。中には顏を見合して眼と眼で何か語り合って居るのもあった。
「お嬢さんは毎日お庭のお掃除をなさるんでしょう。」一人の内儀さんが到頭口を切った。
「お掃除しなけりゃお母さんがお叱りになるんでしょう。」他の一人が疊み掛けて訊いた。
それでなくても、大人がぞろぞろと自分に押寄せて來て取り圍むので、乙女の心は脅へて居た。彼女は掃除を止めて眼を俯せ乍ら立って居た。併しお内儀さん達は全く感違ひをして居った。
「可愛想にねえ。いくらお金持でも継子は依然憎いんでしょうねえ。」他の一人が同情する積りで云ふのであった。
「お母さんがお菓子を下さる時、貴嬢は秀雄さんの半分しか戴けないんでしょう。」又一人が訊いた。
眞赤になって居た乙女の顏は、蒼白く淋しくなって來て、何とは知らずに涙さへ浮んで來るのであった。悲しいと云ふよりも訊かれる事が嫌なのであった。彼女は頬へ落ちて來る涙を見せまいとする機に、顏を反向けてつと家の方へ駈け出して行った。
「可愛想にねえ。」
と、こんな言葉が後から彼女を追蒐けて來た。
此時生垣一重を隔てた彼女の邸内で口是非ない内儀さん達の言葉を聞ゐて居た女があった。それは秀雄の實母であり彼女の継母であった。
「妾は八重子と秀雄との間に何の區別もしなかった。継母であると考へた事さへなかった。二人の子供にそんな事を思はせない様にして來た。二人はそんな事を今の今まで知りはしなかった。妾は家庭の中に仲の惡い者が居る事を好んでは居ないのだった。それを世間の人が無理に教へてお互の間に猜疑心を起させ仲を惡くさせるんだ。」彼女はかう考へて口惜しさに涙さへ催した。
併し此晩から、継母と継子との間には深い溝が出來て、前の通り打解けようとすればする程、其溝が擴がり深まって行くばかりであった。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。故意の可能性のあるものはそのままとしています。
注)句読点は追加したところがあります。
「平助」(創作)
「桂月」 1927.09. (昭和2年9月) より
夢を見ない人が無い様に、若い戀を味はない人は決してなかった。
挑色の戀紅蓮の戀純潔の戀いじけた戀――春夏秋冬。キューピットの矢は姿を隠して至る所を縦横無盡に流れて居るのであった。
だが彼に、さうした形のある戀心が宿った事があったらうか。彼自身未だ一度もそんな事を考へて見ようとはしなかった。包み切れない悦びに浸った事が無いと同時に.涙に暮れて居る彼も亦未だ發見された事はなかった。偏見と不滿とが一面に巣食った彼の心にさうした餘裕がなかったのである。
彼が親から譲られたものは、財産でもなければ健康でもなかった。怠惰と不滿と僻み丈けであった。村の人達に云はせると、其上更に頭の不明瞭さを加へるのが常であった。
彼は反省と云ふ事を決してしなかった。それが爲彼の過去は殆んど塗潰されて秘密の様に彼の心から匿されて了った。勿綸彼は自分の年など數へて見る氣は遂ぞ起らなかった。彼の住んで居る港町の裾から擴がって居る所の、太平洋の様に廣々とした前途が彼の上にあるのか、或は蟲食まれて凋んで行く小草の様な運命だか、彼には考へる力さへ持って居ないのであった。
彼は町で大きな酒屋の樽と一緒に寝るのであった。傭人ではなくて居候として、其家の子供をお守して居るのであった。其處にも彼の不平はあった。中年の主人は同じ町の中に妾を圍って居た。彼が其家へ使に出される時、彼は樽拾ひの中へ遣って來ては云ふのであった。
「へッ又妾の家だッ。あの新粉細工見た様なあまなんか見ると胸が惡くならあ。」
彼はかう云ふのであるが、併し其顏にずるさうな笑ひが覗いて居るのであった。
「お使でもなけれゃ拜めやしめえが。」
誰かが對手になって遣ると、彼の笑ひは全然姿を晦まして敵意を含んだ色になる。
「馬鹿こけッ。」彼は眞劔に怒る。
「おい平助ッ。そんな所で間誤々々して居ないで早く行けッ。」向ふ見ずの定吉がかう呶鳴ると、彼に執っては萬事お終ひなのである。
「おりんさんはお前の顏を見たいって待ってるよ。」小僧の芳公がませた口を利く。後で定吉に叱られたのは必定だ。が彼はもう表の方へ飛び出して居るのである。
おりんさんとは勿論妾の名である。彼はこんな風に妾を憎む。もしこれが土地の娘ッ子であったとしたら、かう迄は嫌はないであらう。と云ふのは、彼は美しい女でなければ餘り興味を惹かない丈けの贅澤さを持って居る。が、土地ッ子にも愛せられない程醜い容貌も備へて居るのである。これが彼をこんな風に僻ませて了ったのである。さうした負惜みは、到頭本當に彼があの妾のおりんさんを嫌って居る様に思はせる迄になって居た。
其日の午後に彼は子供を連れて蜻蛉取りに出掛けて居た。
「あッ。蜻蛉々々。平助あれ捉ってよ。」
子供は七歳であった。陸穂の葉に羽根を休めた蜻蛉の一つを見出して狂った様に叫んだ。彼は此等子供に對して大きな憎惡の念を持って居た。此位の年の子供としては通例であらうがあるまいが、彼はそんな事を考へないで自分と同等に子供を見て居った。其暴君の様な我儘な要求は、彼の心を氣短かくするのであった。
「馬鹿云ふない。蜻蛉なら畑の中一杯に居るぢゃねえか。何がそんなに珍しいんだ。」
事實時は眞夏であり、蜻蛉は此町中を絣にする爲めにか所嫌はず飛び散って居た。だが、海水浴に來た都の人達が、殊に若い美しい女の群が、濱全体を浴室とでも思って居るらしく、ぴったり身に付いた浴衣で曲線美を見せびらかして、町から町へと誇らしさうに歩いて居た。今の今とて其一群が彼の側を通って過ぎた。彼の心は焦々して居るのであった。
子供が蜻蛉を取りに出て來たと云ふ目的も、子供等が多く飛んで居る蜻蛉の中で、只一つでも専有したいと云ふ慾望を持って居る事も彼には少しも氣付かない事であった。子供の歩度は忽ち緩み、小さな不平が蚊の鳴く様に聞えて居た。が彼は、そんな事に感覺を持たぬ人ででもあるやうに、惰力の儘で足を進めて居た。
兩側に家が並んで居る港の本通りへ出た。比時二人は十間も離れて居った。一寸振向て見ると子供は泣き出しさうに顏を顰めて居た。
「平さん何方へ?」
聲は珠を轉がす様に涼しかった。驚いた様に彼は頭を抂げた。併し三十前後の美しい女が、彼に話をする爲近付て來るのが誰であるか知って居た。
「お暑う厶ゐます。」
平助は慌てずに居られなかった。腕白小僧に出食した犬の様に、出來る事なら脇道へ遁げたかった彼であった。併し、それはどうしても出來ない魅カの塊りであった。
「今手はすいて居ないの? 庭の草取りをして貰ひたいんだがねえ。」
「はいはい。」
彼は一も二も無く承知して了った。町の浮浪人に手間賃を取らせて遣らうと云ふ、彼女の心遣ひを有り難いと思って居る彼ではなかった。只過去を持たない彼に執って、彼女丈けは全く例外に彼の過去を作るのであった。小さなフヰルムから現はれて來る大活劇の様に、彼女から思ひ出させる過去は彼のスクリーンに現實以上の活劇となって回轉するのである。
彼女の夫が死んでから既に一箇年は經過した。其當時の彼は今と同じ様に子供の守以外何もして居なかった。否町の家々に雇はれては手傳をして小使錢を貰って居た。詰り當時も今と何等變って居なかった。併し廣い屋敷に取殘され、子供を持たない彼女としては彼女の邸宅からが既に山の上で淋しい所であった。彼女は夜の泊り番として恰好の男を彼に見出したのであった。彼は富豪の未亡人と自分との間に、如何なる段階が設けられてある世の中であるか、それは環境の習慣から疾くに教へられて知って居た。
併し彼とても青春に燃え上る性慾を、人一倍旺盛に神から授けられて居り、併も異性からは其滿足を拒絶せられ續けて來た彼であった。彼は未亡人となった美しい若い彼女を一つの邸内で親しく見、言葉を交はす様になった時、彼の獸性は汎有障害物を破壊して、惡魔の様に彼女に迫り、餓えたるものゝ様に彼女に挑んだ。神を怖れぬ冒涜は、尊い彼女の教訓を耳に入れなかったが、彼女に備はる威嚴の前には縮まるより外方法がなかった。併しそれは、只一夜の迷ひ心ではないのであった。
遣瀬ない彼は前夜の過去さへ忘れた様に、又しても同じ事を繰返して同じ結果を得た。酒屋の、今彼が連れて歩いて居る子供が病氣に成ったのを口實として、幾晩目かに彼は彼女の邸へ泊りに行かなくなり、代りに老夫婦が其家に雇はれる事となった。だが、未亡人も亦此過去を全く忘れて了った様に、仕事がある度に彼を雇ふては手間賃を與へて呉れるのであった。
彼が未亡人を避けやうと努め乍ら、頼まれる毎に手傳ひに出掛けるのは、過去の行爲に耻ぢて居る故ではなかった。彼は未亡人を自分の現幻の裡に捕へて、思ふ存分の行爲を想像の裡に樂む様になって居た。併し實際に彼女を見る時は、其想像の快樂が破られる時であった。それを怖れ乍らも依然輪廓の濃い實物に遭ひたいのは當然でもあった。
人家が盡きると又畠に成った。考へた事の無い彼が、牛の様に物思ひに耽り乍ら埃っぽい道を陽に照り付けられ乍ら踏んで居た。騒々しい蝉は彼の鼓膜に感じなかった。恐らく子供が何を言ひ掛けたかも知らなかったらう。道が砂丘に登ると其處には老松が天空に舞ふた。叢の中で蟋蟀が謡ひ、浮れ(※虫奚※虫斥)が跳ね出した。町の子供が群れたり散ったり、雛鶏の様に何かを漁って居た。間斷なき蝉時雨を樹の上に仰いで洒屋の子供は彼に此小さな樂器を捉へて呉れとせがんだ。
「それ其處に居るじゃないか。」これは甚だ無理な注文であったが、大人には何でも出來ると思って居る子供の心理であった。
「黐竿が無くて取れるかえ。」彼は素氣なく云った。
「でも皆持ってる。」子供は他の子供の蝉籠を覗き込んで云った。
「うるせえ。」彼は睨んだ。呶鳴った。こんな餓鬼死んで了へと云ひたかった。
「海へ這入らう。俺泳げるぞ。」
「俺だって泳げらあ。」
がやがやと子供が叫ぶのを現の様に彼は聞いた。子供等は群をなして何のこだはりもなく、水が自然に流れる様に斜面を降って居た。
「平助海へ行かう。」取殘された主人の子は、平助が期待して居った様にかう云った。
「海は危いから駄目だい。家へ歸って叱られるぞ。」
平助は此子を度々海へ入れて溺らした。海は彼の氣が向かない時丈け危いのであった。
「だって皆行くんだもの行きたいなあ。」
「行きたけりゃ勝手に行けッ。此馬鹿ッ。」
彼は子供を突倒した。子供は蜘蛛の巣に掛った蝉の様に喚いた。彼は驚かなかった。歸りに菓子を買ってやれば好い事を知って居た。彼はかうした殘虐行爲の中から快樂を見出した。が此時、彼の頭には恐ろしい企みがさも好い事の様に浮び上って來た。此子が海へ篏って死んで了へば、彼は未亡人の家で再び寝泊りする機會を得られると云ふ考へであった。
「よし、それじゃ連れて行って遣らう。」彼は急に言葉を軟げた。子供は却て恐ろしい様にそっと平助の顏を見た。併し平助は既うどしどしと砂を踵の下で軋らせ乍ら丘を降りて行った。
脚の下には土用の波が高鳴りして、怨恨の咒を永久に土に咆哮して居る様であった。彼等は鎌型に割り落された灣の一角へ濱を斜に横切った。岩多い小山が突出して、斷崖となって海に入って居った。其突端には山のかけらが飛散った様に、大きい小さい様々の岩が、默々として汀にも水の中にも散布かれて居た。子供等は波の隙を見ては其等の岩に攀ぢ登った。平助は山蔭の岩に思慮深さうに腰を卸ろして居た。
「平助一寸來てご覧よ。大きな蟹が居る。」小さい者は夢中になって蟹を見出した悦びを頒つ爲駈けて來た。
「見ないでも好い。」彼は五月蠅さうに云って動かうともしなかった。
拍子技けのした子供は、他の群に加はる爲汀を傳ふた。重吹は岩を越して彼等の頭から降り掛って居た。都から來た婦人の幾群かが、潮に浸っては貝を捜して花を求める蝶の様に見られた。大きな自然の匠が荒削りした所に、かうした美しく技巧を凝らした點々を見るのは、不可思議な好奇心を擽る心地がした。彼の滿し得ない慾情は、こんな時にも力強く彼の心を唆かして、山の上の廣い屋敷へ驅り立てて行った。
と、大きな電力が働きかけた様に、在る限りの人の顏が斷崖の方へ吸ひ付けられた。それは彼の心を急に不安にした。主人の子供が海へ落ちたと云ふ豫感が彼の心を打った。彼が今迄それを祈って居たからであった。彼は立ち上った。渚の方へ駈け出した。二三の子供は急に彼に告げる爲、ぱらぱらと此方へ駈けて來た。
「坊ちゃんが水へはまった。」
「岩から滑り落ちた。」
快感と困惑とが彼の頭の中ででんぐり返しを打った。濱中の人が一つ處ヘ集って居る所へ、彼が引揚げて來た子供は屍と化した後の物であった。彼は泣き乍らそれを酒屋へ擔いで歸った。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。
注)句読点は追加したところがあります。
参考「小品二篇 財布」(「癖」初出版)
「猟奇」 1929.08. (昭和4年8月) より
山の手の或町、其處は十字路になって派出所が建って居た。紳士の一人である所のD君は、つかつかとそこへ歩み寄ると、茶色の大分褪せた帽を執った。巡査が答禮したかどうか、それに注意を拂ふまでもない。
「今あそこの質屋の前で、こんなものを拾ひました。」彼は右手ですぐ先の質屋を指し、次に右手に握って居た紙入を差出した。
「あゝ。」巡査は面倒臭そうな顔をしてそれでもそれを受取るには受取った。併し、何たる張合のない事であらう。それきり何一つ云はうとしないのであった。
「私は只拾ったのを其儘持って來た丈けなんです。何々這入って居るのか、少しも調べて見ないんですから、一つお調べなすって下さい。」彼は只此儘追返されるんでは何だか物足りなかったのであった。
巡査は反射的に中を開いて見た。名刺を入れる所と、銀貨を入れる所には何も無いやうであった。其背に當る札入れから、巡査は數枚の紙幣を抓み出した。と同時に、折って小さうなった紙片が一ツ、ひらひらと翻って足元に落ちた。札の方は十圓のが二枚に五圓札一枚、而して一圓札が三枚重なって這入って居た。
「二十八圓這入って居るな。」巡査はそう云って元の通り札を納め乍ら、腰をかゞめて前に落ちた紙片を拾ひ上げた。而して苦笑して直ぐに納めて了った。彼も其時それを一瞥した。それは小遣銭に不自由しない咒ひだと云はれて居る、枕繪の一枚なのであった。
巡査は一つ肯いた。それきり又何も云はずに了ひさうになった。たまらなくなって彼は又訊いて見た。
「普通こんな風に金など拾った場合、落主が知れなかったらどうなるんでせうか。」
「そうですねえ。一年十一日間待って見て、それで落し主が現はれなかった揚合、確かそれは拾ひ主に渡される事になって居るやうです。」巡査は彼の頭から爪先まで見卸ろしながら、わざと曖昧に云ふらしい答をした。
「それぢゃ一年十一日經たない時に落主が現はれたとしますと、拾ひ主の方には別に用はないんですねえ。」
「さう。別に用がない譯ぢゃないんですが、僅かばかりの金だと大抵拾ひ主は住所を云ひませんからね。」巡査は彼を、相當有福な紳士とでも見て居るらしい。彼は聊か失望しながらまだまだ此儘引下らうとはしなかった。
「さうすると拾って貰ったからと云って、別にお禮などしなくても可い譯なんですね。」
「それは各自の勝手ですねえ、金高によっては六分とか一割とかお禮を出す人もあるやうですねえ。」巡査はそろそろ面倒臭がって來た。
彼は此巡査の奴は新米だなと思った。
「まあ兎に角私の宿所をお知らせして置きませう。又何とか用が起るかも知れますまいから。」かう云って彼は番地を刷込んだ名刺を出し、不滿らしく派出所を立去った。
「一年十一日か、随分氣の長い話だなあ。だけど大した元手が掛つて居るのぢゃないんだから、安いと云へば安いもんさ。まずく行って一圓と、それに貰ひ物の枕繪一枚損丈けだ。旨く行けば一圓の利益が一年で二十七圓さ。」
彼は道々かう考へた。高の知れた二十圓なにがしを、まさか捜し出しに來る人はないときめて居た。よしそんな奴があったにしても、金高が一圓相違して居るし、枕繪までが這入って居るので、まさかそれを自分の落したものだと云ひ得ないだらうと云ふのである。
其日一日は二十七圓で頭は一杯であったが、日が經つに随って次第に忘れて行った。思ひ出して見ても、そんな事が本當にあったとは考へられない様になって居た。それはもう拾った時から一週間以上も經過した時であった。然るに突然、彼は山手の警察署へ呼び出された。初めは一寸面食ったが、間もなく金を拾った一件を思ひ出した。
「しまった。一年と十一日は未だ經って居ない。たったあれ位の金の落主が現はれたんだな。けちな奴もあったもんだなあ。此調子では一割なんてとてもよこしはしまい。只の一圓で追っ放されたら、それこそ骨折損のくたびれ儲だ。こいつ一圓入れとくより一圓取って置いた方がましだったかな。」
彼は出頭するのが耻かしくなった。大袈裟な後悔が頭を擡げ出した。だけど數十分の後には落主と二人で、或巡査の前に立って居た。
「君が先日紙入を拾って届け出られたDだねえ。今落主が届出られたんだ。此人だ。だが中味が大分違って居ると云ふんだ。拾った方には一圓札が三枚這入って居たが、此人は確かに二枚しか入れて置かなかったと云ふんだ。も一つ違って居るのは、此風儀を紊す猥褻繪だ。これは全然知らないと云ふんだが、君が入れといたのぢゃないかね。」
巡査は輕蔑し切った微笑をもってかう云ふのであった。彼の顏は火が燃える様になって來た。まだそれよりもわるかったのは平生彼の惡い癖である所の、何か縮尻った時直ぐ頭を掻くと云ふやつであった。咄嗟に彼の掌は頭の上に行って了って居た。もう再び隠す事は出來なくなった。
「存外惡い事は出來にくいもんだなあ。」彼は獨語しながら警察を出たのであった。
注)句読点は変更したところがあります。明らかな誤字は修正しています。
注)「癖」は『山下利三郎・川田功集』収録でデジタルコレクションで閲覧可能です。
参考「小品二篇 切符」(「探偵眼」初出版)
「猟奇」 1929.08. (昭和4年8月) より
C君は神田へ行った序に、神保町を迂路付いて、圖らず彼が捜して居た、探偵小説の古本を見付け出した。彼は大塚驛の方へ歸る電車の中で、早速本を開いて讀み始めた。ものを讀んで居ると電車は早いものであった。停車した拍子に一寸横目で窓外を見ると、既う大塚辻町へ來て居った。こゝで車掌が切符を取り集めるのが例になって居る。彼はその事をよく知って居った。で、回數券を引出して、書物から眼を離すことなしに、一枚丈けを切り取った。彼はそれを指の間に挾んでゐて、今に集めに來るであらう所の車掌が、勝手に持って行くのに任せてゐた。
「切符を戴いて置きます。」果して車掌が云ひ出した。車掌は續け様に同じ事を云って、聲はこみ合った乗客の中を一歩々々と近付いて來るのが判った。
「えゝ皆さん切符を戴きます。」かう云った時、車掌の聲は既うすぐ側へ來て居った。
軈て、彼の指に挾んで居た切符はすうっとぬき取られた。彼は面白くなりかけて來た小説で、もう夢中になりきって居た。
「もし、切符を戴きます。」車掌の聲は彼の直前にあった。しかも自分に向って催促して居る様な氣持がした。
彼は不滿に耐へなかったが、頭を上げて見ないでは居られなかった。果して車掌が突出して居る手を先づ見出した。輕蔑した様な顏もあった。
「今渡したぢゃないか。」彼は腹立たしさについ呶鳴つけた。邊りの人は好奇の眼を彼の額に集注した。
「いゝえ、まだ貴下からは戴きません。」頗る自信のあるらしい車掌の言明であった。これが又少なからずC君の心を焦立たせた。
「俺は今此中から一枚切り取って、かうして指の間へ挾んで居たんだ。それを君が抜取ったぢゃないか。」彼はもっと酷う云ってやりたいのだが、それが旨く云へない程腹が立って居た。
「私がですか。私はまだ一枚も指の間から默って切符を取りはしませんですよ。」車掌はもう他の人の切符は集めないで此事を解決しようとする様に、落着拂って身構へた。
「そりゃ誰だったか知らないが、此邊に車掌は君一人しか居ないやうだから、君が取ったらうぢゃないか。」彼も無理に落着いて皮肉に云った。一點疚しい所がないのだから。と、心に云って心で頷いてた。
「誰か知らんがぢゃ困ります。此私が取ったかどうか覺えて居られるでせう。」車掌の方も皮肉に出て來た。
電車は遂に終點へと停った。車掌は急いて出口の方へ行った。
「皆さん終點で厶います。」一人の敵を持って居る時、他の者に對しては至極やさしいものである。此時の車掌の言葉がそれであった。
乗客は彼の風體から考へたのであらう。むしろ同情した様な眼を注いでは出口へ移って行った。彼も起ち上った。小さくなって叱られて居ようとは思はないのである。一點疚しい所はないからであった。
「電車賃の二重取をしようと思って居やがる。」誰に云ふともなく彼は強がりを云った。身の潔白さを示したい氣持も勿論あった。「切符の一枚や二枚を彼是云ふんぢゃないんだけど、二度取りするのが癪に觸るからなあ。」
「あなたは待って下さい。」出ようとする彼を車掌は掴へた。意地になって居るのは云ふ迄もなかった。
「何する、切符は既う渡したッ。」彼は呶鳴りながら車掌の手を振り離した。
「只乗りするのか。」車掌もむきになって呶鳴った。
前の出口に居た車掌もやって來た。
「馬鹿々々。」と呶鳴って居る二人をなだめ、裁判官の様な態度で彼の云ひ分を聞いて居た。
「それぢゃかうではないでせうか。貴下は切符を取った人の顏を見て居ないのだから、或は誰か乗客の一人が貴下のを抜取って、知らん顏をして居ると云ふ奴ぢゃないんでせうか。」
「あゝさうかも知れん。太い奴だなあ。」
これで此幕は閉ぢたのであった。
注)句読点は変更したところがあります。明らかな誤字は修正しています。
注)「探偵眼」は『山下利三郎・川田功集』収録でデジタルコレクションで閲覧可能です。
「粗忽な」
「猟奇」 1930.01. (昭和5年1月) より
不景氣だ!
其の故であらう。クエッション・ガールが、銀座からはみ出して、山の手の方へ散らばったんだ。
と、彼は勝手にさうきめて、空風の寒さに縮まりながら、一人の女を尾行て居た。
「お初さんに似て居る。そうだ。彼女に相違ない。」と、これも彼が、無理にざう考へて見る丈けの事であった。そんな風に、自分を僞瞞して居なければ、尾行なんて、全く良心の咎めなしに、出來る仕事ぢゃないのである。しかも、省線電車の中から始まって、途方もない澁谷驛などへ降りて、薄ら寒い風に吹かれながら、暗い代官山を登ってなど、居られる筈はないのである。
だけど、氣のせいか、彼女は、淋しい方へと行くやうに思へた。坂の上に、教會堂のやうな建物が、永遠の秘密を守って居るやうに、ぽつんと一つ建って居る。其先も原だ。廣い原だ。何故だらう。女はそんな所へ、道を求めて行った。勿論彼も跟いて行った。怪しからん空想が續いて起る。
おやッ!
女は何時の間にか、草に埋れ勝ちな、逕に彳んで此方を向いて居た。疚しい彼の悶は、どしんと何かに打たれて了った。無意識の中に立佇って居た。罪持つ人の様に怖れて!
「貴方ッ。」女の語氣は、嚴粛其物の様であった。「何だって私の後を跟けて來るの?」
「來たなッ。」と思ふと、何とも云ふ事が出來なかった。「はッ……」と、臆病らしくかしこまった丈けであった。
「お初であって呉れないかしらん。」とも思った。彼は、お初と云ふ女とは、三回位しか逢って居ない。だから、明瞭しない所はあるが、實は、最後の一回を考へると、聲も容貌も、明瞭に覺えて居なければならない。そうした關係を結んだのであった。
だけどやはり彼には判らなかった。判らない方がいゝのであった。
「貴方は私をどんな女と思って尾行なさるの?」女は疊かけて訊いて來た。
「餘り好く似て居るもんだから……」彼は泣さうな聲しか出せなかった。
「貴方は電車の中でも、私の顏ばかりじろじろ見てたわね。えそれでもまだ判らないの。だけど私に似て居るって、一體そりゃ何といふ女なの。」
「女ぢゃない。」
「えゝ、馬鹿にしてゐるわねえ。私は立派な女ぢゃないの。それが男に似てるからって、後跟けて來るなんて事が……」女は急に躯を慄はした。少しづゝ後ずざりさへして居た。彼女は彼を狂人と思ったらしい。
「いや、女にゃ相違ないけど、バーに居るあのう女給見たいなものなんだ。」彼は慌てゝ云ひ直そうとしたので、まごついた。
「オホホ……、私が女給さんに似てるんだって、結構だわ。何て云ふ名なの、其女給さんて云ふのは?」
「お初と云ふの。」と答へたが、そう云ったと、同時に此記憶が急に何だか怪しい様な氣がした。しかし實際は怪しい筈はないのであった。
「お初さんて好い名前ねえ。私もお初さんと云ふ名にしようかしらん。……その方貴方の戀人? 貴方と戀し合ってるの? いゝわねえ。」
「そ……そう云ふ譯でない。」
「隠さなくったっていゝわ。」女は犇々と寄って來た。到頭彼の手を握った。「私貴方の戀人に似てる? で私も愛して下さる? だけど私をどんな女と思ってる? 素人と思ってる?」
「君は素人ぢゃないの? さうだらうと思った。」
「さう。そんなに見えて?」女は握った手を離した。一寸怒ったふりを見せたのである。
「見えてるって云ふ譯ぢゃないんだけど………」
「いゝのよ。ぢゃお金持ってるの。」
「………」
「ないの?」
「僕は貧乏なんだ。」
「お金がないくせに、後跟けるなんて失禮よ。」
「だけどあんまり似て居たもんだから……」
「まだそんな事云ってるの。随分圖々しいはねえ。だけど、貴方近頃其人に逢はないの。」
「だって僕貧乏なんだもの。」
「いくら貧乏だって、兩方惚合った中ぢゃないの。會へないって云ふ事ないわ。貴方の無理が足りないんだわ。手紙出す?」
「手紙なんか出したってなんにもならない。」
「いけない。そんな事ぢゃいけないわ。戀人同志となれば、手紙見る丈けでも嬉しいわ。」
でも、僕の様な貧乏人とは、手を切った方が、彼女に執っては幸福なんだ。」
「そんなもんぢゃないわよ。貴方は知らないんだわ。貴方は自分の事しきゃ判らないのね。お坊っちゃんだわ。貧乏だ貧乏だなんて、それからが第一判って居ないんだわ。お金が無いと云ふ事と貧乏と云ふ事とは違ふわよ。ホホホ……。貴方家はどこなの。」
「下谷なんだ。」
「随分遠いじゃないの。歸るの今夜?」
「歸るさ。」
女は歩き出した。彼も何と云ふことなしに後から跟いて歩き出した。
「此方へ來ちゃ下谷へ歸れないじゃないの?」
「うむ。」
「うむぢゃないわ。……私の家へ來ない? 泊める丈けは泊めて上げるわ。」
「行ってもいゝ。」
「暢氣ねえ。本當にいやでなかったら來なさい。」
「なんだか左様ならをしたくないんだ。」
「だから行きませう。」女は手を執って一寸曳張ってすぐ離した。彼は戀人お初と歩いて居るやうな氣がした。
彼が眼を覺ました時、女は長火鉢に噛り付いて居た。口を尖らして、火を吹き付けて居るのであった。赤い長襦袢のまゝで、だらしなく座って居るのが毒々しく思へた。
「今コーヒーでも沸すわ。起きなさいよ。」
「あゝ。」彼は、筋肉が延び切った様な氣持がす躯を、さも大儀さうに起すのであった。
「僕もう歸らう。」
「現金だわねえ。まあ此處へお座りなさいよ。」
彼は拒む理由もなかったし、又さうする元氣もなかった。
「貴方まだ私の名を一度も訊いて呉れないんだわねえ。」
「ぢゃなんて云ふの?」
「ぢゃあは心細いわねえ。だけど云って見ませうか。私お品と云ふのよ。本當よ。」
「お品さんか。」彼は力なくかう云った。しかし、此名は何か記憶に殘って居るものであった。只、今の彼の頭の裡は、海綿の様なうつろさであって、考へて見る力がなかった。
彼は帶を仕直しにかゝった。女はそれをじっと見て居た。蔑んだ様な眼付であった。が、彼は一向頓着しなかった。スケッチブックをぐいと懐へ押込んだ。それよりも、もっと勇敢な態度をとった。それは、袂の底から、よれよれになった、得體が判らない位の、五圓紙幣を取出して、彼女の前の、猫板の上へ置いた事であった。
「なに。お金?」彼女はそれを掴んだ。いきなり彼の顏へ叩き着けた。「生意氣だわ。」
勿論彼は、きょとんとして彼女の顏を凝視した。
「歸って下さい。私は淫賣するやうな女ぢゃないのよ。早く歸って下さい。けがらわしいッ。」
「だって、君は昨晩、素人ぢゃないと云ったぢゃないか。」
「ぢゃ貴方は、お初さんにもやっぱりこんな事したの?」
「しない。したかったが出來なかった。僕はいつも貧乏だったもの?」
「さうだわ。きっとさうだわ。わかって居るわ。歸って下さい。歸って下さい。もう二度と此處へは來ないで下さい。……私は貴方が好きなんだもの。」女は何故だか、眼頭に涙を溜めて居るやうであった。
「君はそんな荒々しい態度を採らなくたっていゝだらう。僕は何も惡意をもってしたんぢゃない。昨夜の君の云った事を聞いてるんだから、かうしなければ濟まないと思ったからなんだもの。」
「昨夜云った事、ありゃ冗談だわ。私そんな女ぢゃないわ。だけど、只一寸そんな眞似がして見たかったんだわ。だから今だって、本當は怒って居るんぢゃないの。だからこれ納って下さい。」
「昨夜のは冗談にした所で、僕はご厄介になったんだから、僕のお禮心として取って下さい。」
「そんな事出來ないわ。其代りこれで、お初さんに一度逢ってお上げなさい。それ丈けで、私は十分に報ひられるわよ。でねえ。二度とは此處へ來ないて下さい。」
「どうして來ちゃいけないの。僕の心は君に惹付られて了ったんだ。お初さんに逢って居ると同じやうな氣がするんだ。」
「そう。それは嬉しいわ。うれしいけどもう來ちゃいけないの。そのわけは自然と貴下に判って來るわ。いつしかしらんねえ。」
だが、彼としては、實際に此處へ、無理に來たいとは思はなかった。それよりも、出來得る限り度々、お初と逢ひたいと思ふのであった。
「大變お世話になりました。それぢゃこれでお別れします。」
彼は自分の出した金を、無理に返されたまゝで歸りかけた。内心徳をしたと云ふ様な氣にもなって居た。女は何も云はなかった。つと起って鏡臺の前へ行くのであった。一度も見向きはしなかったが、彼の後姿は鏡の中に掴へられて居たに相違なかった。
「あゝ、一寸々々。」間もなく女が呼かけた。
「貴下一寸留守番して呉れない。私買物に出て來たいから。」
「いって來給へ。」
彼は喜んで留守居を頼まれた。
もうそろそろ正午近くなって居た。彼等が起床した時からが、第一朝ではなくなって居た。女が朝午兼帶の食事を用意しようとして居る事は、彼にも推察が出來るのであった。間もなく、二人は茶餉臺を挾んで向ひ合って居た。近所の仕出し屋からご馳走が運ばれて居た。お銚子も其脇に立って居た。
「本當に今日きりよ。もう來ちゃいやよ。」
女は繰返し繰返し云った。
彼が女の家を出た時は、日はとっぷりと暮れて居た。酒は完全に、彼の躯中に廻って居た。彼は省線電車を池袋驛で見棄た。彼は今、遊蕩氣分の随力で動いて居た。さうさしたのは、お初の顏が見たかったからである。酒が程好く廻って居たからである。五圓札をまだ懐に入れて居るからである。
「望嶽軒か。何て云ふ舊式な名前を付けやがったんだらう。水色に塗った洋風まがひの店。これもそもそも舊式極まるものだ。」彼はお初が居る洋食店の事をかう考へながら歩いた。
狹い町に人がうるさい程往來して居た。しかし望嶽軒の中はひっそりとして居た。まだ時間が少し半端だったのである。つかつかと這入込んだ彼は、
「あゝあッ。」と、欠伸兼帶の聲を掛けた。
店と料理場の境となって居る、長い暖簾の間から首が出た。白粉を捏ね上げて出來た様な顏であった。
「おや松田さんいらっしゃい。随分しばらくだったわねえ。」
「相變らず僕は貧乏なんだからねえ。」
「又おはこが始まったわ。」女は下駄をはきはき乗出して來た。「まあお掛けなさいよ。何だってそわそわして居るの?」
「お初さんどうした。」彼は今迄逢って居たお品と云ふ女が、どの位お初に似て居るか早く見たかった。非常によく似て居るやうな氣持もするし、全然違って居るやうな氣持もするからであった。
「何云ってるのよ。此人は。お初さんだなんて、そりゃ私の名前ぢゃないの。」
「さうぢゃないよ。お初さんの事だよ。今一人此間來た時にも居たんぢゃないか。」彼はわぎと餘り知らないやうなふりをして云った。
「もう一人って、此間まで居た人ならお品さんぢゃないの。あの人もう居ないのよ。」
「えッ。あれがお初さんぢゃないのか。」
「お初は私よ。あなたお品さんの名前を忘れるなんて、随分薄情だねえ。これだから男はいやになっちゃうわ。」
「でお品と云ふのはどうしたんだ。」彼は急き込まぎるを得なかった。
「知らないわよ。どっか澁谷邊に居るんだってさ。誰かのお妾さんに成り濟ましてるんだから、貴下がいくら思ったって駄目なのよ。それとも貴下白ばっくれて居るんぢゃない。貴下が圍って居るって噂が立ってるわよ。」
――畢――
注)明かな誤字誤植は訂正しています。
注)句読点は追加削除したところがあります。
「乳」
「猟奇」 1931.05. (昭和6年5月) より
「紫郎さん々々。」
支那人が日本語を使ってゐるやうで、どこか甘ったるい所があるし、女の言葉のやうに調子の高い所もある聲で、私のペンネームをかう呼ぶ人は、天下が廣いといっても、永島さんの外にはない。彼は私等よりは大分先輩で、私のやうな文學青年とは少し違ふ。帝展にもう二三回も入選した、美人畫の旨い日本畫の繪描きである。しかし私とは半年餘りの銀ブラ友達で、遠慮のいらない仲である。
「あなたはもう、今夜は少し聞召してゐるやうだねえ。一緒に少しぶらつかうか。」
私の肩へ輕く手をかけて、人をいたわるやうにするのがこの人の癖である。私は輕く頷いて、彼と肩を並べたり、離れたりして人間の洪水を潜って行く。夜店から夜店へと頭を突きこんで、臭ひをかぎ歩く犬のやうに!
やがて、突然彼の姿が、人ごみの中へ掻き消されたと思ふと、丁度その途端であった。私の前に立ち塞って、大手を擴げた女であった。羽を擴げた孔雀の舞ひだ!
「おや、ずい分暫くだったのねえ。」彼女は私と握手をするために、すぐに右の手を前に出しながらいふのであった。「久しぶりにお茶でも一緒に飲まないこと。別にご用はないんでせう。」
私は、彼女にはまだ何とも答へないで、先づ四方を見廻した。永島さんをおいてけぼりにするわけには行かないからである。
「どなたかお連れさんがおるの。」彼女は疊みかけて訊くのであった。「その方もお誘ひすればいゝんでせう。」
「誘ってもいゝんだけど……」
その人は附近に見當らないのである。私は幾人かに突き當られ、邪魔物にされながらも、幾度か繰り返して四方を見廻した。だが、永島さんらしい人もその邊に影を見せないのである。私は斷然彼女と二人で、サローン・ハルへ出掛けていった。
「私オレンヂエードを戴くわ。」と女給にさういって、今度は私にいふのであった。「あなたは相變らずウヰスキーでせう。冷たいプレーン・ソーダとねえ?」
彼女は女給と客とから、無數の視線を射かけられながら、女王のやうに鷹揚な態度で、私の隣椅子へ腰を卸ろすと、ご用を聞きに來た女給にいふのであった。
此の人と一緒に來ると、視矢のとばッちりは私にも飛んで來る。その流れ矢に射すくめられて、私は自然と下を向く。そして彼女に向っては默って頷くだけである。
「あなたしょッちうお酒飲んで歩き廻ってゐるの? あんまり澤山のんで躯をこわさないやうになさいねえ。」
彼女は何か氣になるように、積木細工みたやうな椅子をずり寄せて、私の耳元へ顏を寄せて來る。掌が動いて來て私の手を掴む。私の顏は火照ってくる。そんなことにはお構ひなく、
「ソーセージ?」
「サンドウヰッチたべない?」
「アスパラガスお嫌ひ?」
「フルーツ何にしませう?」
私は前に立つてゐる女給にきまりが惡くて、默ったまゝで當惑してゐると、そんなものを一々註文するのである。オレンヂエードが少し甘過ぎるといって、私がのみさしのプレーンソーダを自分のコップへわったりする。益々私は小さくなって、一時間を長い々々やうにすごす。軈て店を出て、町の涼しい風に吹かれると、始めて私はホーッとする。結局二人の握手がすんで、一臺の圓タクが孔雀のやうな彼女を、光と音との洪水の中から奪って行く。
私は淋しくなる。飲み足りないやうな氣持もする。十分醉ひの幸福に滿ち足ったやうな氣もする。萬物の靈長の波の中を、考へ々々歩いて見るが、タイガーの前までくるともういけなくなった。スッと、影のやうに這入り込んで楷梯を登り始める。二階まで上ってしまうともう良心の咎めが消えて居る。
作り物の紅葉の木の下蔭に、まがう方なき彼の姿がある。珍らしくウヰスキーの杯が二つ並んで居る。空になって居る。云ふまでもなく、彼と云ふのは私を卷いて去った永島さんである。跫音を聞いて顏をあげた。
どうしたのであらう。彼は泣いて居たらしい眼をして居るではないか。二十歳を越した男でも、泣くといふことがあるのか知らん。滑稽なやうな氣がするではないか。だが、そんなことはどうでもいゝことにする。私は彼の前に坐って、兩方で眼と眼の挨拶をした。
「ありゃ誰? とてもシャンじゃないの?」
「女優だもの。」
「えゝッ。女優ッ。本當にあの人は女優になったの?」彼は驚きの眼を見開いた。
「あの人ッてあなたあの女を知ってるの?」
「知らない々々。」彼はやけに頭を振り廻した。
「男なら知ってるけど女なんか知るもんか。」
「なんだこいつ、僅かな酒にもう醉ったなッ。」と、これは私が獨考へたまでゞあった。口に出しては云はなかった。
「今の女は小此木蔦枝といふんぢゃないの?」
沈默勝であった二人の中へ、彼が突然なげ込んだ言葉である。
「さうさ。もう相當に世間に知られて居るさ。」
「女優なんていふものには、大抵パトロンがあるだらうねえ。ラバーもあるだらうねえ。」
妙に鋭い眼をして私を脅壓するやうに聞くのであった。それが私には不快に思はれた。
「そんなこと知るもんか。」私は突樫貧にいってやった。
「空っとぼけたって駄目よッ。先刻サローン春で演じた一幕ッ。ちゃんと知ってるよ。」
「可笑しい。この人は燒餅を燒いて居る。何のことだい。」かうは私にはまだいえない。女のことにかけては幼心過ぎる。只腹の立った顏色を見せつけて居た。心の中では「馬鹿野郎々々。」を繰返しながら!
「ねえ紫郎さん。今夜これから私の下宿へ行きませう。一度位來てくれたっていゝでせう。」
又しても突然にかういった。私が怒って默り込んだので、ご機嫌をとらうとして居るのはいふまでもないことで、それが何だか不快であった。「もう遅いからいやだッ。」
「遅いて思ったら泊っていけばいゝ、蚊帳も蒲團もよくはないけどありますよ。」
「あんたの所へ行ったって、別にどうといふことも無いでせう。私はもうこゝで澤山だ。醉ったッ!」
「そんなこと云はないで行きませう。私はあなたにお願ひがある。それを是非聞いて戴きたいの。ゆきませうゆきませう。……姐さん一寸車呼んで!」
到頭彼に引立てられて、私は彼の下宿へいった。おしまいには何だか、可哀想な氣がしてきたからであった。そこで彼が、その夜話した身の上話といふのはかうである。
彼が前年帝展へ出品した畫の畫名といふのは、「天使のやうに」といふのであったが、そのモデルになってくれた少女は、本當に天使のやうに氣高く美しい人であった。所が、彼の日々繪筆を執ってその少女に對してゐるうちに、その少女は、何だか男ではないか知らんと考へ出すやうになった。
「天使のやうに尊いものには、性の別などいふことはないらしい。」と、彼は錯覺でなければならないことを、今猶眞實と信じきって居るらしくいふのであった。
一度かうした錯覺に囚はれて見て居ると、乳の所がいかにも小さく思はれる。腰も男のやうに小さいのである。どうしても男としか思はれなくなってしまったのである。かうなると、眞實を觀破しなければ、どうにも居られなくなって來た。眞相觀破といふことが、恰も彼の戀であるかのやうに、なやましく彼の心に食ひこんでいった。
「乙女を半裸體にして見たい。乙女の乳房を出さして見たい。」と、かう云ふ熱望に彼の心は燃えるのであった。
「こんなつきつめた考へは、靈的に先方へも感應するらしい。乙女は次第に警戒が嚴重になり、私を回避するやうになり、遂には全く來なくなった。」
と彼が云ふ。靈感といふのはどうだか分らないが.彼は完全に失戀者の一人となってしまったのであった。
彼は少女の家の門前を俳徊した。しかしその時は生憎女學校は夏中休暇であった。少女は勝浦に避暑してゐることも知ることができた。
「どんなに巧みに變装しても、海水着をつけて居れば必す看破って見せる。」彼は小躍して悦んだ。次に兩國を發した房總線が、彼を勝浦へ運んで居たことは云ふまでもない。この汽車の中で考へだした少女捜索法こそ、世にも優れたる名案であつた。と彼はいふ。
勝浦の町へ到着するなり、先づ彼は印刷屋へ飛びこんでいったのである。至急々々を幾十回か吹込みにいって出來上ったものといふのは名刺である。
これを以て勝浦警察署へ行って云ふたのに、「東京から本年勝浦へ避暑して居る人の中で、知名の人を雜誌にのせて見たい。どうか宿屋全部の宿帳を調べる爲、各旅館へ紹介状を貰ひたい。」といふのであった。
田舎の巡査は土地の人と同様に、かうした宣博廣告を土地繁榮策だと悦んだ。旅館でも悦んで宿帳を出して見せてくれた。彼は晝間海岸へ出て少女を捜し、夜は宿屋を廻って宿帳をしらべた。この熱心さを、神もあはれと思召されたのであらう。彼が勝浦へ着いて十日目の晩、尾張屋といふ宿屋で到頭見付け出した。
東洋中學校生徒 小此木 傳
といふのである。
「それ見たことか。小此木蔦枝は變名で、立派に傳といふ男子ぢゃないか。」彼は獨りで自分に威張ったのであった。
彼は翌日尾張屋へ引越した。手鞄をさげて店の前まで來ると、數人の少年が濱の方へ今出て行く所であった。彼が後ろから見送ってゐると、中の一人が不圖振向いた。斷髪は少し短かくなってゐる。お白粉はつけてゐないし日に燒けてゐる。それだけの少しばかりが違ふだけで、間違ひもなくそれは小此木蔦枝、いや小此木傳であった。彼は荷物を投り込むなり、直ぐに少年群の後を追ふた。
濱では勿論逢ふことは出來なかったが、沖に立って居る櫓の上下には、少年の河童が無數泳いで居た。泳げない彼をその歸りを待つために、長い間渚の砂を盛ったり崩したり子供のやうに遊んで居た。しかし、日が暮れて櫓の附近に人影がなくなっても、遂に再び彼は戀しい人の姿を見出すことが出來なかった。
宿へ歸って驚いたのは、小此木傳少年一同は、一ト足ちがひで既に宿を立ち、東京へ歸ってしまって居た。彼は宿帳によって少年の宿所をしり、それだけを抱いて歸京したが、その宿所も小此木蔦枝の宿所と違って居り、費際そんな人は居ないのであつた。それから彼の彷徨生活が始まった。銀ブラ狂もはじまった。私と知り合になったのはそのはじめの頃だといふのであった。
「私は到頭少女の乳房を確かめることは出來なかった。そして今夜、再び少女を小此木蔦枝として見なければならなかった。彼は本當に少女蔦枝であらうか少年傳であらうか。これは永久の謎である。だけどだけど、ねえ紫郎さん、私は決して今迄不幸ではなかった。傳少年の代りにあなたを得たんだもの。たゞ今夜新しく起った心配は、あなたを蔦枝少女にさとられやしないかといふことだけなの。」
机の上の電燈のスヰッチがパチッと音をたてた。室は忽ち暗黒の世界と化した。と思ふと、私の手は堅くにぎられて、不意に前の方へ引張られた。抱くやうにして自分の乳房を、永島さんは私に握らしたのである。永島さんは彼ではなかった。小さいながらも女の乳房を持ってゐた。なあんだ變装してゐるのは永島自身である。
傳少年々々、なるほど少年を戀したのであらう。
私は年増女に或ものを奪はれて、不圖われに歸った時、電光のやうにあるものを感じた。「なる程似て居る似て居る。小此木蔦枝に似てゐる少年がある。それは私の友人で、小此木傳といふ男である。」と考へついたが、なぜだか永島さんにそのことをいひたくない。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。統一した単語もあります。
注)句読点は変更したところがあります。
「恐ろしいキッス」
「新青年」 1931.06. (昭和6年6月) より
會社の人達が、忘年會をやった許りであった。飲み過ぎた土谷は、脇に居た角田を促して銀座へ出た。
足取りには多少危い所もあったが、方向は「孔雀」の方へ誤まらずに歩んで居た。「孔雀」と云ふのは、最近銀座裏が産み出した小さなカフェの一つである。
鑵詰のジャズ、眞綿を浮かしたやうな煙、それが睡むさうな吊燈に纏ひつかれ、爐と炭酸瓦斯で蒸されて居るのが、孔雀の客間の空氣であった。
「あらいらっしゃい。お連さんとご一緒で珍らしいのねえ。」
瓶の中の金魚のやうに、卓の間を泳いで居た女給の一人、お君と云ふのがかう云った。彼女は孔雀のピカ一である。一寸角田に送った流眄は美しかった。
土谷はこゝが得意であった。上客! とまあ自分では思って居る。今夜はお君を見せようと思って角田を連れて來た。しかし番が違ふと云ふので、中々近寄って來ないのみか、外の客と巫山戯てばかり居た。土谷の機嫌は、大角度の傾斜をした。
「お君ッ、こっちへ來い。そんな奴の所へ行くな。」醉の力でつい他の客の氣に障るやうなことを云ってしまった。
「奴とは誰を云ってるんだい。」お君について居た一人の男が呶鳴った。
「自惚れるな。そんな者誰も對手にして居やしないぞ。」
「生意氣云ふなッ。」
「馬鹿野郎。」
「およしなさいおよしなさい。」お君の云って居るのが聞えた。
「よし給へよし給へ。」角田は又土谷の方を頻りに止めた。
これで口爭ひもどうにか納まった。と思って居たのに、實際はさうでなかった。土谷が便所へ行ったのを、先方は追掛けて來たのらしい。いきなり彼は後ろから、石の様に固い拳骨で、頭をいやと云ふ程毆りつけられた。それだけでもう足は蹣跚いて、ぴしゃんと音を立てゝ尻餅を突いた
腕力に自信のない彼は、床の上を這って逃げださうとしたが、對手の拳骨は雨の様に降りかゝって、息が出來ない程苦しかった。角田とお君とが飛んで來て、對手を宥めてくれなかったら、彼は打殺されて居たらうと思はれた。
そこへ持って來て對手は、まだ起き上ることも出來ない彼に向ひ、凄い眼をして睨みながら、
「いつか必ず殺してやるから、覺えて居ろ。」
と云って置いて颯々と行ってしまった。
土谷は角田に助けられて戸外へ出るなり、タクシーを捉へて家路へ急がした。だけど對手の捨科白は、妙に薄氣味惡く心にこびり着いてしまった。おまけに彼が不圖氣が付いたとき、一臺の自動車が、執念深く彼を追って來るやうに思はれた。堀端の淋しい所へ來ると、その自動車は後になり先になりした。ゴー、ストップの四角へ來て、赤いランプに止められると、彼はもう氣が氣ではないのであった。
その後土谷は、暫く銀座の飲み屋には足を向けなかった。只僅かに角田から、時たまの消息を聞かして貰ふだけであった。彼は新しい方面を開拓して、日本橋だ神田だと歩くには歩いたが、お君の所へ行って居た時のやうに、一人で行くことは殆んどなくなった。連れのあるときに限って居た。それも、多くの場合は角田がお伴を勤めて居た。彼はかうして飲み始めると、
「晩かれ早かれ、俺は必ずあの築屋といふ男に殺されるよ。」
彼は幾度となく、かう云ふ言葉を繰返すやうになった。築屋といふのは、角田がお君に訊いて來た所によると、彼と孔雀で喧嘩した男の姓だと云ふことであった。
「又かい。止せやい。酒が不味くなっちゃうぢゃないか。」角田はきっとかう云ふのであるが、時には附け加へて云ふのであった。「だけどお君ちゃんの云ひ草ぢゃないけれども、築屋といふのは君によく似てるなあ。」
「あんな奴に似られた上に、まだ殺されるとは情ないなあ。」
彼は本當に築屋から殺されることを信じて居るらしく、苦い顏をして云ふのであった。
何故に土谷はこれ程までに、築屋に殺されることを信じ且つ怖れたか。それには、次のやうな理由があった爲めであった。
彼はその後飲み屋歩きが怖ろしくなり、一戸を構へて新妻を迎へた。そしてから間もない或一日、彼は氣分が惡くなったので、晝過ぎ突然社から新宅へ歸って行った。彼の愛する新妻は、駈け出して來て玄關で出迎へた。
「あらお歸りなさい。今頃どうなすったの、どこかお加減でも惡いんぢゃないの?」
妻は忙がしくかう云って立て續けに訊いた。彼は言葉では何とも答へないで肯いて見せた。
「さう云へば何だか顔色がよく無いやうよ、私どうしたらいいんでせう。」
彼女は彼が上れないやうに、玄關の上り口に立ち塞がりながら、茫然として彼の顏を見守るだけであった。
「なあに、大した事はないだらう。少し熱があるやうだからひょっとしたら風邪位ひいて居るかも知れないけど。」
彼はまだ靴を脱ぎに掛って居た。編上げの紐があちこちへ引ッかゝって、焦々して居る心持を一層不機嫌にして居った。やっと玄關へ上ると、更に妻は彼の前に立ち塞って、
「あなた、ちょいと、先刻ねえ、あの築屋さんが突然家へやって來ましたわ。私だって一人でせう。何だか恐ろしくッてしかたがないから、早く歸って貰はうと思ふんだけど、先きでは落着き拂って動かうとはしないんですの。おまけに家の様子をじろじろと眺め廻し出したでせう。私氣味が惡くて餘ッ程お隣のお内儀さんを呼んで、來て貰はうかと思ったたんですけど、これと云って別に乱暴をする譯ぢゃなしねえ。
と云って強請でも騙りでもないんだから、こちから荒立てゝも何だと思ってねえ。そうっと其の儘にして置きましたわ。だけどその中お午刻のサイレンも鳴ったから、もう歸るだらうと思ったけど中々歸らないし、軈て一時にもなったぢゃありませんか、しかたがないからお座敷へ通して、私壽司を取って來ましたわ。」
細君は申譯のやうに云ふのであった。なる程座敷へ這入って見ると、華琳の茶餉臺を眞中に出して、壽司皿が二枚とお銚子までそこに並んで居た。その光景は彼を不快にした。若し彼の気分さへ惡くなかったら、随分嫌味を云ったに相違なかった。
「俺はあんな男に用はないんだ。人に喧嘩を吹き掛けて置きながら、よくもをめをめとやって來られたもんだなあ。」
細君が押入れから、布團を出して居るのを後ろから、彼は洋服を脱ぎかけて訊いたのであった。
「あの時のお佗びに來たんぢゃないでせうか。」
「そんな馬鹿なことがあるか。それにしても俺がこゝへ家を持ったことをどうして知って居るんだらう。」
「それがねえ。あなたは氣が付かなかったでせうけど、昨日とか一昨日とか、あなたの會社からあなたの後を跟けて、ここまで來たから知って居るんですとさ。」
「あの男、全く執念深い蛇のやうな奴だなあ。とてもやりきれない。早速どこかへ引越しよう。……で、一體どんなことを云って居たんだッ。」
彼は床の中へ潜り込みながら云った。
「私には何も云ひませんわ。貴方が歸るまで待つと云ふんですもの。待たれちゃやりきれないからやっと私斷って歸って貰ったわ。」
「一體あの男は何の商賈をして居るんだらうか。」
「知りませんわ。訊いたってそんなことは云はないでせうよ。」
「眞晝間からそんな風に迂路々々歩いて居るやうぢゃ、どうせその男は此不景氣に浪人して居るに相違ない。」
彼は獨語のやうにかう云った。それは、僅かに自分を慰めるに足るものであったが、又思ひ直して見ると、いづれは金にしようと思って居ることも想像されるのであった。で、次の日曜日には、遮二無二遠くへ轉居してしまった。
こんなにしても、なさけない事には、彼はまだまだ安心することが出來なかった。といふのは、一ト晩彼が遅くまで飲み歩いて家へ歸ると、又々築屋が彼の家へやって來て、暫く彼の歸りを待って居たといふことであった。彼が引越してからまだ一週間とは經って居ないのに、又々彼は後を跟けられて居たのに、自分は知らなかったと思ふと、あんまりいゝ氣持はしないのである。
「あぶないぞ、さては奴、いよいよ俺を殺す爲め、段々接近しようとして居るんだな。」と思ふと、戦慄せずには居られなかった。
彼は會社に出て居っても、同じビルヂングにある便所でありながら、室外へ出なければ行かれないので、其間に築屋に見出されるのが恐ろしくて、小鼠のやうに四方を警戒しなければならなかった。世の中に、この位神經を惱ますことが又とあらうか、彼は一遍に神經衰弱を起してしまった。それが爲、ちがった人が築屋の様に思へたり、色々の錯覺を起すやうになって來た。
次の週間にも彼が夜遅く歸って來た時、築屋は三度やって來て、この晩も暫く彼の歸りを待って居たといふことであった。こんどこそ要件を訊いて置けと云って置いたのに、若い妻はまだきっぱりそんなことは云へなかったらしい。でも、この三回の築屋の訪問から、妻が聞き得た所を綜合して考へて見ると、築屋といふ男は、世にも恐ろしい企てを持って居るらしい。
と云ふのは、妻が直接彼から聞き、又彼の見せた戸籍謄本によると、彼は幼い時にその父を失って居る。そればかりか彼がそろそろ物心のつき初めたころ、又しても母親が病氣になって世を去って居る。すると彼は、この世の中に、只一人の兄が存在して居るだけで、外には血縁の者とて一人も居ない身の上なのである。
所が兄と云ふのは、確かに戸籍面には載って居る。しかもその生れた年月日が、彼と全く同じことであって、世間で所謂雙生兒といふわけである。
併し彼の云ふ所によると、彼自身はそんなものゝ存在に就て少しも記憶がない。これは恐らく生れ落ちるときから、どこか他人に預けて世話をして貰っているに相違ないが、それにしても、母が死んで行く時でさへ、その事に就て彼には一言も云はなかったといふのである。勿論その後彼は頻りに捜したり捜して貰ったりして居るが、行方は皆目判らないといふのである。
今では彼は、兄の存在といふことを考へても、決して實在して居ったものではなく、自分が生れた時、當方か或は役場の手續きの誤りから、二重に書いたものと信ずるやうになったといふ。
所が、此の頃の不景氣の中で彼は浪人してしまった。で、有りたけの智慧を絞って居るうちに、不圖考へついたのは、この誤記のある戸籍を利用しようと云ふことである。この利用に就ても相當に頭を惱ました擧句、遂に一つの方法に考へ及んだ。
「旨い旨い、窮すれば通ずるとはこの事だ。」
彼は一人で悦に入った。その方法といふのはかうである。
雙生兒と云へば、瓜二つと云ふ位に似て居ることが普通である。で、自分一人が兄弟二役を勤めようといふのである。先づ第一に彼は兄になる。そして彼が、掛金を支拂ひ得る最大限度の生命保險の契約をするのである。それが爲兄の印形を作ること、身體檢査を受けることは勿論である。そしてその保險金受取人は、弟に立戻った自分自身として置くのである。さすれば實在しない兄を死なせて置いて、いぎ保險金を受取るといふ段取になっても、外から誰も抗議を申込んで來る者はない譯である。
これまで出來て了へば、これから先は誰でもいゝ、一人自分に似たやうな男で、年齢も同じやうなものを見付け出して、巧みにそれを殺すのである。と同時に一方警視廳の方へ兄の捜索願を出して置くと、自分が殺して置いた男の死體を檢べさせてくれる。これをどこまでも自分の兄だと主張して引取れば、後はもうどうすることも出來ないのである。
彼はそれを實行しようとするらしい。しかし保險會社との間にその契約が出來たかどうか、その邊の所は明瞭に云はなかったのである。築屋が度々土谷を尋ねて來るのは、土谷が保險會社の契約係長をして居るので、その邊の相談をしたいらしいのかも知れない。といふのが妻の意見なのである。
だが、土谷はきっとさうだとは考へ得ない。なぜかといふと、保險會社なら外にいくらもある。何も喧嘩をして知り合った自分へ持って來ることはない。ところが、自分が築屋に似て居るといふことは、角田もさう云ふし妻もいふ。自分も何だかそんな氣持がしないでもない。これから考へると、築屋は自分と懇意な仲になって置いて、どこかへ引張出して置いて自分を殺すに相違ない。とかう考へるので、築屋に對して恐怖の念を強くするのも、無理のないことである。
八月にはいると、土谷の居る會社の社員達は、交代で休暇を取るのが例であった。三日ばかりといふことで、彼も休暇をとったのであったが、この時に、兼々彼自身が云って居った豫言が、的中して實現することゝなった。
彼は行く先をはっきりきめて行かなかった。それ程彼は築屋を怖れて居たものに相違なかった。所が四日經ち五日過ぎても彼は出社しないのみか、何等の消息も判らなかった。築屋の事件を知って居るだけに、眞先に心配し初めたのは角田であった。彼は使を出して家庭へ聞きにやったが、不思議なことに、土谷の家族さへ居なくなって、後には貸家札を貼った空家が殘って居るばかりであった。
騒ぎは大きくなった。會社では土谷の捜索願を出すと同時に家族の捜索まで願ひ出なければならなかった。朝早く警視廳へ出頭したのは角田であった。世の不景氣さの反映か、最後の思ひ出に避暑地へ行って、そこで自殺して居る人の知らせ、深山で死骸となって居る人の通知、様々の死人が捜索願を待って居る中に、土谷らしいと思はれる年齢風采をしたものは、榛名の奥から知らせて來たもので、恰度この朝瀧道の上の山で自殺を遂げて居たといふのであった。
姓名はまだ調べられては居なかったが、榛名といへば、角田に多少の心當りがあった。といふのは、餘程前に土谷は今年は榛名へ行って見たいと云って居ったことを、一寸小耳に挾んで今でもそれを覺えて居たのであった。
角田はこのことを會社へ歸って重役に話したので、會社ではすぐに角田と、今一人土谷の下役を、引取人として榛名の方へ出張させることになった。しかし誰が考へて見ても、土谷が自殺して居るといふことは、腑に落ちないことであった。
「まあ行って見給へ、電報だから誤りもあるかも知れないし、又過失で墜落して死んで居るのを、自殺と判斷したものかも知れないさ。」
かう云ふ重役の言葉に送られて、二人は急いで水上行きの汽車に乗り込んだ。
伊香保の警察署へ行って見ると、彼等が處分しようと思って來たその死體の、身元を取調べるために警官の一人は、各宿屋を軒別に歩いて居る所だといふことであった。
が、彼等二人の腑に落ちないのは、電報の誤りでも何でもなく、死體は依然自殺したもので、舌を噛み切って居るのだといふことであった。
「その死體といふのは一體どこにあるんです。早速私達に見せて呉れませんか。」
角田が少し勢込んだ調子で云った。どうも自分達は見當違ひで來て居るらしいと思ったからであった。
「土地の百姓が發見して、知らせて來たのがほんの先刻なんですからね、今警察醫を連れて引取りに行った所なんです。」
田舎の警察署長らしく落付いていふのであった。
「ぢゃ僕達もすぐ行かう。」角田は連れの者にさう云って、タクシーを雇って貰ってすぐに出掛けた。
「死んでからどの位經って居るんですか。」途中自動車の中で角田は案内の巡査に訊いた。
「まだ醫者が歸って來ないから判然とは分りませんが、餘り長くは經って居ないらしい様です。昨日の午後位でせうかねえ。」
と、これが巡査の答である。若しさうだとして見ると、土谷は三日の休暇が終って後、この土地に居ったといふことになる。すると或は他殺ではなく、彼等の知らない原因で自殺したかも判らないのである。
「行って見ると丸で違った人だったりなんかすると、慌てゝ飛び出して來たのが可笑しなものになるねえ。」角田は今一人の者に云った。
「それで土谷さんは今頃會社へ出勤して居たりなんかしたらねえ。」對手は笑った。
「それだったら、結構ぢゃありませんか。」巡査も笑って云ったのであった。
水澤寺の手前で自動車は駐った。これから道が狹くなるのであった。その山道を凡そ二十町も登った所に、一寸森林が開けて廣い場所があり、一方が千仭の谷へ向って緩いスロープになって居た。その谷は深い上に非常に廣く、中に低い山もあって、更に谷の先には高い山が連って聳え立って居た。その連山の中に一條の大きな瀧が懸って居て、それを見るのには此處のスロープは恰好の場所になって居た。
死體はそのスロープの草の上に、腰を掛けたまゝ後ろへ仰向けに倒れたらしく横はって居た。今醫者の臨檢も終って、雇はれた百姓達はそろそろ運び出さうと準備して居る所であった。二人は進み寄って詳細に顏を見た。さうするまでもなく、その死體は紛れもない土谷の顏であった。
「やっぱりさうだったねえ。」二人は今更の驚きに顏を見合した。
「劇藥でものんだんですかねえ。」
口を大きく開いて、だらだらと血を滴らして居るのを見て角田が醫者に訊いた。
「さうぢゃありませんねえ。こちらから見ると陽が射し込んで居るから判るでせう。依然舌を噛んで居るんですよ。」醫者が答へた。
なる程齒は薇のやうに卷込んで、咽喉へ塞って行って居る。そして齒型も少しく見えて居た。
「舌を噛んで死ぬるといふことは、随分聞いたことはあったけど、本當にそれで死ねるもんと見えるねえ。」二人は意外の感に打たれてしまったのである。
猶角田は、詳細に草の上など調べて見たが、死體は腰の下に白いハンカチを敷いて居ったことゝ、草花を積んではなげて見たらしい形跡の外、一ツとして格闘などしたらしい亂れた草はなかった。その間に今一人は、携へて來た寫眞機を出して、パチンパチンと頻りに死體を撮影して居った。
暑い眞夏のことであったから、死體は此の地で荼毘に附することになった。それが爲め角田はこゝに一泊したが、今一人の男は、そゝくさとその日に急いで歸ってしまった。
警察の調べた所によると、土谷は此の土地では中流の、葵館といふ宿へ確かに泊って居た。二晩位の豫定であったらしいが、二三日經って腸カタルを起したのでそのまゝ延々になって居た。勿論初めから一人で泊って居たが、餘り外出はしなかったし、他から友人などの尋ねて來たこともなかった。あの朝は宿屋をすっかり引拂って、瀧を見てからすぐに歸るといって一人で出た。宿屋からは自動車に乗らなかった、といふのであった。
さうして見ると、外に何も疑問をさし挿む餘地はない。これで一切は解決した。會社では角田が土谷の位置に進んだ。ところが、角田と一緒に伊香保へ行った男は、角田から好遇を受けないのみか、位置を保つのが頗る危くなって來た。これはそもそも何を意味するものであらうか。
いやいや、賢明なる讀者諸君には、もうすっかりお判りになったことであらう。だからこゝでさっぱりと云って了ふことにしよう。その下役だといふ男は、云ふまでもなく私自身なのである。それを角田がなぜ煙ったがるであらうか。角田がそんな風に私を見る理由は私に判らない。しかし私から見て、角田を怪むことには理由がある
若し私が角田の爲めに會社を馘首にならうとしたとき、次のやうな理由を以て、私は彼に對抗することは出來ないものであらうか。私はその理由を書き列ねて、識者の判斷を仰いで見たい。
私が、未だにこの事件を怪しいと思って居るのは、土谷さんはどう考へても自殺する理由がないからである。
私は土谷さんの致命傷を寫眞に映して居る。私は密かにそこに居た百姓に頼んで、卷き込んで居る舌を延ばして貰ひ、それをヒルムに撮ったのである。が、人間が自分の齒で自分の舌を噛んだ場合は、その齒の跡が舌の尖端の曲線とは、三日月型に現はれて居る道理である。然るに、外から他人の舌を噛んだ場合には、齒型はそれと反對に附いて、舌端との間は算盤の駒型になるわけである。寫眞に映じた土谷の舌は、舌端と齒型とが凸レンズのやうになって、上等の碁石を横から見たやうな形であった。
次に、これも亦かすかに寫眞にも映って居るし、又私のハンカチにも附けて歸ったが、土谷の唇には女の口紅が少しく附着して居った。そればかりでなく、そのための手の指の股に、自身の髪とは全く違った女の頭髪が、二三條握られて居たのを私は持って歸って居る。
又水澤寺の掛茶屋で訊いて見ると、死んだ日彼はそこで輕い晝食を攝って居る。その時彼は女を伴って居たことが判った。猶宿屋でよく訊いて見ると、宿泊中誰も訪ねては來なかったが、女の聲で數回電話がかゝって居る。
以上が私の掴んで居る證據とも云ふべきものであるが、更に私には二三の推定を持って居る。
數日前、土谷の奥さんは土谷さんの保險契約金を取りに來た。その係に居る友達が私にそっと知らせに來た。とても別嬪だぜえ、と云った。私はそっと覗いて見たが、その奥さんとその後に見た角田の奥さんと、少しも違った所がないやうに思ふ。どちらも出齒であることも同じである。その友達の説によると、土谷の奥さんは銀座の「孔雀」で、お君といって居た女給であると、眞僞は私には判らない。が、そんなことまで云って居った。それでこの話はこれで終りとする。
築屋といふ男はどうなったかって?
そんな者は初めから居やしないのです。只土谷の妻が云ひ出して、角田もそれを誠しやかに語って居っただけなのです。その證據に、土谷の留守に來たといふだけで、一度だって、土谷と顏を合せては居ないぢゃありませんか。
それでは留守宅へ来て、お壽司を食ったり酒を飲んだりした人、又夜土谷がまだ歸らない時に、留守宅へ二度も來たといふのは誰れかとおっしゃるんですか。
それは角田であることは云はなくても判るぢゃありませんか、彼は土谷が居ない時をよく知って居て、その度に幾度となく留守宅へ出入りしたのです。
「孔雀」で上谷を毆った男は、あれは實在しない人かって?
あれは勿論實在の人物ですよ。だが、あれは只あの一ト晩だけのお客さんで、それきり二度とは來たか來ないか判りません。お君だってそれは知らないやうです。名前なんぞ勿論知るもんですか。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。
注)句読点は変更したところがあります。
「(マイクロフォン)」
「新青年」 1925.12.〜随時 (大正14年12月〜随時) より
(無題) 1925.12.
◆新青年には私の拙作も時々載せて頂きますが私のを除いて外の人のを拝見しますと餘りに内容が充實し過ぎて讀むのに疲れて身體がぐでぐでになります。それでも貧って議みたい雜誌です、やり切れない雜誌です、息をつかして下きい、徹宵させないで下さい。
(無題) 1926.03.
新年號創作は夫々異った味を持って居りますが「ニッケルの文鎮」の複雜した構想に感心したと同時に、夫れを小間使一人に云はした技倆には敬服せぬ譯に行きません。
「赤いレッテル」は冷々して居ましたが安心しました。比作も優れて居る事云ふ迄もありません。「踊る一寸法師」は谷崎式の大膽さがあって面白い作と思ひます。「豫審調書」など云ふ八ヶ間敷表題の下に父子の愛情を表はしたのもいい思ひ付きです。「街角の文字」が又巧みに我々をあっと云はして呉れました。「蝋燭」にも人間心理を巧みに働かせてあります。
斯く擧げ来ると日本でも探偵小説は立派に出來るし作る人だって決して無いとは思はれません。私は西洋のより此等の作が却て好きです。それから十二月號「達觀する人」は誠にいゝ教訓譚であった。小林君に感謝したい。
「讀後寸評」 1926.05.
江戸川氏の「火星の運河」は、探偵小説で無いにしろ、名文章として稱賛に値すると思ひます。
「安死術」「秘密の相似」は共に名作で從來の小酒井氏の作が醫學説明小説であったのに比較して、これは素晴しい出來榮だと思ひます。殊に「安死術」が優れて居ると思ひます。
甲賀三郎氏の「惡戯」は從來同氏の作に比して優れては居ない様ですが、犯罪者の心理に重きを描いた丈けに面白い所であります。「銀三十枚」は素的に面白い作ですが、未だ完結して居ないから迂濶な事も云へません。あんなに變化の多い作は終ってから批評さして戴きたいものです。
探偵小説ではないが「まろうしっぷ」と「旅の恥」とは肩が凝らなくて笑へて結構な作品です。
(無題) 1926.07.
六月號の創作を一々褒めて居たら切があるまい。かう續け様に名篇を並べられると、肩なんか凝らして居る餘裕が無くなる。其癖こんな時には翻譯物まで好いんだから意地が惡い。併もどれもこれも皆私の頭(註曰、是鈍頭也)へ深く明瞭に印象を殘したと云ふ厄介物だ。合評會でもあるといゝなあ、決して間誤つきゃしないんだが。
(無題) 1926.11.
例によつて徹夜拜見しましたが、少しまだ殘って居ります。「パノラマ島奇譚」は亂歩君でなくちゃ出來ない大きなもの、想像力に驚きますねえ。「秘密」「夢遊歩行」「急行十三時間」素敵々々探偵小説は日本では書けないなんて誰が云った。此創作欄を見ろッと云ひたい。
「テキサス無宿」「或殺人」「妻の災難」「櫻桃の國」孰れも面白いので感心しました。
「あやかしの皷」もいゝですねえ、長篇通俗小説なんか書いたら此人は大家になりますよ。「窓」は短篇にいゝ作家だと思ひますねえ。此二篇に甲乙をつけられなかったのは私も尤もな事だと思ひます。
「殺人映畫」は未だ拜讀しません。「五階の窓」は惜いからまだ讀みません。
(無題) 1927.01.
探偵小説が何故に人々の心を惹付けるだらうか。江戸川亂歩君は探偵小説を智的遊戯だと云はれた。これは作者としての謙遜が餘りに多過ぎる。探偵小誌は單に智的のみならず、情に於ても十分なる人間肥料である。と私が偉い人なら斷言するが、ピイピイだから其下へ、と思ふ。と云ふ字を加へて置く。
吾人は儒数に依て餘りに多く善的行爲の命令的張要を教へられ過ぎて來た。然るに、善なるものは惡に、惡なるものは善に比較してこそ問題となる。善を行はんとするものが惡を知らなくてどうして行ひ得られよう。所が、惡を具體的に教へて呉れる文字は探偵小説を以て最とする。
私は云ふ。探偵小説作家と、探偵小読愛讀家とは共に惡をなし得ないと。何となれば、これ程惡を見せつけられて見ると世の中は恐ろしい。惡の天才家と云ふ奴は滅多に無い。だから恐ろしいと思へば引込んで了ふ。
斯く申す私も惡の素質は人並になった筈だ。處が、江戸川、甲賀、小酒井、横溝、大下、城、水谷、延原、巨勢、田中、妹尾、平林、雨村、國枝、羽志、久山、保篠、神部、春日野、牧、角田、等々々、微酔して居るから思ひ出せない人があるかも知れないが、かう云ふ惡友達が到頭僕を善人にして了ひやがった。
(無題) 1927.03.
新年號及其増刊號共に表紙が店頭で異彩を放ちましたねえ。「疑問の黒枠」は私の知人達が非常に期待して居ります。「山吹町の殺人」「早慶戰の印象」が面白いと思ひました。「あざみの鉢」は私どもには解けませんが面白いものである事は確かです。
傑作集の中では矢張「無名島」が面白いと思ひました。同じアンテナを使って受信防害をして居るのに電路を調べた事がないのは可笑しいと思ふには思ひますが。
「三破風館」ドイルは依然巧ですねえ。「探偵ユベール」も面白うございました。
「夢の様に」「猿も木から」「儲け話」「氷」「夫婦喧嘩第二幕」などが面白いと思ひます。コント十篇は肩の凝る中のオアシスの様に讀者を救って呉れました。
(無題) 1928.02.
なまけて遅くなりましたが間に合ひませんかしらん。
新年號の大下君の「星史郎懺悔録」は筋に無理がなくて非常にいゝと思ひました。「裸足の子」もいゝ‥‥「イワンとイワンの兄」も好い作だと思ひます。「見得ぬ顏」も當然かも知れないが可いと思います。城君のにはいつも感嘆措く能はずと云ふまで行きますが今度のはさまでいゝと思ひませんでした。「原稿料の袋」は餘り空想に起り過ぎて無理が多いので餘り打たれないで了ひました。其他は未だ拜見して居りません。併し探偵小説も進みましたねえ、只感心の外ありません。
注)明かな誤字誤植は訂正しています。
注)句読点を追加したところがあります。
「(今年印象に残れる作品)」
「新青年」 1926.12. (昭和元年12月) より
拜復私は「パノラマ島奇譚」と「縁の自動車」がきっと素敵だらうと思って樂しんで居ます。「火星の運河」は別に筋がないのに優れた描寫を忘れられません。平林氏の「秘密」書き方がいゝので筋が立派に面白くなって居る所を好みます。小酒井氏の「秘密の相似」も新し味があると思ひます。羽志氏の「監獄部屋」平林たい子氏の「ロダンの彫刻」武井氏の「盗者被盗者」匿名氏の「GS一一一六」甲賀氏の「從弟の死」なども相當苦心されたらうし、夫れが立派に出て居ると思ひます。
小酒井氏「印象」は餘り評判が好くなかったらしい様ですが私は好と思って居ます。懸賞の「窓」「あやかしの皷」共に優れて居ると思ひます。まだありますが翻譯の方に移りませう。ルヴェル「闇」「文束」エ・ワットフ・アレン「鍵」ウオドハウス「犬の學校」オー・ヘンリ「二十年後」などが好いと思ひますが私は日本の作家の方が好きです。別に愛國心でも何でもありません。西洋の方は描寫が勝ち過ぎる様に思ふからです。
注)句読点を追加したところがあります。
「(クローズ・アップ)」
「探偵趣味」 1926.12. ,1927.05.(昭和元年12月、2年5月) より
1926.12.
一、我が作品(又は翻譯)のうちで、どれが一番好きで、どれが一番嫌ひであるか?
二、將來、どうしたものを書き(又は譯し)たいと考へてゐるか?
一、今度の御返事は全く困りましたねえ、人様の作品を勝手に批評しますが、自分のは全然駄目です。皆一番嫌ひです。
二、將來どんな作を書く事が出來るか、恐らく何も出來まいと思って悲觀の極です。
1927.05.
一、一番最初に讀んだ探偵(趣味的)小説について
二、今から三十年後の探偵小説は?
一、涙香物でしたが、どんな表題でどんな筋であったか忘れました。
二、必ず變遷はしませうが、どんな風になるかは私共には豫想だも出來ません。普通の小説の様に藝術的なのと、通俗的なのとが別れたりすれば、探偵小説は獨立しない事になるだらうと思はれます。
注)句読点を追加したところがあります。
「(昭和2年度印象に残った作品と希望)」
「探偵趣味」 1927.12. (昭和2年12月) より
一、本年度(一月−十一月)に於て、貴下の印象に刻まれたる創作探偵小説、及び翻譯作品。
二、ある作家に向って、來年度希望する點。
暇に任せて毎日々々雜誌を讀んで居る私も「探偵趣味」九月號で小舟勝二君の「八月探偵小説」壇總評を讀んだ時には全く驚かされた。一體何處からこんなに多くの探偵小説を拾ひ集めて來たらうと云ふ驚きである。併も一々丁寧に批評をして居る丈それ丈丁寧に讀んだわけである。こんな批評家を持って居る探偵小説界は實に多幸なる哉だ。で、私わざわざ御尋ね下さった水谷君には申譯がないが、餘りに寡聞な私は此答へ拜辭する事にし、今後もっと勉強すると云ふお約束をしてお許しを願ふ事にします。どうぞあしからず。
注)内容は「小舟勝二作品小集2」参照。
「著者自傳」
『新進作家集』平凡社・現代大衆文学全集35 1928.12.01 (昭和3年12月) より
明治十八年三月生れ。
同三十三年東京府立一中中途退學、
同年海軍兵學校入學、
三十六年同校卒業。
三十七八年日露戰爭に從ふ。
大正三四年青島戰從事、
同六年現役を退き、爾來特記すべきことなし。
注)生年月に関して判然とせず。
注)この文章は国立国会図書館デジタルコレクションにてログイン後閲覧可能です。
参考「川田功略歴」抜粋
『川田功追悼録』より
本籍 高知市(※以下略)
出生 明治十五年一月四日 東京市牛込區(※以下略)
死亡 昭和六年六月二十八日 東京府豐多摩郡落合町(※以下略)
明治二十年六月 高知県土佐郡(※略)小學校初等六級修行
(略)
明治二十七年二月 高知県土佐郡(※略)高等小學校第二學年修行
(略)
明治二十八年四月 東京府尋常中學校入學
(略)
明治三十三年十二月 海軍兵學校入學
明治三十六年十二月 海軍兵學校卒業
(略)
明治三十七年九月 任海軍少尉
(略)
大正五年十二月 任海軍少佐
大正六年十二月 豫備役被仰付
(略)
大正六年七月 「軍する身」出版
(略)
大正八年 雜誌「新小説」「新日本」「新青年」「鈴の音」等ニ小説論文ヲ寄ス
(略)
昭和三年十二月 博文館ニ入リ、同五年二月以來少女世界編輯主任トナル
注)項目毎に別れていますので前後しているところがあります。また、家族関係を中心に割愛しています。
注)一番正確と思われます。
「探偵小説の前途に就て」
「探偵・映画」 1927.10. (昭和2年10月) より
探偵小説は行き詰りかけて居る。まだ今ではそう迄云へないかも知れないが、行き詰る迄にもう大して長い道程は殘されて居ない。
と、私自身は考へる。勿論之れには、現状の儘で進んだらと云ふ假定が置かれてある。
實際の、掏模、窃盗、詐欺、強盗、殺人等、汎有犯罪は少しも行詰って居ない。否、寧ろ種類方法と其數を増しつゝある現状なのに、何故其小説丈けが行詰らなければならないだらうか。淺薄な智識ながらに私は考へて見た。どうも其問題に合格する様な答案は得られないが、併し次の様な事も其要素の一つではないかと思ふ。それは、
作家が餘り理智的であり、餘りに常識的でありはしまいかと云ふのである。例へば或詐欺師が來て、毎月自分の會社へ一定の金額を預けて居れば、五年經てば二倍にして返すと云ったとする。對手の男は食ふものも食はずに約束通りの掛金をしたが、滿期になっても金は少しも返して呉れないと云ふ小説を書いたとする。と、讀者達はそんな馬鹿な人があるもんかと思ふだらうし、又第一作者がそんな事は書かないであらう。然るに現在そんな事が昨日の夕刊に載って居た。
世界には案外まだ非常識な點が處々に時々殘されて居るのである。又泥棒が何處かへ這入るとする。所が誰かそれを見て居た人があったとすると.探偵小説作家は其男が直ちに交番へ駈付けなければ氣が濟まないだらうが、事實は必ずしもそうでない。係り合ひになるものを恐れて知らん振をする人もある。私達でもどうかすると其仲間入をしないとは限らない。云ひ換へて見れば、自然は案外小説よりも不自然なのである。
だから今少しく實際的の事を書けば材料が多くでき、容易に行き詰る事はなからうと思ふのである。
私は變装術の事を少し考へて見た。歐米では此術が日本よりは進んで居ると云はれて居る。或はそうであるかも知れない。日本では刑事が變装するとしても、せいぜい勞働者に化ける位が關の山である。未だ大富豪や華族の馬鹿息子に化けたと云ふ話は間かない。尤も今の刑事は勞働者向きの顏付きと、そうした風彩とがもともと自分固有のものであって、巡査や刑事に成って居る方が變装して居る事になって居るかも知れない。
又或は刑事の變装が千變萬化と云ふ事になると、刑事を止めて詐欺や騙をやるかも知れないので、警視廳でわぎとやらせない事に成って居るかも知れない。併し何れにしても、今に斷髪近代嬢が百貨店で萬引をし、一度其處の便所へ這入って出て來ると、風彩堂々たる有鬚の紳士に成って居ると云ふ風に、瞬間的に鬚を消したり生やしたりする事位は、何でもない程製藥業が進歩しないとも限らない。いやその位直ぐに進歩するんだ。だから小説を書く人は、少し位超現時代的であるにしても、其位の變装は書いても好いと思ふ。
(そんなら何故書いて見ないかと云はれると恐縮するが。)
餘談に亘るが、探偵小説は屡々時代の人に教訓を與へる。犯罪を教へる事もあれば探偵方法を教へる事もある。例へば淺草田原町の四人殺の犯人の如きは、殺害して後一面に溢れて居る血の中で、一々丁寧に指紋を拭き取って了ったのである。刑事や巡査が蚤取眼で指紋を探したが、一つも殘って居なかったと云ふ事である。然るに犯人が捉へられた時、彼は度々かっ拂ひをやって居たので、何で捕へられたか判らなかった。刑事がもうかうなったら全然白状して了へと云った時、彼は一つのかっ拂ひを白状し始めた。
「そんな事ぢゃない田原町のだッ。」と刑事が威し付けた。すると、彼は眼を擧げた。
「旦那ッ指紋が取れましたか。」とうっかり云って了ったのであった。
刑事がそうだと答へたので、指紋を取られてはもう駄目だと思ったのであらう。眞青くなって慄え出したと云ふ。而して逐一白状したのは勿論である。
彼は探偵小説に教へられて指紋を殘さない様に大なる注意を拂った。併し、彼の頭から指紋と云ふ事が常に離れなかった。それが彼をしてうっかり白状さして了ったのであった。此等は探偵小説の手柄と云って可いかも知れない。
こんな事を考へて居ると、現代行はれて居ない事でも、將來進歩して行はれそうな探偵方法は、なる可く今から書いて置く方が可いと思ふ。而してそんな風にして探偵小説を種切れにならない様にしたいものです。
注)明かな誤字脱字は訂正しています。
「嘘の様な實話」
「騒人」 1927.06. (昭和2年6月号) より
波に照返す陽の光や、木の葉を翻す風の温みに、迫った夏が感ぜられた。私は夏の衣類を用意する爲、倉庫に置いてある行李を出す様に吩咐けた。出しに行った從卒は云った。正服筐と二ツの行李はあるが、行李は空っぽであると。
「其外にまだ一ツ、夏物を一杯詰めた行李があるんだよ。從卒長にそう云って一緒に捜して見ろ。」
若い從卒だから注意が足りないと思って、私はかう命じたきりで二三日忘れて居た。明日から愈々白服着用と云ふ日が來た。
「幾度捜しても見當りません。次室倉庫も捜して見ましたし就任された當時の從卒にも捜させましたがありません。」
これが從卒長の言である。私は少々驚いた。小さな物なら紛失と云ふ事もあるが、大型一番の行李である。そんな物が他へ紛れ込む程不整頓な軍艦は日本に無い筈だ。私は不愉快な思ひを抱いて上陸した。明日からどうしようと云ふ當はなかった。が、妙な時には妙な事を聞くものである。私がちびりちびりと飲んで居ると、近くの町に透視術の巧みな盲が居ると云ふ話を、座敷に來た二人の藝者が話合って居たのである。溺者の藁だ。私は道を教へて貰って盲人を尋ねる事にした。
術者と云ふのは三十位の小柄な男で、金光教の信者であった。或時神様のお告げがあったので、山上の岩穴に籠る事一週間、其間に透視術を覺えたと云ふのである。山を登る時と降る時丈けは、不思議に道が明瞭に見えましたとも云った。彼は早速私の爲めに紛失物を捜さうと云って、床に祭った神前に端座した。沈默する事五分間位で、持って居た扇を半開にし、凝視める様に眼の前へ翳した。
「朧氣に見えのるは長方形です。無くなったものは紙幣ですか。」彼が訊いた。
「いゝえ。着物類を一杯詰込んだ大型の行李です。」正直に云って了ったが、既に輕蔑の心は起って居た。
「さうですか。大變な見誤りを致しました。今少しくお待ち下さい。心を落着け直して好く透視しますから。」彼は大きに耻入った。
「貴下は軍艦から來られた方でしょう。此品は沖に浮んで居る船の中の、それも水線より下に成った所にありまする。だから初めは朧にしか見えなかったのです。」
今度は餘程大事を執ったらしく、十分問も沈默を續けた後で云った。
「水線下のどんな所です。」
「倉庫、物置、と云った様な所です。」
「實は之れは軍艦丹波の出來事です。所がある可き筈の其倉庫を、幾度捜しても見當らないのです。」私はかう云って妙に心を迷はした。
「其行李は隠れて居ます。眞赤な物の下に隠れて居るのです。それで見出せなかったんでしょう。」
かう云はれて見ると、今迄適中した點さへも眉唾ものに成って來た。幾人もの從卒が捜した筈である。其等が皆それ程不注意である譯がないし、第一軍艦と云ふ殺風景な所に赤いものなんかあり様がない。私はもうこんな迷信的な事に關係した事を悔い始めて居た。
「あゝさうですか。有り難う厶いました。それで料金はいくら差上げれば好いんです。」私は起ち上らうとする氣配さへも見せて云った。
「それ丈けでお判りに成りますか。何ならこれから私と一緒に行って見ましょう。貴下後から跟いて來て下さい。」彼は私と反對に落着佛って云ふのであった。
「じょ、冗談ぢゃねえぞ。」私は思った。全く之れは途方も無い事であった。折角私は上陸して來て居る。料理屋へ上って飲み掛けて居る。藝者二人も待たしてある。眼の見えない男のお守りなどして、艦の中迄引摺歩かされては堪ったものではないのである。勿論斷然謝絶をしようと決心した。が、先方が好意を持て云って居る丈けに、體裁よく斷はらうと云ふ氣であった。共言葉を捜して居る間に、彼は私などにはお構ひなく、颯々と一人で喋り出した。
「えゝと、これで今丹波の舷側の艀船を乗り着けました。此所に梯子が一ツ吊り下って居ります。之れから上って差支へないでしょう。」
「なあんだ。本當に行くのぢゃ無かったのだ。」
私は大に安心した。彼は只口先丈けで行くのであった。これならば一寸面白い。此盲が果して私の乗って居る艦の中の状況を、明瞭私に語り得るだらうか。私は調戯氣分を除き得なかったが、相當興味も持つ事が出來た。
「えゝ好いですとも、遠慮なく舷梯を登って下さい。」私が云った。
「上まで上りましたが、どちらが船の舳だか艨だか私には判りません。左手の方に旗が樹って居ります。」
盲目の癖に好く見付け出したものだ。これで察すると右舷側から舷梯を上り、今舷門の所に立って居るらしい。左手に旗があると云へば、艦尾に掲げられた軍艦旗に相當する。私は其旨を語って遣った。
「少し斜に艦尾の方へ寄って、眞中に樹って居る柱の前を左舷の方へ通ります。其前方に出入口があって、下へ降りられる様に梯子が懸って居ります。此梯子段を降りて行きましょう。」
これは正しく士官室昇降口と稱する出入口に相當する。私は少し宛驚きが顏を出して來るのを感じた。
「へえ。梯子段を降りて了ひました。」
「そこは中甲板と云ふのです。」
「此下にも又梯子段が有りますね。行李はまだ下の方にありますから、此梯子段も降りましょう。」
かう云って中甲板から更に下甲板へ降りた事に成った。と彼は又云ひました。
「まだ此下に艦尾の方へ向って降りられる段梯子があります。これを降りて行きましょう。」
そう云はれて見ると、之れこそ士官室倉庫と、士官次室倉庫とへの入口であり、突當りが士官室倉庫の入口で、次室倉庫の入口は、其手前の右壁に附いて居るのである。
「此處の倉庫の中に有るんです。」彼が云った。
「突き當りに入口のある方ですか。」と私。
「いゝえ。突當り迄行かないんです。其途中右手の方に入ロがあるんです。其中にあるんです。」
「扉を開けて這入ってご覧なさい。其所も幾度か調べさした所なんですが。」私が云った。
「此處です此處です、中段の棚で、一番右の端のです。」
「依然赤いものが乗って居ますか。」私が訊いた。
「えゝ、何だか赤いきれの様なものが掛けてあります。」
總て彼の云ふ所は眞面日であり確信的であった。私は何時迄も輕蔑して居る譯に行かなくなった。此男が嘗て目明きであったとして、丹波艦内を見に行った事があるとしても、外來者を倉庫迄連れ込む筈はない。又若し此男が給仕に雇はれて居たと考へられないでも彼が、子供であった時分には丹波と云ふ艦は未だ出來て居なかった。
之れは或は紛れ當りかも知れないが、兎に角透視に依て適中したものと見なければならなくなる。私は何故ともなく大分に感心させられた。料金も申出の倍額を佛って歸った。行李が有っても無くても此判斷は面白いものゝ様に思はれたのである。
翌朝は生惜とからッと晴れて、相當暑い日であった。私は鎮守府の旗竿に白服着用の信號を見乍ら歸艦した。士官室に入ると多勢が食後の漫談に耽って居る所であった。其処へ私は從卒長を呼んだ。
「今日はいやでも白服を着用しなければならないんだ。今一度倉庫を捜して見ろ。幾度捜しても不注意な捜し方では見付かりはしない。私は未だ一度も倉庫なんかへ這入って行った事はないが、それでもお前達よりは中の様子が好く判って居る。私は精神を統一して其中を透視する事すら出來るんだ。嘘と思ふんなら私が試しに透視した所を云って見ようか。私の行李は次室の倉庫へ紛れ込んで行って居るんだ。
之れは私が此艦に着任した時、私の從卒は私室の外の廊下へ其行李を出した儘、室内を整頓して居ったんだ。處が其時丁度中下甲板の大掃除であったから、分隊の者が廊下を掃除に來たんだ。其行李を發見したので、好意を以て倉庫迄運んで呉れた。處が倉庫の掃除をして居った次室の從卒がそれを下で受取ったので、名前も調べないで次室士官の物と思ひ込んで次室の倉庫へ入れて了ったのだ。其場所は中段の棚で……倉庫の中は三段に成って居るだらう。」
實際私は知らないのでかう訊いた。
「さうです。」從卒長が答へた。
「……其中段の棚で、一番右舷側へ寄った端の所にあるんだ。併も私の透視によると、何か眞赤な布か何かゞ掛って居る様な氣がする。直ぐ行って調べて見ッ。」
私は澄し切って云った。次室倉庫へ紛れ込んだ譯は私の推定であった。私が從卒長に吩咐けて居るのを聞いて、或者は其理由を訊いた。或者は私が透視すると云ふ丈けで、既う冷かしに掛るものもあった。が、從卒長は何だか思ひ當る節でもありさうな顏で云った。
「次室の從卒長と立會って貰って、今直ぐ行って捜して見ます。」
ものゝ五分とは經たない中、行李は士官室へ運ばれた。
「ありましたありました、これなら前に捜した時にもありましたが何しろ此危險旗が掛って居るもんですから、危いと思って手を觸れませんでした。」と、從卒長は云ふのであった。行李に掛って居た危險旗も持って來て居った。危險旗と云ふのは射撃發射の際とか火藥搭載の際に掲げる旗で、危險物を標示する旗でもある。それは眞赤一ト色の旗であるが、其古旗が何故倉庫へ迷ひ込んだかそれは私にも推定が出來なかった。(終)
注)冒頭の「なみ」はサンズイ+ケモノヘン+奇ですが「波」としています。
注)段落頭に一文字空けを追加したところがあります。
注)後、「謎の透視術」として改稿された作品が、朝日 1929.08.に掲載されています。
参考「謎の透視術」
「朝日」 1929.08. (昭和4年8月号) より
明日から愈々白服だ。夏服の這入った行李を出す様に、私は受持の從卒に命じた。所がそんなものは無いと云ふ答であった。
「馬鹿云ふな。大型一番の行李だぞ、他處へ紛れ込んだり艦外へ轉げ出たりする程、それ程不整頓な軍艦が日本にあってたまるもんか。」
私は若い從卒を叱り、從卒長と二人で今一度調べるやうに命じた。然るに信頼するに足る從卒長も見當らないと云ふ。
軍服の古着やブラなんか如何に軍港だって賣ってない。本當から云ふと困りものだ。が、明日に成るまで感じない私は、上陸して酒だ。が、妙な時には妙な話を聞く。座敷に來た二人の藝者が、近所に居る盲人が透視術に巧みだと云ふ話をし出した。初めは氣にも留めなかったが、行李の事を思ひ出して、其盲人を訪ねて見る氣になった。
術者と云ふのは三十近い小柄な男で、金光教の信者だと云った。二月程前神様のお告に從ひ、山上の岩穴に籠る事一週間に及ぶと、家に居る母の動作がありありと判った。それから透視術が出來る事を知った。彼は七歳の時から明を失って居るのに、此時山を登り降る間丈け、道路が明瞭に見えたと云ふ。彼は早速私の爲めに紛失物を捜さうと云って、床に祭ってある神の前に端座した。沈默する事約五分、持って居た扇を半開にし、凝視める様に眼前に翳した。
「朧氣に見えのるは長方形です。無くなったものは紙幣ですか。」
彼が訊いた。私は失望した。否、すっかり輕蔑して了った。札と行李! まるで駄目だと思った。
「着物を一杯詰込んだ大型の行李ですよ。」
「さうですか。大變な誤でした。今少しお待ち下さい。心を落着けて見直しますから。」彼は中心から耻入った様に云った。今度は十分以上沈默し、又扇を半開した。
「見えました。が、貴下は軍艦の方ぢゃないですか。此品は沖にあります。水の下になって居ます。それで初めよく見えなかったのす。」
「水線下とはどんな風な所です。」
「物置、倉庫、と云った様な所です。」
「實は敷島と云ふ軍艦の出來事です。所が、ある可き筈の其倉庫を、丁寧に調べさしたが見當らないのです。」駄目だよと云はぬばかりである。
「其行李は隠れて居ます。眞赤な物の下に隠れて居るのです。それで見出せなかったでせう。」
かうなると全く食はせものだ。幾人もの從卒が捜したのに、それを發見しない筈はない。第一殺風景な軍艦に。赤いものなどがどう捜しても有り得ない。私の興味は醒めて了った。
「あゝさうですか。有りがとう。それで料金はいくら差上げれば好いんです。」私は歸らうとし掛けて云った。
「それ丈けでお判りに成りますか。何ならこれからお艦へ行って見ますから、後から跟いて來て下さい。」彼は頗る落着いて云った。
「じょ、冗談ぢゃねえぞ。」私は思った。全くこれは途方もない事であった。折角上陸して來て居る。料理屋へ上って飲みかけて居る。藝者二人も待たしてある。眼の見えない男のお守などして、艦まで行ってたまるもんか。馬鹿々々しくてご挨拶のしようがなかった。相手はそれに構はずに云った。
「えゝと、これで今敷島の舷側へ艀船を乗り着けました。此處に梯子がかかって居ります。これから上って差支ないでせう。」
「なあんだ。本當に出掛けるのぢゃなかったのか。」私は驚きもし、可笑しくもあったし又安心もした。彼は只口先丈けで行くのであった。これなら一寸面白い。此盲人が果して艦中の様子を語り得るかどうか。私は調戯って見る氣になった。
「えゝ好いですとも、遠慮なく舷梯を登って下さい。」私が云った。
「上まで上りましたが、どちらが船の舳だか艨だか私には判りません。左手の方に旗が樹って居ります。」
奴さん右舷の舷梯を登って、軍艦旗を見付けたらしい。彼は語を續けた。
「左斜めの方に大きな穴があって、中へ這入る梯子があります。降りて行ませう。」
これは正しく士官室昇降口に相當する。存外能く判るから面白い。
「へえ。梯子段を降りて了ひました。」
「そこは中甲板と云ふのです。それからどッちへ行かうと云ふのです。」
「まだ此下にも梯子段が有ります。これを降りましょう。」
「そこが下甲板です。」
「左の方にまだ下へ降りる段梯子が見えます。あれを降りませう。」彼が云ふのであった。
私は實は倉庫などへ降りた事はない。しかし其處には士官室及次室の倉庫がある筈だ。行李を捜す爲そこへ行かうとするのは、甚だ當を得て居る譯である。
「此右手の倉庫にあるんです。」
「はてな。其突當りが士官室倉庫の筈だぞ。其突當りでせう。」私は訊いて見た。
「いゝえ、此右側です。」
「そんなら其處へ這入ってご覧なさい。そこは次室倉庫と云って、中尉少尉の部屋の倉庫です。」
「あゝ、これですこれです。中段の右の端です。」
「依然赤いものに隠れて居ますか。」私は訊いて見た。併し別に信じては居なかった。
「えゝ。何だか赤いきれの様なものが掛けてあります。」
これで艦内旅行は終った。彼が眞面目で確信的であるのは滑稽だ。しかし、假令此男が最近迄目明きであったにしろ、艦の倉庫まで部外者の彼が知る筈はない。若し又海軍の給仕に成って居た事があるにしても、彼が給仕位の年に敷島は此處に居なかった。して見ると艦内の様子丈けは透視が出來た譯になる。これで澤山だ。私は申出の料金の倍額を佛ってやった。
翌朝は生惜からからに晴れ渡って居た。私は鎮守府の旗竿に、白服着用の信號を見ながら歸艦した。士官室では食事をして居るものや、漫談に耽って居るものがあるが、皆白服で私一人黒服だ。
「おい、服装違反だぞ。」誰だか得たり賢しとばかりやじる。
「餘計な事云ふな。今に皆を呀ッと云はしてやるぞ。……おい給仕ッ。從卒長を呼べ。」私はこんな事でも云はなけりゃしょうがなかった。從卒長が來ると私は云ふのであった。
「今日は否でも白服を着なければならなん。今一度倉庫を捜して見ろ。いや待て待て、俺が一ツ透視術をやって見る。」
私はかう云って、部屋から扇子を一本持って來て、冥想する事昨夜の盲人の通りやりだした。一同がやがや云ってお茶羅化すが、私は大に眞面目にやった。盲人が云った通りに、私は從卒長を跟いて來させて艦内旅行を始めた。以下總て盲人の言った通りであった。
「次室倉庫は棚が三段になってる様だなあ。其中段で、一番右の端に私の行李が載って居る。私の透視によると、何か赤い布の様なものが掛って居る様な氣がする。直ぐ行って調べて見ッ。」
私は出鱈目であらうとは覺悟して居たが、大に眞面目に云って見た。それから先どうすればいゝか、全く私は法がつかなかった、が、從卒長は何か思ひ當る節でもありさうな顏で云った。
「次室の從卒長に立會って貰って、今一度捜して参ります。」從卒長は去った。
ものゝ五分も經ったかと思ふと、行李が士官室へ運ばれた。
「ありましたありました。これなら前ににもありましたが、何しろこんな風に危險旗を掛けてありましたから、危いと思って手を觸れませんでした。」と、從卒長が云ふのであった。
行李に掛って居た危險旗も持って來て居た。危險旗と云ふのは眞赤一ト色の旗であるが、危險物を標示するものである。其旗が何故倉庫へ迷ひ込んだか、それは一向判らない。兎に角盲人の透視は敵中した。
其後同艦で信號書第一編と云ふ、秘中の秘である書物が紛失した。責任者は秘密の中に捜索したが、どうにも發見出來なかった。
そこで私は前の盲人を思ひ出し、再び訊きに行った。
今度は頗る手慣れて居た。
紛失物を云った丈けで、信號書の形から色から總て云ひ當てた。意外な所にあるのも發見された。此等は透視と云ふべきであらうか。それとも依然偶然と見るべきであらうか。透視術と云ふものゝ存在がゆるされるものではあるまいか。
注)明らかな誤字誤植は訂正しています。
注)「嘘の様な實話」とほぼ同内容ですが、追加文等があります。
「川田功覺帖」
「猟奇」 1929.06. (昭和4年6月) より
太平洋を航海する汽船などは、折々海上の奇異に遭遇する事がある。明治十五年頃の昔であるが、米國軍艦アラスカ號が、太平洋を航海して居る時であった。最早日没も過ぎた頃、行手の空中にパッと光がさした。大きな火の團りである。と、其塊りが轟然と砲大の様な音を立て、煙花の様に破裂してパッと四方へ擴がった。其の片々が次第に消滅しやうとする時に、新しく青白い火焔が海面に浮んだ。しかも其火焔の中には、形の大きな、米國人らしい婦人が立って居た。
其形相は恐ろしいが、恐ろしいなりに笑って居るらしかった。軈て二分程經つと、上の方から次第に延びて、風のまにまに旋風の様に廻りながら、雲に吸はれる様に消えてしまった。其處には黒雲の一團が、駈ける様に急いで去るのが見られた。此異變を見たのは、上甲板に居た大多數の士官や兵員達であった。餘り不思議なので同船長は詳細に此事を海軍省に報告して居る。しかし其後似た様な話も起らないし、其解決もついて居ないのである。
小林芳造(二六)は信州安曇郡下瀬村と云ふ故郷から、東京へ出て來たばかりであった。何か甘い商賣をして故郷へ錦を飾らうと云ふのが彼の唯一の希望であった。一日二三の友人に比の事を話して見た。すると一友は冗談半分云ふのであった。資本なしに利益のあるのは先づ泥棒が一番いゝだらう、と。すると芳造これを馬鹿正直に聞込んで、其夜早速柳宗で鉈を一挺買込んだ。
其足ですぐ泥棒しようと云ふ積りで、其處か此處かと見るうちに、本白銀町一丁目の煙草屋小泉信常の店が、今夜は女ばかりで盗めそうなので、宵の内だのにッと押入り、蛇を光らして威文句を並べた。而して賣溜金中から一圓と、卷煙草を五六箱掴んで歸った。泥棒はなる程面白いと、翌朝盗んだ煙草を賣らうと思ひ、昨晩自分が這入った店とも心付かず、小泉の店へ賣りに行った。と家内の者が彼を見て、昨夜の強盗が又來たと云って、主人の信常に知らせたので、直ぐに捉へられて檢事局へ送られた。(明治十六年四月十日の新聞に載って居る。)
茶袋から泥棒の露顕たと云ふ珍聞は、京橋五郎兵衛町の旅人宿峰浦榮藏(明保野)方に傭はれてゐる同區尾張町新地四番地櫻川庄五郎方同居岡田清三郎(三〇)は同じ峰浦の傭人福田お蝶(三六)が五錢十錢と虎の子の様に貯た金錢を五圓に纏め茶袋に入れて納て置いたを清三郎が何時の間にか嗅つけ窃盗して素知らぬ顏で居ると、去る四日の午後四時頃お蝶が入れ物を査めると五圓紙幣が茶袋の儘翼が生て飛んでしまったゆえ、吃驚して飽逆を止めなくなった様子を見て清三郎は故と氣の毒想な顏をして、
何んでも其泥棒は遠方の者でも無からうから私が八丁堀の身代不動へ祈願して三日の中に捜出してあげようと水垢離などして深切らしく云っては居れど何うも擧動が怪しいと思ったので、彼是口論を生じた處から遂に兩人とも警察署に訴へ出て清三郎を調べにかゝると同人の袂から該金の納れてあった茶袋が落ちたゆゑ遂々盗みましたと白状に及び、今度は己が袋の鼠、チウの音も出ず拘留になったは恰度自分の口からお蝶へ約束した三日目であった。(明沿十六年十二月七日開花新聞所載)
昭和二年十二月、京都七條某古物商の前に立った一人の立派な紳士があった。彼は其の店先にあった一本の「おもと」を是非賣って呉れと云って、無理に前金として半分の一千圓を置いて去った。そのおもと云ふのは、古物商の息子が、友人から五十錢でわけて貰ったもので嘘のやうな事實である。
注)句読点を追加したところがあります。
「劍塚由來記」
「猟奇」 1930.03. (昭和5年3月) より
支那の楊子江を遡って、南京よりも少し上流へ行った所に、荻港と稱する市街がある。背後に迫って鳳皇山が聳えて居るので、自然河岸から麓へと傾斜した市である。山上に延禧觀と云ふのがある。これが昔の青華觀なのである。
青華觀に趙先生と云ふ人が居た。やはり荻港市の茶商の息子で、幼名を王九と呼んで居た。彼は生來兎角多病であったから、父は道士にしようと思ひ立ち、彼が十三歳の時、青華へ連れて來たものである。所が其晩、王九寝床に就いたと思ふと、一人の老人が現はれた。
「わしは陰翁と云ふものだ。お前はわしに跟いて來るがいゝ。」
さう云って老人は歩み出した。
彼は否む事も避ける事も出來ない様な氣がして、老人の後に從った。行った所は高い山の上であった。老人は彼を振返って、
「これを啗ふがいゝ。」
さう云って彼の前へ突き出したのは、一本の松の枝であった。彼は松の樹が食へやうとは思はなかった。しかし逃れる事を得ない運命のやうな氣がした。どうにかそれを食ってしまった。
夢から覺めた。自分は床の上に横たはって居た。覺めたには覺めたが、今迄の出來事はどう考へても夢ではなかった。彼は其朝から火を用ひた食物は一切攝らぬ事にした。只管仙家の秘術を書に求め、且つ身をこれで鍛錬した。かうして居るうち、或夜再び陰翁に逢った。依然夢とも現とも判らなかったが、覺めて後、老人から教へられた數千の文字は、明かに頭に殘って居た。しかしそれは、皆學んだ事の無い天篆の文字であったから、彼は苦心惨憺して其文字を學んだ。と、教へられた文字と云ふのは、驚くべき仙術の奥義であった。
「我れ地上三尺の所に坐せん。」
かう云って彼が一心に念ずると、彼の體躯は座ったまゝ、地上三尺の所へせり上って行くのであった。
「我一喝して雪中に花を觀ん。……えゝイ。」
と云ふと、梅や桃が見る見る蕾を持ち蕾を開き、陽春に逢った様に匂ひ咲くのであった。
此事が人々の口から耳へ、耳から口ヘと傳はって、遂に大宗皇帝に召される事となった。皇帝親しく彼の仙術を見られ「これ眞に天仙なり。」の驚嘆され、道士としての冠簡を賜ひ、名を自然と改められ、金銀玉寶を下された。其の後再び京師へ召された時、紫衣を制服として下され、青華の額を改めて、直筆で延禧と書いた額を賜はった。これが今日殘って居る所のそれである。
彼は京師から歸山すると、父は此世を去って、母一人淋しく暮らして居た。彼は老母を養ひたいと願出て家に歸った。然るに一日彼は病も何もないのに突然死んで了った。門人等はこれを山上へ葬らうと、柩を擔いで行く途中に、急に棺が重くなり、どうにも擔いで居られなくなった。自然の母はこれを見て、吾兒に何か變化が起ったに相違ない。棺を開いて見て呉れと云ふのであった。
そこで棺の蓋を開いて見ると、中に屍は無くなって居て、只劍と履物とが淋しく殘って居るばかりであった。重いものが無くなってそれでどうして重量が増したらう。之は誰もが感じた疑問であった。しかし生前の先生は空間に坐した。それを弟子どもはまざまざと見せられた。で、誰もがなんとも云ひ得なかった。遂に劍と履物丈けを入れた棺は、其据えられた位置へ葬られた。世にこれを劍塚と云ふのである。
自然の道術は國史に傳へられ、其傳は記載されて居る。しかし、今日まで劍塚が殘って居ることは記されて居ない。
注)滔のサンズイの代わりに口偏の字は啗を代用しています。
注)句読点は追加変更したところがあります。