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三宅やす子作品


      三宅やす子(みやけやすこ)略年譜

    1890.03.15(明治23年) 京都府で生まれる。「青鞜」同人。主として婦人問題に関わる
    190x.xx. お茶の水高等女学校卒業
    1923.03. 『未亡人論』刊行(「自叙伝の一節」も収録)
    1923.06. 女性雑誌「ウーマン・カレント」創刊
    1926.06. 長篇小説『奔流』刊行
    1927.01. サンデー毎日の女流作家探偵小説特集に一條栄子と松本恵子と共に「メス」を掲載
    1932.01.18(昭和7年) 死去

    筆名は、三宅やす子


      探偵小説

  1. 「メス」
    ( サンデー毎日 1927.01.02 )
    ( 『沖の太陽』 宝文館 1928.xx. )
    ( 『新選三宅やす子集』 改造社 1930.xx. )
    ( 『三宅やす子全集4』 中央公論社 1932.06. )
    ( 『三宅やす子全集4』 本の友社 1993.09. )


      おまけ

    ・「メス」 サンデー毎日 1927.01.02より全文


    「君、すこししっかりし給えよ。それゃ子供さんを失って落胆するのは尤もだよ。その点は充分察しるよ。然し、君のやうにさう憂鬱になってしまっては困るね。第一、奥さんがあの通り力を落してられるのに君がそんなぢゃあ、奥さんは立つ瀬がないよ」
     本田はしきりにかういって元気づけるのだった。
    「親類の人間があんなに大勢集まってるのに、君は顔出ししなくていゝのかい」
    「ほっといてくれ」
     河崎は腕組をしたまゝ相変らず眼をつぶって居た。
    「困るねえ。そんなぢゃ――尤もお葬式の方はもうすっかり準備がすんでると奥さんがさっきいってられたが」
    「世津子は何でも承知してるんだ。今度のことは世津子がすっかり一人で解決してしまへばいゝのだよ」
    「そんな君、可哀想なことをいって、奥さんはたった一人の大切なお子さんをなくして、まるで失神してゐられるのだよ。事実さうなのだけれど、君がかうやって引込んでいるものだから仕方がなしに起きてられるのさ。あとで身体にこたへるだらうと思っての心配だよ」
    「君は世津子の肩を持つが――ねえ、本田君、どう思ふ。」一体こんなに急に、たった二三日感冒性の熱を出して、死因もわからずに死んでしまふなんて――どうも僕には訳がわからないんだ。そんなことが有得ないと思ふんだけれど」
    「すると」と本田は改まった。
    「何かい、医者の手落――誤診だといふのかい」
    「いゝや」河崎は首をふったまゝ、また沈黙した。
    「僕は今度のことについて、医者は絶対に信用してゐる。たゞ世津子を疑ってるのだ」
    「奥さんが、どうしたのだ。君は一体気が違ったんぢゃないのかい」
     本田は呆れて友の顔を穴のあくほど眺めた。
    「いっそ気が違ってくれた方が余程楽だよ――君、僕の妻は、あの子の死んだのを本気に悲しんでるだらうか。少くとも罪悪の悔なしに素直に嘆いて居るだらうか――」
    「変なことをいふね。何を一体奥さんに対して疑ってるのだ」
    「もちろん太郎の死因を――太郎の側に絶えず付いて看病して居た者は世津子だ。太郎の食物も薬も、皆世津子の手で運ばれたのだ」
    「そして?」
    「君、世津子は決して太郎の居ることを喜んでは居なかった――僕はさう思ふ。今だからすっかりいふが、世津子には過去に暗い翳があるのだ。世津子はそれを僕に秘して居る。が僕は一切を知って居る。君、もう黙って居るのが苦しくなった。今夜はすっかり話させてくれ」
    「………」
     二人が語っている居る離れ座敷には誰も来る者はなかった。坊さんが来て何か初めたらしく母屋から読経の声が聞えて来た。


    「かういったらもう大方君は察してるだらう。世津子には結婚前に恋人があったんだ。世津子がまだ病院に勤めて居た時分のことだ。お定まりの若い医学士と恋に陥ちた――と僕は知って居るのだ――それが君、今大学に居る森博士さ」
    「この間こゝに来て居た?」
    「さうだ。太郎がとてもむづかしいと思ったからあの人を呼んだ。世津子は大反対をしたんだ。臨床の医者でないものを呼んで何になるって、どうしても承知しないのを、僕は友人関係で立ち会ひに診察して貰ったんだ――といふのは、太郎を診察する時に、森がどんな顔をして診察するかと思ったからなんだ。世津子は無論反対に極ってるが、図々しく主治医と立ち会った森の度胸にも驚いた。といふより、少し訳がわからなくなってしまった」
    「といふと何か――君の今の言葉を総合して察しると、君は奥さんと森博士の間をよほど深い関係だったと想像して居るのだね。いや、太郎さんについて疑ってるのだね」
    「君のいふ通りだ。そして、それは殆ど今にはじまったことではないんだ。僕が結婚以来、絶えず苦しめられて居たことで、それが世津子の胸に響くから彼女も絶えず苦しんで居たに違ひない」
    「フム、それは今までちっとも知らなかった」
    「誰にも知らせないだけに僕達の苦しみはひどかった。たしかに世津子は太郎を無心に愛することが出来ないらしかった。なぜ太郎をそんなに苦しい眼で見るか、といふことが僕には解る気がした。僕はそのことについては一言も世津子に疑ひがましいことはいはなかったんだ。父親としての責任――ばかりでなく、十分の愛情を注いだ筈だ――それが世津子には二重に苦しかったらしい」
    「実際をいふと僕は非常に驚いた。今まで少しもさうは気が付かなかったよ。――しかしその輻輳した君達夫婦の感情は解るが、かりにも、いゝかい、君が今度の坊ちゃんの不幸について、世津子さんの何か責任のやうにいふのはひどいよ。そんなことがあり得るものではないよ。誰の子にした処が――現在奥さんの腹を痛めた実子ぢゃないか。可愛いくてならない筈ぢゃないか。子供のことに秘密の何かがある位、ねえ君、さういっちゃ何だが、今まで白ばくれてをられた奥さんだよ。何のことがあるももんか。 君は少し神経質過ぎる。その手で年中疑はわれて居た奥さんに同情するよ」
     本田は強いて軽く受けて河崎をなだめようとした。
    「君がさういって僕を安心させようとしてくれるのは有難いよ――しかし僕は今一つ考へて居ることがある。明日の朝、葬式に先って太郎を解剖して貰はうと思ふ。そしてその執刀を森に頼まうと思ふんだ」
    「何だって?そしてそれを奥さんは承知したのかい」
     本田はせき込んだ。
    「いけないとはいふまい――恐らくいへまい。僕はさうして解剖に立ち会ふ」
     河崎は落ちついていって冷やかに磨いだやうな眼をした。彼の絶えず脱し切れなかった疑惑の淵から這ひ上がって来るやうなさぱさぱとした希望を、明日の一日に持って居るのだな、と思って本田は
    「さうまでにしなくても、原因は感冒だよ。幼い人ってものは、一寸したことで、はずみをくっていけなくなるんだよ。硝子器みたいなものだから」
     河崎は首を振った。
    「僕はたしかに恐ろしい或夢を見て居る。この夢の結末は明日の晩、いや明後日になったら君に報告が出来るだらう。厭でも聴いてくれ給へ」
    「気がゝりだから、ぜひ聴かせてほしいよ。だが、奥さんをいたはって上げなけれゃいけない。解剖なんて――君最愛の子を解剖に付するなんて、そりゃ、いけないよ。よした方がいゝよ」
    「まあ僕にまかせておいてくれ。そして明後日の僕の話を聴いてくれゝばいゝんだ」


     翌日葬式の時は、河崎は何も本田にいはなかった。本田は式場で、泣きくづれた世津子の姿を涙なしには見られなかった。
    「可哀想に、あの妻君の悲嘆を疑ひの眼で見るなんて、河崎は精神に異常を来してるに違ひない」
     さう本田は思った。兎も角、その後の様子が気になった。彼は葬式が終ると火葬場まで同行して、世津子によそながら慰めの言葉をかけた。
    「えゝあり難うございます。もう立派に諦めてをります。それに、あの子は心臓がすっかり腫れて居たんですって。どうしたってない薄命だったんですから――私もう、いたし方なかったと思ひますの」
    「ほう、そんなことがあったんですか」
     本田はもっと世津子に聞きたかったが、その時近づいた河崎の顔を見ると黙った。そして
    「明日の朝僕もこゝに来よう」と河崎にいった。
    「済みませんこと、私もうすっかり疲れて、明日は起きられないやうな気がしますわ」
     世津子の顔は蝋のやうに白かった。
     一晩眠って、本田は、骨揚にゆく約束を果さうとした。彼はいつもより少し早く起きて顔を洗って居た。
    「河崎さんからお電話です」
     電話に出るといつになく取乱した河崎の声で、
    「君、すぐに来てくれ給へ。大変なことになってしまったから」いふなり電話が切れてしまった。不思議に恐ろしい不幸な電話で本田はあわてゝ通りへ出ると、すぐタクシーを拾った。
    「どうしたんだ」
     と部屋をあけて河崎に問ふまでもなく、家の中は異様に混雑してゐた。
     河崎が蒼い殺気立った顔をして本田の前に現れた。そして器械のやうな声でいった。
    「世津子は死んでしまった」
    「世津子さんが?どうしたんだ。ほんとかい。どうしたっていふのだ」
     本田は身ぶるひを覚えた。この不幸な友人が何をしたのだろう。
    「僕は世津子の遺書があるかと思ってほうぼう探したんだ。さんざん探して見つからなくて、やっと今彼女の袂からこれを見つけた。僕は、恐ろしくて独で読むことが出来なかった」
     河崎はくしゃくしゃになった紙片を突き出した。
    「僕がそれを見たって何もならない。君、気を落ちつけて、何が要因だったか簡単に聞かせ給へ」
    「今日君に報告をするといったね。それがこんなことの報告になるとは思はなかった。昨日の朝彼女に勧めて、大学で解剖をして貰った。森氏は慎重に執刀したよ。そして、充分丁寧に一切を調べて、彼の心臓に異常な腫物が出来て居たことが発見された。そのために、外部には何も病気の症状は現れなかった。が、この間中から太郎は夜泣きをして困ると妻がこぼして居たのは大方そんな患部の苦痛からだったらう。僕のいはれのない疑ひはこれで去った。そしてもう一つの疑ひ、森氏が太郎の父だと思って居た疑ひもきれいに晴れてしまった」
    「……?」
    「僕は大げさに考へ過ぎて居た。そして自分自身病的な人物になりすまして森氏に自身で自分の子を解剖させとうとしたのだ。それはひょっとして妻が殺したいといふ願ひと、森氏が果してあの子の父かどうかを同時に発見することの出来る最良の方法だと信じたのだ。何といふお目出たい人間だったらう。僕は、虚心に森氏が、一切を報告して、
    「どうもお気の毒でございました。しかし、かうした御症状だったんですから立派に御諦めがつきます」
     と叮嚀に挨拶をしたとき、「負けた」と思った。太郎は森氏の子ではなかったことは、僕はあの一瞬の表情で立派に証明する。
     ところで僕は急に妻に気の毒になった。僕は無理に当日別室まで連れて来た世津子のこころに行って、
    「もう済んだ」といった。そして簡単に解剖の結果を話した。
    「何もかも天命だったんだ」といった。
     世津子はポロポロ泣いて居た。
    「可哀想な子でございましたわね」といった。
    「さうだ、可哀想な子だった。おれももっと可愛がってよかったんだな」
     といふと世津子は又激しく泣き出した。
    「許しておくれ。僕は今日まで疑って居たんだ」
     世津子はうなづいた。
    「知ってをりましたわ。よく」
    「でも、もう、そんなことはない。今日以来僕達はさっぱりと信じ合はれる。ねえ、三年間のお互いの苦しい塊はすっかり溶けてしまったのだ」
     世津子は又体をゆすって泣き出した。
     僕はあの時ほど荷の軽くなった、何ともいへない明るい幸福を感じたことはない。その内に自動車は家についた。家ではごたごた客が来てゐた。すぐ、葬式だ。葬場だ。僕達夫婦も一緒に出掛けたことは君の知ってる通りだ。たったあの半日だけが、ほんとに僕の妻だと思った時だった。短い夫婦だ。今朝暁方には、もう、彼女は冷たくなって居たのだ」
     本田は呻くように嘆息をついた。
    「これ以上は話せない。すべてはこの紙片が説明して居る」
     本田は、恐ろしいものを見るやうに細かく書いた紙片をひろげた。


    「そこらは飛ばしていゝんだ。こゝから読めばわかる」
     河崎は指した。本田はそこへ眼を落した。
    「――あなたは私の秘密を探らうとしていろいろの方法をお用ひになりました。最初結婚の夜に、お互は一つも秘密を持たないやうにしませうね、といって、ぢっと私の顔を御覧になりました。私はおびえてすくんでしまひました。本当にあの時のことを忘れません。さうして私にすべてを投げ出して明させようとなすったあなたのお心は、却て私にすっかり秘密の殻を堅くしょはせてしまひました。……御察しの通り私は森さんを恋して居ました。二人の間には、人にいはれない大変な結果まで見てしまひました。私は森さんと結婚するつもりで、彼の方に迫りましたけれど、妊娠したと知ってから急に態度がかはって、言葉を左右にに反らせました。尤もその時彼の人には、他にあるお金持ちのお嬢さんがあるといふことをあとできゝました。
     とうとう森さんは知り合の開業医に事情を打ちあけて、そこへ私を預けてくれました。その産院に半月ばかりをるうちに、私はもとの健康な体になりました。すぐにそこを出てしまへばよかったのに、医者のいふのには、「予後が大切だからも少し辛抱してらっしゃい」というわけで、毎日ブラブラそこに居ましたうち……私は浅ましい男の心に虐げられてしまひました。拒めば私の秘密はすっかりあきらかにされます。丁度、伯母があなたとの縁談を私にすゝめて居る最中でした。私は臆病でした。そして妙ないきさつになって恨みを持ってその医院を丈夫になったのを幸ひに出てしまひました。
     でも、丈夫になったと思って居たのは間違ひでした。その月から――私は又一つの心配を持ち初めました。まさか、そんな筈はないと思って居たけれど、そして、そのまゝあなたのところに来てしまったけれど、太郎は月足らずで生れました。それをあなたは森さんに疑ひをおかけになった。でも違ひます。違ひます。誰にこんな恥かしい、恐ろしい、悲しいことがいへるものですか。
     私はお話わすれました。さかのぼっていひますと、森さんがお嫁さんに貰ふというお金持ちのお嬢さんといふのは偶然、私が病院で付き添って知り合になって居た令嬢でした。私は無やみに嫉妬されてなりませんでした。あなたの処へ来る少し前――さうです、まだお腹の太郎のことは時分でもよく知らなかった時です――令嬢の家を訪ねました。冬の夜でした。瓦斯ストーブが燃えて居ました。待たされて居る間に私はストーブを消して、瓦斯の栓を開け放しにしておきました。私は電気を消して、廊下に立って居ました。お嬢さんが来ました。
    「おや真暗ね、停電?」といひました。
    「エヽ」といふと、「ぢゃ瓦斯をつけませう」といった時私はマッチを渡しました。部屋に入ると
    「アッ」と叫んで令嬢は仆れました。大火傷をして――顔が殊にひどい傷でした。私も夢中になって逃げ出しました。人々は来て私とお嬢さんをいたはってくれました。誰も私を疑ふものはありませんでした。
     こんなことは私の森さんに対する復讐の一つでした。御存じの通り今の森夫人は、火傷なんかない人です。
     私は、あなたの限りない探索の眼に苦しめられました。手箱の秘密などは保てさうもなかった。私は証拠になる手紙などを皆焼いてしまひました。それでもあなたは森さんと会ってやしないかとしょっちゅう気をつけてらっしゃる。太郎を森さんの子だと且て皮肉をおっしゃる。そのたびに私の心は二重に苦しみました。太郎が大きくなってくると、顔だちはそっくり私に似てますが、眼が、私を苦しめた人によく似て来るやうに思へました。私を見た或る日の眼がそっくり思ひ出されます。私は憎い人の子を良人からは愛人の子だと疑はれながら育てゝゆく辛さに疲れました。いっそ病気にでもなって、この子が死んでくれゝばいゝと思ったこともありました。でも、いよいよ思ひがけなく死んでしまったら、今までこの子で人知れぬ苦労をしたゞけに、私の心の張合は一時にゆるんでしまひました。今までは、あなたに秘密を知られまいとする努力だけでも、私の生きる張合だったに違ひありません。太郎が死んでしまったら、急に、暗い私の半生がくやまれ初めました。森さんを恋しく思ふ心も、まだこんなに心に底に燃えのこってゐることも知りました。あなたが私に対する疑ひのために私を解剖室に連れてゆかうとなすった時私はよそながら森さんにこの世の暇乞を告げるつもりで一緒にお伴しました。森博士はおちついて河崎夫人の私に挨拶をしました。そして彼の手で太郎の体がメスをあてられ、あなたの疑ひがとけました。
     私はこのまゝ生きて居たらあなたに可愛がって頂けるのかもしれません。でも――浅ましい人間の心が生んだ罪のない魂をめぐって、疑ったり、苦しんだりその上その子の「死」をズタズタに切りくだいて、やっと妻の心を解ったといふような、みぢめな夫婦関係を今から初めたくもないし――それに今は、偶然私は恐ろしいものに遭ったのです。火葬場で、あの昔火傷をした。お嬢さんにあひました。何といふことでせう。子供の葬式の日に永い間あはなかったあの人に、――もうすっかり様子がかはってました。火傷といふことに敏感になってなかったら私からは気がつかなかったでせう。でも、さきでは覚えて居て、顔を反らせようとした私をよびかけました。私は挨拶もそこそこに逃げ出しましたが、只これだけのことを知りました。あの人は今でもお嫁に行かないでゐるのです。可哀想に――男は勝手です。昨日の森さんの清ました顔がまだ私の目にあります。今かうして瓦斯ストーブの前でこれを書いてゐるとお嬢さんの顔が私をつかみに来ます。オヤ、どこかで子供の泣き声がする。太郎よ。太郎よ。お母さんをうらんで居るのか、私も今すぐに、やっぱり坊やを抱いて居た方が私には幸ひだったと、さうつぶやいて居ます。
     あなたはどうぞお仕合せにお暮し下さい。そしてどうせ世界中の男がどれが自分の子だといふことはほんとに知ることが出来ないのだとお思ひになって、これからは奥さんをむやみに疑ったり何かしないで上げて下さい。それはあなた自身を苦しめるだけで、結局おしまひまで――女は死ぬ時までほんとのことをいはないものですから――何もつかむことはお出来にならないでせう。さようなら」
     二人は黙って、燃えさかるストーブの火をみつめた。 (十五、十二、習作)


     日本初といわれる女流探偵小説特集で、一條栄子は創元推理に、松本恵子は論創社に収録されているが、残る三宅やす子のみが復刻の全集以外に戦後刊行されていないようだ。調査した範囲では、探偵小説はこの一作のみで関係する評論などもないようである。今後、とりあげられる事もなさそうなので、ここに掲載しておく。  題名は、手術で使用するメスなのか、雌なのか、内容からは前者であろうが後者も掛けているような気がしないでもない。経歴からの思い込みなのかもしれないが。  内容的には謎があり解明しようとする、解明されるという点では探偵小説である。謎自体は古よりの男にとっての謎であり新味はない。しかし、それに対する要望を入れているのは面白い。  一番のオチは、最後の大正15年12月「習作」かもしれない。単行本収録で書き直しているかもしれないが、なぜ彼女に依頼したのかが最大の謎なのかもしれない。  なお、基本的に漢字は現代に、かなは旧来のまま、一部読点を補っている。明らかな誤字脱字は訂正。かなと漢字のゆらぎはそのままとしている。つぶれた漢字の誤判別があるかもしれないがご容赦。(2016.05.01)


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