「宿雨催晴」
「宝石」 1946.11. (昭和21年11月) より
二人の客は十時がうつと慌てゝ自動車を驛にはしらせた。主人野田が門のところまでその自動車を送って部屋にかへってみると、まだ泊りこみの連中は將棋盤をかこんでゐるのであった。
「もいちどやりますか」と、露木がいふと、
「つかれちゃった」と、日枝の顏はねむたげだった。
主人野田はぼんやりふたりを見てゐたが、あいてゐる椅子にどっかと凭れかゝった。なだらかな那岐山麓を見下すコテジ風の建物はしんとした夜の靜寂につゝまれて、ふたりの聲のみが妙に高くひゞきわたる。四方の壁には蝋燭型の電燈がともってゐて、それがどんよりとした軟かい光で、壁にかゝった硝子ばりの三つの繪を浮かびだしてゐる。その二つは木米、一つは浦上玉堂、あるひとは木米を大雅竹由以上に評價し、ブルーノ・タウトは浦上玉堂を日本一の畫家だとほめてゐる。
いづれにしても重要美術品に指定されてもよいていどの名畫で、こんな淋しい山莊の壁に吊すべき品ではない。なかでも木米の『宿雨催晴』は、もうもうと朝霧のたちこめた間から、ところどころに奇巌老松のみえる僅か一尺五寸と二尺の小點だが、それが時價二十萬圓だといふ評判である。それは美術商の露木には身顫ひするほどの財産を意味し、美術批評家日枝には一册の書物がかけるほどの瞑想を意味してゐるが、さて、主人野田にはなにを意味してゐるだらう。
野田はいかにも好々爺らしい肥った男で、黄色っぽい丹仙に無造作にすごきをまきつけてゐる。日枝は將棋の駒をしまひながら大きな欠呻をした。彼は體が細長くて、だれよりも若いくせに、フランス風の先の尖った短かい頤鬚をたくはへてゐるが、それがまた不思議にこの男によく似合ふのだ。
「どっちも腕は相當なもんだ。ふたりとも若くてお忙しいのに、これほど磨きをかけてゐられやうとは思はなかった」
肥った兩手の扼拳を膝の上においたまゝ野田がさう云って笑ふと、駒を箱へ入れ終った日枝が顏を起して、
「磨きをかけたわけちゃないですが、私は人の性格を讀むのがすきなたちでしてね、それには將棋をさしてみるのがいちばんよいのですよ」
「そんならひとつ私の性格をあてゝもらひませうか。私の性質はどんなです」と、野田が笑った。
「いままであなたは投機的な大膽な思ひ切ったことをやる人かと思ってゐたのです。ところが將棋をやってみて、全然型のちがった人であることを知りました。用心ぶかい人だから冒險はなさらない――露木君はそれとは反對です。この人は時と場合によっては一か八かの冒險をやるです」
そばで開いてゐた露木は、この言葉に驚きはしたが、むしろおべっかを云はれたやうな、くすぐったい氣持だった。背の高さや肥ったところは野田とよく似てゐるが、野田のやうな無造作なところはどこにもなく、折目たゞしい背廣をきてゐる。彼は眞顏になって、
「どんなもんですかね。私たちの商買では一か八かの冒險は禁物で、思はくがひをするとひどい目に會ひます。すくなくとも私でしたら、こんな無用心な部屋に、一枚二十萬圓もする名畫を三つも竝べるやうな冒險はやりませんな。もし泥棒が――」
「しッ!」だしぬけに日枝がさへぎった。
銀の鉢から美しい色の柿をとって鋭い果物ナイフで皮をむいてゐた野田は、日枝の顏をふりむいて、
「どうしました。びっくりしてナイフで指を切りかけた」
「なんです、あれは、いま變な音がしましたよ」
一同耳をすましたがなにもきこえない。この時から妙に不安な氣味わるい空氣がどこからとなく忍びよった。
日枝はしばらく木米の『宿雨催晴』を仰いでゐたが、
「とにかくこの繪は野田さんのものですから、盗難にあはうがあふまいが私の知ったことぢゃない――それよりさっきお目にかゝった場寺さんといふのは、どんな人です。なにをやってゐるんですか」
野田はこの質問に興味を感じたらしく、すぐには答へないで焦らすやうに笑ってゐた。
「あれは姪の知人でしてね、大阪で知り合ひになったのださうです。どう思ひます、あのひとを――」
「あッ!」と呟いて、こんどは露木が片手をあげた。
テラスから響いてきた物音はそれきり聞こえなかった。聞こえなかったはず。物音の主の灰色の服をきた若い女は、ぬき足さし足で彼らのゐる部屋の外を遠のくと、テラスの手摺にもたれかゝったのである。
ためらひがちに場寺もその跡を追った。折から雲間をもれた十五夜の月の光で、テラスに張りつめたタイルの模様でさへ、手にとるやうにはっきりと見えた。なかば手摺にもたれ、なかばそれに腰かけて、兩手で手摺を握ってゐる女のまつげの影でさへ、場寺は明瞭に見ることができた。
「嘘ばかり――」と、女がいった。
「なんです」
「お聞きになったでせう。いま伯父はあなたのことを私の知合ひだと紹介したやうですが、なぜそんな嘘をつくんでせう。伯父は氣がちがったのでせうか――ひとつあなたにききたいことがありますの」
「なんでもきいてください」
「失禮ですが、あなたは惡い人ですか」
この惡い人といふのが泥棒を意味してゐることは、先刻からの空氣で場寺にはよく分ってゐたが、この途方もない質問を、かの女はあなたは辯護士ですか、あなたは醫者ですか、ときく時のやうな平氣さできくのだった。だが、用心ぶかい場寺は吹出しもしないし、怒りもしなかった。うっかり吹出したら横面を張りまはしさうなけんまくが、女の眉宇に現れてゐたのである。
「私は惡い人間ではありません。どうしてそんなことをおきゝになるんです」
「この別莊には盗難豫防の電氣装置があって、夜間誰かゞ窓に手をふれると、家中のベルが一時に鳴るやうにしてあったのですが、伯父は先週それをとりはづすと同時に、いままで鍵のある部屋にしまってあった繪を、わざと客間の壁にかけました。盗まれるのを望んでゐるやうなものです」
「でもね、お嬢さん、簡單に考へることはできません。もしあの繪が贋物だった場合は、こっそり誰かゞ持って行ってくれゝば、美術品蒐集家としての名譽を傷つけられないですむわけです」
「わたしも一應その點を考へてみましたの。でも、いまの客間にかけてある三つの繪は、どれもこれも本物なのです。伯父が持ってゐます繪のなかでも、いちばん氣に入りの品ばかりなのです」
場寺は銀色に光る卷煙草入れを出したが、それを開かうともせず、しばらくてのひらでもてあそんだ。
「美那子さん、これは野田さんの場合にはあてはまらないかもしれませんが、世間には大切な品物をわざと盗まれようとする人もないことはないです。たとへば、あれに實際の値段以上の保險がかけてあって、それがある夜ひそかに盗難にかゝったとすれば――」
不意に場寺の指先から卷煙草入れがすべり落ちて、卷煙草がテラスに四散したが、それは二人の混亂した推理を象徴してゐるかのやうだった。
場寺がしゃがんでそれを拾はうとすると、どこかの鳩時計が十一時半を報じた。
「伯父は骨董品には一文の保險金もかけたことがございません。保險は金を無駄使ひするやうなものだと、いつも申してゐましたわ――」
「でも――」
「もうこんな話はよしませう。あなたにこんなことを御相談してなんになりませう。たぶん伯父は氣でもちがったのでせう」
「さうでせうか――」
「もし氣がちがはないで、あんなことをしてゐるとしたら、いったいその目的はなんでせうか。どんな魂膽でわざと泥棒を誘惑するやうなことをするんでせう」
この疑問にたいする解答は、それから三時間とたゝぬうちに、知ることができるやうになったのである。
盗人が侵入したのは午前二時半であった。かれはまづテラスのしたの繁みで數本の卷煙草をすひ、鳩時計が二時半を報ずると、テラスにのぼって客間のフランス窓にしのびよった。
夜になるとともに動きだしたそよ風が、さわさわと木の葉をそよがせてゐた。その男がふりかへった顏を、傾きかけた月の光でみると、黒いマスクで顏全體を覆ひ、きたない中折帽子をまぶかにかぶってゐるのであった。
客間のフランス窓は三つあったが、そのまんなかの扉のまへにしゃがむと、自動車の運轉手がもってゐるやうな荒布にくるんだ道具入をひらき、掛金のそばの硝子に二本の細長いばんさうかうのやうなものを貼って、硝子切りでそのそばを圓くきりはじめた。音はしなかった。たゞ齒醫者の錐のやうな微かな音がするだけであった。途中手を体めて耳をすましたが誰も起きてくる氣配がなかった。
ばんさうこうが支へてゐるので、硝子に孔があいても、その破片が落ちて音を立てる心配はなかった。孔があくと、そこから手袋をはめた手を突込んで掛金をはづし、それから靜かに扉をあけた――
目的物がどこにあるかといふことはよく知ってゐるのであらう、道具入れをポケットにしまふと、懐中電燈をとりだしてその光りで戸棚をてらした。鋭い果物ナイフがつきさゝったまゝの林檎を盛った銀の鉢がぼッと闇に浮かびだした。彼はそんなものには目もくれず、まっすぐに木米の名畫『宿雨催晴』のまへにちかよるのであつた。
それは大きな額ではなかった。盗人はその額を壁から下に卸し、裏板を外して繪を抜きとると丁寧にそれを卷きはじめた。あまり丁寧に卷きはじめたので、部屋に第二の人物が立ってゐることに氣付かなかったぐらゐである――
ねてはゐたけれど熟睡してはゐなかったのだらう、場寺は眞夜半になにか金物が落ちるやうな物音をきいて目を覺した。さうして物音の主が誰であるかといふことは分らなかったけれど、なにが原因で物音がしたかといふことは、目が覺めるとすぐに分った。布團をはねのけて立ちあがると、彼はいそいでシャツとズボンを身につけ、懐中電燈をボケットに入れた。
家のなかはそれきり靜かになった。物音で目を覺したのは場寺だけだったらしい。それでも彼は電燈もつけず、足音も立てずに階段を下りた。階段の途中で寒々とした外氣を顏にうけた。それはどこかが扉があいてゐる證據のやうに思はれた。したへ降りると客間へはいった。
だが、遺憾ながら間に合はなかった。もっと早くくればよかった。彼は一ととほり懐中電燈で部屋のなかを見まはすとすぐそれを消した。泥棒はまだ部屋にゐる。だがその泥棒は戸棚のまへに仰向けに倒れ、セーターやズボンに附着した血の分量から判斷して、ふたたび立ちあがるものとは思はれなかった。
「これは大變だ!」
場寺は思はずさう呟いた。
絨氈のうへには戸棚から落ちた茶器や銀の鉢や柿が散亂し、そのまんなかによごれた帽子に黒いマスクといふ出で立ちの泥棒が、手袋はめた兩手をうんとひろげて、大の事なりに横たはってゐるのである。
屍體のそばには額の硝子の破片がちらばって『宿雨催晴』の卷いたのが、なかば屍體の下じきになってゐた。屍體のそばに落ちてゐる果物ナイフで心臟を刺されたのであらう、胸のあたりから著しく出血してゐる。
「どうしたんです」
ぼんやり立って考へてゐる場寺の耳元で、だしぬけにさう云ふ聲がした。びっくりして振返ると、その瞬間明るい電燈がついて、浴衣を着て佇んでゐる美那子の姿が見えた。かの女は泥棒が死んでゐると聞くと、しりごみして入らうとしないのだった。
「早く伯父さんと女中を起こしてください。私は電話をかしていたゞきます」
それから女の方へむいて、
「もう私が誰だか分ったでせう。土地の警察署の刑事です」
美那子はうなづいて、「わかってゐます。場寺といふのは本名ですか」
「本名です。先日野田さんが警察署に電話をおかけになって、誰かよこしてくれと云はれたので私がきたのです」
「どうして警察のかたを呼んだのでせう」
「それは知りません。理由はなにもきかなかったものですから」
「でも相當な理由がなければ警察のはうであなたをおよこしになるはずがないでせう。あなたには分らなくても、警察には分ってゐるんちゃないでせうか」
あはてゝはゐても、美那子は理性に承服できないところは、どこまでも迫求しようとした。
場寺はそれには答へず、「すぐ野田さんに會ひたいです。早く二階へ行って起して下さい」
「伯父は二階にゐませんの」
「どうして――」
「いま二階から降りる時、伯父の部屋へ寄ってみたのですが留守でした」
彈丸のやうな勢ひで部屋を飛びだすと、場寺は階段を走りあがった。美那子が降りる時電燈をつけたので階段は明るかった。
かの女の云ったやうに、野田の部屋はもぬけのからで、たゞ机のうへの時計が靜に夜の空氣のなかで時を刻み、布團はしいたまゝになってゐて、昨夜から入ってゐた形跡はみえなかった。場寺の胸のどこかに妙な疑惑がうごめきそめたが、その疑惑の正體をはっきりつきとめることは自分でもできないのであった。
彼が野田の寝室をでると、廊下でばったり丹仙姿の露木にであった。いつもかけてゐる眼鏡をはづしてゐるので、この肥った美術商人が、最初はちょっと別人のやうに思はれるのであった。
露木は遮るやうに場寺のまへに立ちふさがって、
「泥棒ですか」
「さう――」
「なにを盗みました」
「殺されたんです」
露木はなにも云はず、たゞ胸に痛みを感じたかのごとく、ふところのなかで胸に手をあてた。
「殺された――どっちが――まさか泥棒が殺されたんぢゃありますまい」
「泥棒が殺されたんです」
「どうして――泥棒が二人ゐて、その一人が殺して逃げたんでせうか。殺されたのはどこの者です」
「それをこれから取調べるのが私の役目なんです」
階段を降りると、客間の人口にまだ美那子が立ちふさがって、部屋のなかの屍體を遠くから眺めてゐたが、足音をきくと振向きもしないで、
「場寺さん、あのマスクをとってごらんなさい」
いはれるまゝに、飛びちってゐる硝子の破片や茶器をスリッパーで踏まぬやう用心しながら、場寺は屍體に近づいて帽子をぬがせマスクを取ったのであるが、そこに發見したのは彼がひそかに豫想してゐた人間の顏だったのである。
盗人は主人野田であった。野田は自分の家に盗人として忍びこみ、しかも誰かに心臟を刺されて死んだのであった。
「どう考へても不思議なことばかり、まったく狐につまゝれたやうです――」
つぎの日の午後、刑事場寺は、醫者布流川をあいてにさう概嘆して、さらにつゞけて云ふやう、
「なにが目的で自分の家に忍びこみ、自分の所有物を盗まうとしたのでせう。繪は三まいとも名畫にはちがひないでせうが、保險はいちもんもかけてゐないのです。だから金が目的ではない。ではなにが目的でせう、氣違ひにでもなったのでせうか――」
野田別莊のそばの大机村は温泉村で、温泉宿がたくさんある。その宿の庭園で醫者布流川と刑事場寺が、庭石に腰かけたまゝ話こんでゐるのであった。
「御承知のとほり私は縣の警察部の御依頼でやってきたのですが、こゝの警察から來られたのはあなただけですか」と布流川がきいた。
「さうです」
「警察部からの電話では、こんな迷宮入りの事件を解決するのは、私より外かにないといふ、まるでおべっかみたいな御依頼で、しつは痛みいってゐるのですが、場寺さん、なにかこの出來事には注意すべき事柄はないでせうか、特別に注意すべき事柄は――」
「自分で自分の繪を盗まうとしたことなぞ、第一に注意すべきでせう」
「いやいや」と布流川は頭をふって、「表面的な出來事に迷はされるのは危險です。それより、例へばですね、美那子さんも不審がられたさうですが、野田さんはどうして事件が起るまへに刑事の出張を乞ふたのでせう」
「それは野田さんが妙なことを考へだしたので、それを中止させるために私を出張さしたのでせう」
「妙なこととは」
「保險金ほしさに自分の繪を盗むことです。でもこの想像が違ってゐたことは昨日わかりました」
「むろん保險には關係ありますまい。まあ犯罪模倣の念入りなことを考へてごらんなさい。野田さんが着てゐた泥棒の服からは、仕立屋の名前さへはぎとってあります.そのうへ手袋からマスク、七つ道具と懐中電燈、自分の家に忍びこむ芝居としては念が入りすぎてゐます。さうしてテラスの下で卷煙草を三本すひ、それからテラスに上った。足跡もちゃんと残ってゐる。それから何者かに惨殺されたといふ順序です」
「その何者かは何故野田さんを惨殺したのでせう」
「いままでのところ手掛りはないでせうな」
刑事場寺は手帳をだして、
「ありません。警察からよこした醫者の話によれば、死因は心臟の刺傷で、兇器は現場に落ちてゐた果物ナイフです。心臟の傷は小さくてちょっと見ては分らぬ程度の傷です。なほ現場には野田氏の指紋は方々に殘ってゐるが、他の者の指紋はありません。それからひとつ不思議なのは、棚から落ちたものは、格闘のさいに落ちたのではなく、色々の物を塔のやうにつみかさねて、それを一時に落したと思はれる點です」
こゝまで話すと場寺は口をつぐむだ。布流川がなにかふかい考へに沈んで、むつかしい顏でひとりうなづいてゐるのを見たからである。
「なるほど、――それもひとつの手掛りぢゃありませんか――手掛りがないと云はれましたが――」
「自分の家に忍びこむ理由の説明とはならんと思ふのです」
「場寺さん、あなたの御意見をおうかゞひしたいのですが、この出來事のもっとも重要な點はなんでせう。まってください。もっとも興味ある點といふのぢゃありませんよ。重要な點です。むろん、それは野田ざんが殺されたといふ點でせう」
「さうですとも」
「あなたが興味をお持ちになるのは、野田さんが殺された事實よりも、あの人が芝居がかった不思議な行動をとったことでせう。しかしそんな表面的興味に縛られたくないものです。もっとも重要なのは、なぜ殺されたかといふこと――いや、もっとつきこんでいへば、誰が殺したかといふことです」
場寺はしばし考へてゐたが、
「女中は問題外です。女中部屋は遠くはなれてゐるうへに、誰かゞ昨夜そとから鍵をかけてゐたぐらゐです。殺人犯人は外から入ったものにちがひない」
「どら、では、ふたりで現場へ行ってみませう」
布流川は野田別莊に着くと、美那子とならんでテラスの籐の長椅子に腰かけた。細長い體を焦茶のフランネルの服につゝんだ日枝は、手摺にもたれかゝり、默然とした露木は黒っぽい背廣をきてゐた。日枝は指で頤鬚をいぢりながら、
「野田さんが泥棒を装ひながら自分の家に忍びこんだのは何故か、そんなことは何度おききになっても私には分らんです。たゞ私に確信をもって云へることがひとつあるのです」
「それは」布流川がたづねた。
「昨夜もはなしたんですが、あの人は用心ぶかい人です。理由なしには何もやりません。それからあの人には他人の秘密を曝露するくせがあるです」
「もっと詳しくはなしてください。秘密を曝露するとはどんなことですか」と、美那子が日枝を見つめた。
そばから露木が口をだして、
「曝露するといふのは可笑しいが、あの人にそれに似た性癖があるといふことは、私も二三度ほかの人からきいたことがあるです」妙な手つきで自分の胸を抑へながら、「でもそんな性癖とこんどの事件には何の關係もないのです。どうして野田さんはあんな見すぼらしい本當の盗人のやうな服装をしたのでせう。私には正氣の沙汰とは思はれない。發狂者の行動と考へるよりほかはない」
「まだほかに五つの解釋があります」と布流川がいった。
日枝がのっそりと手摺から立ちあがったが、たしなめるやうな露木の視線にあってまた腰を御した。沈默がつゞいた。しばらくすると布流川が言葉をつゞけて、
「解釋は五つあるのですが、面倒だから他の四つはほっといて、たゞちに唯一つの眞の解釋に突進しませう」
「では布流川さんは、この事件の秘密をはや知っていらっしゃるんですか」するどく日枝が質問した。
「まあ、さうです」
「いつわかりました」
「こゝで皆さんにお會ひして初めてわかったのです」
さういって大きな體の布流川がうしろに凭れかゝると、籐の長椅子が荒海にのりだした船の舷側のやうにぎいと唸った。さうして布流川は腹の中の確信をいっそう強めたといふふうに、ひとりで大きく頷づくのだった。
「いま私はこゝの警察の司法主任に電話をかけときましたから、もうやってくるでせう。きたら司法主任はこゝにゐられる皆さんに妙なことをお願ひするはずです」
「妙なことゝは――」いぶかしげに日枝が顏を起した。
「ほかでもありませんが、今日は秋にしては暑かったし、皆さんもお疲れでしたでせうから、一同温泉へ行ってひと風呂あびていたゞきたいのです」
布流川がさう云ふと、美那子は當惑したやうに嘆聲をもらし、救ひをもとめるやうに刑事場寺のはうへむいた。
布流川はそれには構はないで、
「とんだお願ひで恐縮ですが、犯人の自白を待つには、これがいちばん丁寧おだやかな方法だらうと思ふんです。しかしまだ時間がありますので、皆さんがお氣づきにならなかったことをひとつお話しませう。日枝さん、薄い鋭利な刄で心臟を刺すと、どんな傷がつくか知っておいでですか」
「いえ」
「外部に出血しない場合が多いのです」
「でも――」と、美那子がなにか云ひかけたが、場寺が制したのでやめた。
「檢屍の醫者も傷を探すのに困難したと云ってゐますが、實際、こんな場合被害者はすぐ死にますし、傷口はすぐ収縮してしまふのです。だのに野田さんのセーターに多量の血がつき、その血がズボンまでたれかゝってゐるのはどうしてゞせう」
「なるほど――」
「あれは野田さんの血ではないのです。野田さんの血は外に出なかったのです」
美那子はじれったさうに立ちあがった。
「なんだかあなたの仰っしゃることがよく分りませんわ。失禮ですがあなたは事情をまだ御存知ないのぢゃないでせうか。私どもは血まみれで倒れてゐる伯父を實際に見たのですから――」
「そりゃごらんになったでせう。さうして.あなたがたがごらんになったこの事實が、じつは皆さんが何度も何度もくりかへされた質問――野田さんはなぜ泥棒に變装し、自分の家に忍びこんだか――の解答になってゐるんです。この質問にたいする答へはすこぶる簡單です。野田さんは變装もしなければ自家へ忍び込みもしなかったのです」
布流川の説明はつゞく――
「要するに野田さんは誰かのために――誰かといふのはつまり眞の盗人のことですが――その人物のためにひそかに計畫的に罠を用意しつゝあったのです。その人物が繪を盗み出さうとしてゐることはよく分ってゐた。恐らくその人物は、これまでにも野田さんのどこかの別莊で、高價な美術品を盗みだしたことがあるのでせう。けれどもその時は證據をつかむことができなかったので、こんどは罠をつくって證據をつかみたいと思ひ、家の中の配電をわざと盗みよいやうにし、刑事まで呼びよせて準備をしておいたのです。
「その盗人は案外馬鹿だったとみえて、まんまとその罠にかゝり、はじめは寝たふりをしてゐたが二時を打つとぼろ服を着、マスクに手套七つ道具といふ物々しいいでたちで家を抜けだし、テラスの下の繁みに身をかくし、それからのちの行動は、今まで野田さんがとったと誤解されてゐた行動と同じです。さうして『宿雨催晴』の繪を卷きかけたとき、思ひがけなく丹仙をきた野田氏が現れたといふ順序です。
それから不幸にして、ちょっとしたはづみから格闘となり、野田氏が飛びかゝると、泥棒は戸棚から果物ナイフをとって防いだ。野田氏がそれをもぎとらうと爭ふうち、泥棒は胸に負傷し、表面的な小さい傷だけれど、出血は夥しかった。いったん負傷した泥棒は狂氣のごとくなってナイフを取りもどし、野田さんの心臟を刺したのです。格闘がすむと家の中がまた森閑となり、戸棚の上においた懐中電燈で泥棒が自分の體をしらべると、大變なことにきがついた。
セーターから血がしたたり、ズボンが赤くなってゐるのです。胸にかすり傷をうけたので、そこから出血したのです。この服を持ってゐては自分は死刑になる。なんとかこの服装を處分する方法はあるまいか。燒き拂ふことも、家から持ち出すこともできない。家の主人が殺されたとなれば、家宅捜索がはじまることはわかりきってゐる。血がついてゐなければ、鞄のなかで安全だらうが、血がついてゐては、どうにもならぬ。いゝ方法はないか、いゝ方法はないか――そのうち泥棒は、ふと妙案を思ひうかべました」
こゝまで布流川が説明すると、籐の長椅子のうしろに佇んでゐた美那子が、
「わかりました――その服を伯父の屍體に着せたのでせう」
「さうです。あらゆる払たちの誤謬はこゝから出發してゐるわけなんです。彼は屍體に自分の服を着せると、そのセーターとシャツの胸のところにナイフで孔をあけ、つぎに屍體から剥ぎとった丹仙を自分で着込みましたが、その丹仙は迫求された場合はあくまで自分のものと云ひ張るつもりだったのでせう。どうせ野田さんは格闘で胸をはだけてゐたので、丹仙に傷はつかなかったでせうし、また出血しなかったのだからよごれてもゐなかった。泥棒にとっては萬事すこぶる都合がよかったのです。
「でも、服をとりかへたあとで考へてみると、服をとりかへる暇がなかったやうに見せかける必要があった。それには格闘の直後家人が現場にかけつけたやうにせねばならぬ。そこで彼は服装を取りかへてしまひ、すべての用意ができると、茶器や食器を戸棚につみかさね、それをガチャンと大きな音をさせて落すと、いそいで自分の部屋へ逃げこんだのです。野田さんが泥棒でなかったことは、野田さんが手套はめてゐながら、現場にたくさんの指紋をのこしてゐるのを見てもわかるでせう――」
折から庭に靴音がして、どやどやテラスに上ってくるのを見ると、司法主任が二人の刑事をつれて來たのであった。
布流川は安心したやうに溜息をして、
「あの連中は皆さんを温泉に御案内するためにやってきたのです。いくら隠さうとしたって、温泉にはいったら胸の傷がかくせるものではない――」
「でも、まさか――」と、心配さうに美那子が一同の顏を見まはすと、
「まさかあなたのやうな弱々しい女が眞の犯人でもなければ、痩せてひょろ高い日枝さんでもない。セーターとズボンを取りかへてぴったり合ふ人物は、こゝにひとりゐるだけです。その人物はまた胸に繃帶してゐるので、始終上着の下に手をつっこむ癖をもってゐるはずです――露木さんのやうに――」
この時まで、上着の下に手を突込んでゐた露木は、慌てもせず、すべてを觀念したやうな聲で、
「日枝さんは私のことを一か八かの冒險をする男と云ひましたが、當ってゐましたね。あの警告を無視したのが、いまさら口惜しくてならないです――」
注)明かな誤字誤植は修正しています。句読点は追加したところがあります。
「四階の老人」
「宝石」 1947.04. (昭和22年4月) より
ちかごろめっきり民衆化した警視廳に秘密相談所といふものが設けられ、東京都民の雜多な事件の相談相手となり、不思議な事件の調査をひきうけたりしだしたが、個人の秘密はどこまでも尊重するといふたてまへになってゐるので、開設以來たくさんの人々がそこに押しかけた。なかでも社會的にもっとも有名だったのが、森伯爵のひとりむすめの多美子であった。
まだうすらさむいある春の朝、花模様の羽織に黒い狐の毛皮をひっかけた多美子は、風にふかれた木の葉のやうに漂然と相談所にまひこんだ。手入れのゆきとゞいた髪の毛がてかてかと光って、みがきあげた顏の皮膚は陶器のやうに冷たく綺麗で、唇のあたりにどこかつんとすました表情がうかんでゐた。
「いま森多美子といふ女がきたのですが、申込用紙に住所氏名をかけと云っても、かゝんでもいゝのだといってきゝません。しかも狆を抱いてゐるのです。どういたしませう。所轄署長の紹介状をもってゐるのですが――」さう受付がいった。
「どうぞこちらへ」と相談所主任の大町がいった。
多美子はドアをあけて部屋にはいると、ちょっと大町に會釋して、狆の頭をなでながら椅子にすわった。主任の大町は背廣服をきたがっしりした大男で、自髪まじりの口髭を短かく刈りこみ、柔和さうな目をしてゐる。彼は卷煙草をくはへたまゝ狹い部屋をゆきつもどりつ歩きまはり、そばには同じやうに背廣服をきた警部補呂鳩が、手帳をもって立ってゐた。部屋にゐるのはこの二人だけである。
「あの人のゐどころを探していたゞきたいのですけれど――」冷たい表情のまゝ多美子が云った。
「あのひと? だれです?」大町が立ちとまって女の顏をみた。
「瀧山健次郎――ごぞんぢないでせうか?」
なるほど、と大町は思ひ出した。瀧山健次郎は數年前暗殺された首相の息子、いま民主黨の幹部、日本で誰知らぬものもない代議士で、それが佐々森伯爵の令嬢と結婚するといふ噂は、新聞かなにかでたしかに讀んだことがある。若くて金があって利口な政治家、それでゐて品行たゞしく酒も煙草もたしなまない。大町にはすくなくも今までは雲の上の近づきがたい君子のやうに思はれた。
「いままでわたしはあの人を信用してきました。あらゆることを犠牲にしてきました。でも、もう信用できません。もっと氣を大きくもって、許さうと思っても、氣持がわるくてしかたがございませんの。こないだは公衆のまへで世界情勢のことはなにもしらぬ野人のやうな演説をしますし――」
大町は今までなにを聞いてもびっくりしたことのない男だが、森伯爵の令嬢からこんな言葉をきいては、いさゝか意外に思はざるを得なかった。
令嬢は狆の頭をなでながら、
「――それにあの黒い服をきた下品な女、あんな女とつきあってゐて立派な政治家と云へますでせうか!」
大町は軽く咳拂ひした。吹出しかけてやっとそれを噛みしめることができた。あまり方格ちがひのことを聞かされるので、ちょっと何か云ってみたいやうな氣がしたが、女の顏をみると頗る眞面目である。この令嬢は馬鹿でもなければ氣違ひでもなからう。うっかりしたことは云はれない。
「だしぬけにこんなことを申しあげますと、びっくりなさいますでせう」と女がきいた。
「いゝえ」
「どうしてこんな御相談にあがったかおわかりでせうか?」
「なんです?」
「瀧山が行方不明になったのです。黨の事務所でも困ってゐますし、私のうちでも父が心配して方々探したのですが、いまだにどこへ行ったかわかりません」
「なるほど」
「どうも今から考へてみますと、一月ほどまへから様子が變でした。その變になったそもそものはじまりは、あの人がこの廣告をみた時かららしいのです」
さう云ひながらひろげでみせたのは古い新聞紙で、多美子の指さすところをみると、
「木挽町、堀ビル、ウィリアム・ウィルソン」
といふ小さい一行廣告があるだけで、ほかにはなにも書いてないのである。
「このごろちょいちょい東京の新聞にこの廣告がでるのですが、これを見るたびにあのひとの様子が、なんだかそわそわしてくるのです」
大町はいぶかしげな顏になって、
「外人ですね?」
「ところが外國名をなのりながら日本人なのです」
「それは可笑しい。職業は?」
「あるひとに調べてもらひましたら、洋畫家なんださうです」
警部補の呂鳩はあきらめたやうに筆記するのをやめたが、大町は次第に興味をもってきたらしく、卷煙草をすてゝじッと女の顏をみまもった。
「さいしょあの人がこの廣告をみたのは一月ほどまへのことで、わたしがタクシーに乗ったまゝ議事堂のまへで待ってゐますと、あの人は石段のところでなんだか人相のわるい勞働組合とかの人と立話をして、いくらわたしが手まねや目くばせしても降りてこないのです。それからやっとわたしのタクシーに乗ると、こんどは途中でこの新聞を買って廣告に目をとほし、それから様子が變ってきたのです。それから演奏會へ行って諏訪ねじ子のヴァイオリンをきいていますと、今まで云ったことのない妙なことを云ひました」
「どんなことです?」
「その晩はいまのフランス作曲家の作ばかり彈いたのですが、『もうよせよ、馬鹿野郎! フランスの音樂はもう駄目だ、ジャズのはうが氣が利いてゐる』なんて云ふのです」
「なるほど」
「その時にはまだ、廣告のためにあの人の氣が變になるのだといふことに氣が付かなかったのですが、時々新聞に現れるこの贋告を切り抜くので初めてわたしも奇妙だと思って、昨日思ひ切って木挽町の廣告主のビルディングへ行ってみましたの」
「廣告主におあひになりましたか?」
「はじめには粗末なビルディングでせうと思ってゐましたのに、行ってみますと立派なビルディングで、四階の階段を昇ったすぐ取りつきに『ウィリアム・ウィルソン事務所』とかいたドアが見えました」
こゝまで話して、心の興奮を押しかくすやうに狆に頬ずりをして、
「ドアをあけますとそこが待合室のやうになってゐて、大きな石膏の像や油繪が飾ってありますが誰もゐません。こつこつとテーブルを叩いてみましたが誰もでてこないのです。どうしようかと思ってゐますと、そのうちわたしが連れて行ったその狆が、もひとつのドアを見つけて、教へるやうにそのドアにむかって吠えかゝるのです」
多美子は長い溜息をして、
「それで、これはおかしいと思ひまして、ノックもしないでいきなりそのドアを開けてみますと、そこが事務所なんでせう、まんなかに大きなデスクがあって、そのデスクの廻轉椅子に瀧山が坐って、その膝に二十ぐらゐの黒い服をきた女がのっかって、片手を瀧山の首にかけてゐるのです」
大町がつゞけさまに二つ三つ咳拂ひしたがそれはめくらが聞いたら何か變ったことがあったと氣付くほどの、頗る不自然な咳拂ひだった。多美子もそれに氣付いて不快に思ったらしい。けれどもそこまで話した以上、話すだけのことは話さなければならなかった。
「おはづかしい話なんですけれど、もっとわたしが氣が大きければいゝのかもしれませんが、そんな光景をみせられてはむかッとせずにゐられません。いきなりこの狆の首をつかんでかヽへあげると、ひとことも云はずにドアをびっしゃりしめ、待合室を通りぬけて、廊下へでゝしまったのでございます。けれどもよく考へてみますと、瀧山はやはりわたしの婚約者です。わるい女とつきあってゐるのをやめさせるのはわたしの義務のやうに考へられました。
さう思ひ返してまたドアをあけますと、こんどは以前みなかった人が待合室にぽつんとひとり立ってゐるのです。それは相當の年ぱいの上品な紳士で、立派な服をきて、頭は禿げてゐますが、白髪まじりの下のはうの髪の毛を、襟にとゞくぐらゐ長く伸してゐました。さうしてわたしがはいると、『なにかご用ですか?』といふのです。わたしが『失禮ですがあなたはどなたですか?』とききかへしますと、『わたしはこの事務所の支配人ですが、どんなご用事で?』とまたききます。
わたしは瀧山に會はしてくれといひました。老人は空とぼけた顏をして、そんな人はこゝへ來たこともなければ名前をきいたこともないといひます。わたしが、そんなら二十ぐらゐの黒い服をきた女もご存知ないんでせうかときゝますと、その老人の姪でいま秘書をしてゐる品子といふ女が二十ぐらゐで黒い服をきでゐるから、あるひはそれかもしれない、けれども瀧山といふ人は知らないといふのです。
わたしはその老人と話をするのが馬鹿馬鹿しくなりましたので、以前瀧山がゐた部屋のドアを開けてみましたら、もうその時はあの人はゐなくなって、たゞ晶子といふ女がひとり、もひとつのドアのまへに立ってゐるだけでした。わたしはものもいはずに女を押しのけ、そのドアをあけてみましたの――」
さういって多美子は、息がつまったやうな妙なかっこうで、ごくりと唾をのみこんだ。
「それからどうしました?」と大町がきく。
「その部屋にも瀧山はゐません」
「どんな部屋でした?」
「ちょっと更衣室みたいな部屋でした。その部屋のほかに、もひとつ四階の裏にめんした窓のある事務室があるのですが、そこにも瀧山はゐませんでした。ですから四つ部屋があって、そのどこにも瀧山が隠れてゐないのに、それでゐて出口はわたしのはいった廊下のドアが一つなんですから、煙のやうに消えたと考へるほかありませんの」
「怪談のやうな話ですね」
「しかもその更衣室に瀧山の服が脱ぎすてゝあったのです」
「え?」
「壁に瀧山の服がかけてありましたので、ポケットをさぐってみましたら、やはり瀧山のものにちがひない時計、財布、鍵、それからわたしが誕生日に贈った萬年筆などがあるのです。それでゐて.本人の姿はどこにも見つかりませんでした」
いままでのんきさうにきいてゐた大町は、眉をひそめてまじめな顏になり、
「その時以來瀧山さんの姿をごらんにならないのですか? つまり完全に行方不明になったとおっしゃるのですか?」
「さうです」
「かういふこともありますよ、あなたがほかの部屋を見ていらっしゃるあひだに、ちがふ部屋を通って廊下に技けでることもできますよ」
「シャツ一枚ででられるでせうか?」
沈默があった。
「まァ、あのひとが――そりゃ窓からでも廊下のドアからでも出れば出られるかも知れせんが、あのひとがシャツ一枚で飛び出したりなさるでせうか?」
「服を着かへたのぢゃやないでせうか?」
「まさか――」
「で、あなたはそれからどうなさいました?」
「どうすることもできないぢゃありませんか。方々に電話をかけてみましたが、どこにもゐないのですもの。あのひとが近ごろ時々會ってゐた勞働組合の人のことも調べて、その人にきいてみたのですけれど、瀧山の居どころはしらないといふ返事でした」
「ふん――」と大町が溜息をした。
「この問題はなるべくおほやけにしたくないのです。それでこゝにご相談にあがりましたの。これをどうお考へになります、想像はつきませんですか?」
「それは想像はいろいろつきますがね、たとへば、事務所の支配人が惨殺して屍體をかくしたとも考へられゝば、政治上の犯罪が行はれたとも考へられますし、また瀧山さんが白髪の老人に變装したと考へられないこともありません。ことによると信じられないことではありますが、ほんとに瀧山さんがシャツ一枚で廊下に抜け出したのかもしれません。さういふやうにいろいろな想像はつきますが、私の疑問の中心は依然としてとけませんな」
「疑問の中心と申しますと?」
「四階の老人の職業です」大町は警部補をふりむいて、「呂鳩君、どう考へます?」
呂鳩は手帳をとぢて小首をかしげ、
「さうですね――」と口ごもった。
「どう考へます?」
「私はこの問題はまづ二つに分けて考へてみたほうがいゝのぢゃないかと思ひますがね、すなはち瀧山さんが自分の自由意思によって行方不明になったのか、あるひはまた自由意思でなく、ほかゝら強制的に行方不明にされたか、とかう二つに分けるのです。さうして私にはどうも自分の自由意志ぢゃないやうに思はれるのです」
「なるほど、どうして?」
「いまの話によれば、財布や時計があったさうですが、もし自分でどこかへ身をかくすのだったら、そんな物を殘すはずはありません。それどころか、そんな物はなにより第一に身につけて隠れるべきものです。また一分間前に若い女を膝にのせて遊んでゐた者が、急に自殺をよそほふはずもないでせう。ですから自分の意志で行方不明になったのではないと思ふのです。どっちにしても今までゐた人間が急に消えてなくなるといふのは、なんだかポーの小説みたいな話ですな」
そこまで云って呂鳩が口をつぐんだのは、大町が妙な顏をしたからであった。大町は急に後頭を叩かれたやうな表情をうかべ、幽靈のやうなうつろな皺涸れた聲で、
「ははァ、あれかな――」
「なんですか?」と多美子がきいた。
大町はひとりごとのように、「これは偶然の暗合かもしれない。しかし事實かもしれない――」多美子にむいて、「瀧山さんはなにをお飲みになりますか?」
「なんでございます? 仰っしゃることがよくわからないのですが――」
大町はじれったさうにせきこんで、
「あなたは今瀧山さんのテーブルスピーチをきいたと云はれましたね、そのときあの人はどんなものをお飲みでした?」
「コクテールや日本酒をがぶがぶ飲みました。父があとできいて火のやうに怒ってゐました」
「お醉ひになりましたか?」
「醉ひますどころか、かへっていつもより上手な演説をしたぐらゐですから、一般には非常に好評だったのです。でも小數の具眼者は嫌な顏をしてゐたやうでした」
大町は滿足げに徴笑んで、兩手をもみながら多美子のそばへ歩いていって、
「わかりました。もう宜しいからお歸りになって、アスピリンでものんで心配せずに待っておいでなさい。これから私は呂鳩君と二人で、ウィルソンとかいふ事務所へ行って萬事を解決してあげます。私には大抵見當がつきました」
「なんの見當ですか?」
「四階の老人の職業です」
二人をのせた昇降機が靜かに四階にのぼった。廣々とした大理石の廊下、聞きしにまさる立派な建物である。硝子戸に金文字でウィリアム・ウィルソン事務所とかいてある。大町はつゞいてはいれと呂鳩に合圖しながらドアを押しあけた。
そこはほのかな電燈に照された待合室で、ゆかには厚い絨氈をしきつめまんなかのテーブルには、待ち合せる人々のためにそなへたのであらう、雜誌や新聞が散らがって、隅の小さいデスクに黒い洋装のほっそりした小柄の若い女が坐って、眞新しいアメリカの流行雜誌を見ながら、上品に口をあけて欠伸してゐるところであった。緊張しきって部屋に侵入した呂鳩は、このなごやかな光景に、いささか氣抜けのていであった。
「あなたはこゝのお嬢さんですね?」と大町がやはらかにきいた。
「はい」
「をぢさんにお目にかゝらしてください」
「お約束でも?」
「いゝえ」
「それぢゃこの申込用紙に書きこんでくださいませんか。ほんとは紹介状をもっていらっしゃらないかたにはお目にかゝらないのですけれど――」
大町は肩書のある名刺をだまってデスクの上においた。女はしばらくそれを見つめてゐたがやがて顏を起こした。瀧山がこの女に迷ったといふのが本當であるにしても、それは無理からぬことだと呂鳩は考へた。どことなく氣品があって利口さうで素晴しく美しい。呂鳩は名刺を見るとこの女が多少慌てるだらうと期待してゐたのであるが、この期待は見事にはづれた。女は警視廳といふ肩書のある名刺をみると、眞から嬉しさうな徴笑をうかべた。
「あなたのいらっしゃるのを、をぢはお待ち申してゐました。どうぞこちらへ」
ドアをあけて問題のデスクと廻轉椅子のある部屋を通りぬけると、窓から裏のみえる奥の部屋に案内した。そこにはがっしりした老紳士が大きなデスクのまへに大僧正のやうに悠然と坐って、何枚かの引伸しの大きな寫眞に一枚づつ眼鏡ごしに見入ってゐるところであった。頭の上のほうは禿げ、下のほうの白髪を襟へとゞくほど長く伸してゐる。彼は二人に椅子をすゝめながら、
「どうぞお坐りください。警視廳のかたがおみえになるのを待ってゐました」女のはうへむいて、「おまへもこゝに坐っておいで」
「では早速おうかゞひしますが、ウィリアム・ウィルソンといふのはあなたの名前ではないのでせう?」大町がきいた。
「むろん、さうですとも。わたしは御覧のとほり純粋の日本人です。ウィルソンといふのはわたしの職業の名なんです。ちょっと文學味を加味した名とでも云ひませうか」
さう云って老紳士が笑った。
「いや、私もあなたの闇商賣を想像した時、あるひはそのへんぢゃないかと思ったのです。私の想像が當ってゐましたよ」
闇商賣といふ言葉に老紳士は不快な表情をうかべて、
「これはひどい、闇商賣とはひどい。たゞ商賣とか職業とか云ってもらひたいものです。要するに私はこの益々複雜化した近代生活の要求に應じて仕事をしてゐるだけなのです」
「でも私が公表するとお困りでせう?」
「どういたしまして」と老紳士は壁のファイルを指差しながら、「なんならあれをごらんに入れてもよいですが、こゝへたづねて來られるのは、それはいろいろの人がありますが、まづ大部分は日本でも第一流の有名な方々ばかりです。その名を二つ三つ申しあげたら、あなたゞって公表するなんて脅文旬は仰っしゃりっこありませんよ。私は暗い商賣をしてゐるんぢゃない。公然と近代社會の要求に應じて仕事をしてゐるのです。社會奉仕をしてゐるのです」
呂鳩は大町の助手であるから、なにも知らないでいゝやうなものゝ、そばで二人の話を聞いてゐると、腑に落ちないことばかりなので、つひ辛棒できなくなり、
「いったいどうしたといふのです? この人はどんな仕事をしてゐるのです? どうしてウィルソンといふのです?」
三人が一様に呂鳩に目をそゝいだ。
「べつにこの人がウィルソンと名乗ってゐるわけではないのです」と大町が呂鳩に説明する、「ウィルソンといふのは、このひとの職業の名なんです。君はせんこくエドガー・アラン・ポーの小説みたいだと云ひましたが、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」といふ小説を讀みましたか?」
「讀んだはずですが、昔のことなので内容はすっかり――」
「ウィリアム・ウィルソンといふ男は、この世で自分とまったく同じ人間にであふのです」
「あゝ、あれですか!」と呂鳩が笑った。
大町はぐったり椅子にもたれかゝって、「ウィリアム・ウィルソンは自分の幻にであひました。このポーの小説にヒントを得て、世界ではじめてのユニークな新職業を思ひついたといふ點で、私はこの老紳士に尊敬をはらひますよ。つまりこの人は多忙な近代社會で、手が八本あってもたりないといふ有名な人々の要求に應じて、その身代りを製作しつゝあるのですよ。それがこの人の職業です。身代りができれば、本人は時々息をついて休養できるといふわけなんです」
老紳士は熱心な顏つきでデスクに體をのりだし、
「私の商賣は實に奇妙キテレツな商賣なんですけれど、これでゐて申込人が案外多いのです。社會の上層に立つかたがたは、一方で手一杯の仕事を持ちながら、やれ野球の始球式にでてくれの、他愛もない會の發會式にでてくれの、母の會に出場して演説してくれのと次から次とうるさいことを云ってきますが、そんなことは代人で結構、本人が出たって一文の價値もない、だいたい本人の顏を知った人間はそんな會には一人も來てゐないんですからね。そんな多忙な有名人のために代人を製作するのが私の仕事なんです」
老紳士はこゝで溜息つきながら、
「でも、ポーの小読からヒントを得てこんな仕事を始めたのは私がひとりだとのお褒めの言葉は殘念ながら當ってゐません。いまから三年前にアメリカでこの仕事を始めた人があるのですが、その人は次から次と申込んでくる人のために握手しきれないほど繁昌したさうですよ」
かたはらから品子が口をだして、
「でも、この仕事を商賣としてお始めになったのは、やはりをぢさんが最始ですわ」
「そりゃさうかもしれない。商賣としてもこれは大したものですよ、なにしろ一回の報酬が莫大な金額ですからね。けれども莫大な報酬を受けるだけの骨はこちらでも折らなければなりません。アメリカの創始者は適當な似顏を探すために、飛行機で南アフリカへ飛んだり、アイスランドへ飛んだり、殆んど席の温まるひまのないほど旅行してゐましたが、私だってせまい日本の隅から隅まで始終旅行しどほしです。いまかうして事務所にじっとしてるやうなのは珍しいことなんです」
目をとぢて幸福さうに頬笑みながら、「適當な候補者がみつかったら、それに發聲練習をやらせなければならん、エロキューションもさづけなければならん、そのた細かいことを一つ一つ仕込むのは並大抵の骨折りぢゃありません。まァ、來週になったら常設館へ行ってニュース映畫をみてごらんなさい。注意してみてゐると、きっと變なところに氣がつきますから。もっともこれは秘密にして頂かないと困る。あなたがたが紳士であり、かつ秘密相談所のかたであるといふので、それで安心してお話しするわけなんですから」
唖然となって聞いてゐた呂鳩は、はじめて氣がついたやうに、
「そんなら瀧山さんも――」
「さうです」と老人はまた兩手をもみながらうなづいて、「瀧山さんの代人は福須といふ若い役者に藝をしこんでやらせたのですが、それがちょっとした失敗をやらかしましてね、つまり宴會に出て酒を飲んだのです。酒を飲まぬはずの瀧山氏が酒を飲んだのです。大町さん、あなたがどうして私の職業をさぐりあてたか私にはよくわかります。あの矛盾に氣がついたのでせう?」
「酒も酒ですが演説もまづかったです」
「私もあの會に瀧山さんの婚約者が出席なさらうとは思はなかった。婚約者が出席するなら、もっとこまかい點に注意させるのでしたが。しかし禁酒家も時々主義をかへて、酒を飲むことがなきにしもあらずですよ」
大町は笑ひながら、「それはなきにしもあらずですが、でも人間の體のなかの體質を變へることはできますまい。一滴の酒ものまなかった者が、急に大酒をあふることは不可能です。醉っぱらって倒れるにきまってゐます。だのに醉っぱらひもしなかったので、これは瀧山氏本人ではない、しかしダブルであるにしては素晴しいものだと思ったのです。遠目だったせゐもありませうが、婚約者の多美子さんが氣づかなかったぐらゐですからね。ときに多美子さんといへば昨日――」
はッとなって品子が居ずまひをたゞし、救ひをもとめるやうに伯父をふりかへった。
老人は笑ひながら、「昨日こゝへ來られましたよ。さうしてちょっと氣拙い情態となりましたが、もうその理由はおわかりでせう。あれは瀧山氏本人でなく、ダブルの福須だったのです。それから壁にかけてあった服――財布、萬年筆、時計のある服――あれは瀧山さんにたのんで、まったく寸分ちがはぬ同じものを作らしたのです。私の仕事はあらゆる物を綜合して、ひとつの立體的藝術品を作りだすのです。ほんとの藝術家でなくてはこんな仕事はできませんよ。
さうしてあの服は先週の火曜日に福須があすこに脱ぎすてたまゝ、ずっとそのまゝにしてあったのです。その福須が昨日たづねてきた同じ時刻に、不幸にも多美子さんがおいでになったので、あんな誤解を生じたのです。氣の強い多美子さんは、ぷんぷん怒って部屋といふ部屋を探しておあるきになり、あの服のポケットにも手をお突っこみになったやうですが、どんな想像をしていらっしゃることやら、いやはや、とんだことになりました」
「では本物の瀧山さんはいまどこにゐるのです?」
「軒井澤で休養してゐられます。しかしかうなった以上、東京へお歸りになったら、多美子さんに事實をお打ち明けにならなければなりますまい。だが、事實を打ち明けても多美子さんの怒りは容易には溶けますまい。さうして私はひとりの依頼者をとり逃がすといふ結果になるのです。大町さん、私の商賣もなかなか樂ぢゃありませんよ」さう云って笑った。
「さうでせう」
「とにかくこちらも正直に話したのですからさっきもお願ひしましたやうに、私の小さい秘密は尊重していたゞきたいのです」
大町は立ちあがった、いつもでさへ堂々とした彼の體が、この時ばかりは妙に部屋のなかにいっばいになったやうな感じだった。さうして中折帽をやゝあみだにかぶり、銀飾のついたステッキを握った。
「その點は御安心なさい。あなたの秘密を公表すれば日本政界の過半數の人々が、罪もないのに迷惑しますからね。私はもうなにも云ふことはない。たゞこゝにいらっしゃるお嬢さんが證人として、いまあなたの話されたことが事實にちがひないといふことを保證してくださりさへすれば、それでこの問題は解決したことにいたしませう。いかゞです、品子さん、保證しますか?」
「保證いたします」と女が目をふせたまゝ呟いた。
「では左様なら、お邪魔いたしました」
老紳士も「左様なら」と會釋し、姪の品子にむかって、「廊下までご案内しなさい」
品子はさきにたってドアをあけた。
だが、不思議にもいままで無邪氣だったかの女が、このときはじめておどおどとした神經質な女となってしまった。
さうして次の部屋までくると、いきなりむきなほって泣顏とも笑顏ともつかぬ可笑しな表情で大町を仰ぎながら、
「あなたどうお考へです?」ときくのである。
「なんです?」と、大町はとばけたやうな顏だった。
「みなたはいまの伯父の話を疑っていらっしゃるのでせう? 信用なさらないのでせう? でも、あの服は、財布や萬年筆のはいったあの服は、たしかに一週間まへから、あすこにかけてあったのです。わたしそれは保證いたしますわ」
大町は初めて氣づいたやうに、
「あゝあのことですか、あれは信用します」
「そんならなにをそんなに考へこんでいらっしゃるの?」
大町は誰か聞いてゐはしないかと後ろを振りかへり、ドアがしまってゐるのを確かめると低い聲になって、
「そんなに追求なさるのなら云ひませう。私がいま考へてゐるのは狆のことです」
「狆?」
「森伯爵のお嬢さんはいつも狆を抱いてゐます。私はだいたい狆といふ奴は好かんですが狆に人間よりすぐれた點がたゞひとつあるのです。それは嗅覺が鋭敏なことです。あれを連れて歩くと途中で何百人の人に出會っても見向きもしませんが、知った人に會ふと氣違ひのやうになって吠えるです。
昨日あの狆は瀧山さんの姿をまだ見ないうち、嗅覺だけで感づいて、締めてあるドアにむかってはげしく吠えかゝりました。ですから、昨日多美子さんがこの部屋で見たのは、瀧山さんのダブル福須といふ人物でなくて、本物の瀧山さんであったに違ひないのです。私は伯父さんの話をぜんぶ信用しますが、こゝの所にたったひとつ、一寸した苦しい嘘がありましたよ」
女は心配さうに大町の顏をみつめてゐる。
大町はいちだんと聲を低め、ほとんど聞えるか聞えないかの聲で、
「かまふことはない、瀧山さんと交際をおつづけなさい。あんな音樂會に行くよりほかになにも知らぬ高慢な令嬢より、あなたのほうが瀧山夫人としてずっと立派ですよ」
「いぜんからあの人と親密にしてゐたのですけれど、遠慮したほうが多美子さんのために――」
「遠慮もくそもあるもんですか。瀧山さんにしたところが、私は人間味があってかへって面白いと思ふのです。政治家夫人としてあなたがどんなになるか、私は長い目でみてゐませう。ミス・ウィルソン、左様なら――呂鳩君、歸りませう。もっと面白い事件が待ってゐるかもしれない」
注)明かな誤字誤植は修正しています。句読点は追加や削除したところがあります。
「飢餓」
「宝石」 1947.10. (昭和22年10月) より
妹尾君、しばらくごぶさたしているが、お變りはないか。探偵小説の翻譯は、まだ許可されぬようすだし、原本の入手はむづかしいらしいし、いろいろお困りのことゝ思う。
當地では、このごろ二合五勺の米の一部として、多量の馬鈴薯を配給するので、朝ひるばん芋ばかり、おかげでこんな歌ができた。
きょうもいもあすもまたいもそのいもの
なくなるころはなにくらうらむ。
それにしても、いまは交通が發達しているので、集團的の大飢饉というものが、ほとんど跡をたった。これほど危機が叫ばれながら、まだひとりの餓死者もださないのは、有難いことだと思う。
君も御承知と思うが、ポーの小説のどこかに、「私たちがいちばん興味をもって讀むのは、大飢饉、大疫病、大震災の記録である、と書いてある。いま原本がないので、正確なことばは覺えていないが、だいたいそんなな意味だったやうに記憶している。じつは僕も最近そんな讀物に興味をいだいて、飢饉や疫病の記録の蒐集にうきみをやつし、もともと歴史が自分の専門でもあるので、學校から歸ると、そんなものの耽讀に無上の樂しみをかんじているしだいだ。
疫病流行で世界的にもっとも有名なのは昔のロンドンのそれであろう。これにはデフォーの Journal of the Plague Year という本がある。有名な本だから、これはポーが愛讀したにちがいないと思って、非常な期待をもって讀みはじめたが、讀んでみてがっかりした。デフォーはスヰフトとともに最も簡結で力強い文章をかく人だという説があるにもかかわらず、期待が大きすぎたためか、僕は退窟以外のなにものも感じなかった。
それよりも、僕が二十年ほどまえに、英語を教へる時に使つていた讀本に、ロンドンの大疫を、じつに面白くかいた短い文章があったのだ。深夜のひっそりとした街を、鈴をならしながら、一臺の馬車がとをる。すると、各戸からマスクをかけた人が現れて、無言のまゝ死體を馬車にほうりこむ。無名の人がかいたであろうこの文章にはポーの小説以上の物凄さがあった。
いつぞや君が譯した「世界の終り」――たぶんドイルのポイズン・ベルトだったように思うが――あれにロンドン全市の人が死んで、ひっそりかんとした街々を、一臺の馬車にのって見物してまはるといふ、不思議なシチュエーションを描いてあるが、あれがあくまで明るく面白いにはんしてこの深夜の街を通る馬車の描寫には、息苦しいほどの凄味があるのだ。
つぎに大飢饉の記録にふれるなら、紀元前四三九年、ローマを襲った飢饉では、毎日數百の死體がチベル河に流されたというし、一一六二年のヨーロッパの飢饉では、諸國民が團體をくんで強盗をしたり、人間を殺して食ったりしたという。地方的の小さい飢饉や百姓一揆は、日本ではほとんど十年に一回といってもいゝほど頻繁に起っていたらしい。
いったい飢饉といふものは、太陽の黒點が極大の年と極小の年とに多く、統計をとってみると、そんな年に起った飢饉の率は、平年の三倍にたっするんださうだ。西暦一七八四年は極小の年だが、これが天明四年にあたる。日本の飢饉でいちばん大きいのは天明の飢饉であろう。天明三年に關東から東北にかけての大洪水、大凶作、奥羽地方では人肉を食べたという。
翌四年には津輕の内で餓死するもの八萬人、翌五年は奥羽の霖雨、畿内東海道の状洪水、翌六年は六月に冬のやうな寒さがつゞき、七月には關東地方の大洪水、日本全國の大凶作、翌七年は霖雨、災變停止するところをしらずとある。つまり天明の大飢饉は五ヶ年つゞいたわけで、これだけひつこく痛めつけられては、當時の人心が動揺し、いつもとちがった現象が現れたとしても、ふかくとがめることができないやうな氣がするのだ。
まァ、そんな話はどうでもよいとして、僕が中學校の歴史の教師をするかたわら、昔の飢饉にかんする記録を集めているということがこの地方にしれたので、先日土地の千光寺という寺から、面白い寫本をもってきてくれた。
けれども僕がその寫本を讀んでみたところでは、どうも事實とは信じられないやうな節もあるし、探偵小説ががったところもあって、要するに歴史の材料というより、文學の材料としたほうが適當と思うので、この寫本は別封じ君のところに送ることにした。探偵小説の材料になるなら使ってくれたまえ。しかし寺に返す約束だから、すんだら送ってもらいたいのだ。
この寫本には、事實と信じられぬやうな節があるとはいいながら、それにもかゝわらず僕はこの寫本に、相當の價値をみとめてゐる。なぜというに、(一)美濃半紙をとじたかんじょりまでといて、紙質や、風化程度や、墨色なぞ調べてみたが、やはり天明時代に書いたものとしか思はれない。(二)文學上の作品なら、そのころの小説の影響をうけていそうなものだが、當時こんなふうの書きかたはなかった。
つまり僕にはこれが事實の覺書なのか、小説なのか、判斷がつかないのだ。御一讀のあとで、なにより第一に、この覺書にたいする君のご意志をうかゞわしてくれたまえ。
讀者よ、以上が田舎の中學教師をしている友人から受けとった手紙なのである。私はその覺書を小説の材料としないで、そのまゝここにかゞげることにする。事實か? 小説か? むしろ讀者の批判をあをいだほうが面白かろうと思うからだ。文章だけは私が勝手に現代語に變へたが、内容には一指もふれなかったつもりである。
私がその家に住むようになったのは、なにも好きこのんでかりたわけではなかった。家賃なしでかしてやろうといはれたので、かりたまでゞある。なぜ家賃なしでかしてくれたかといえば、その家は半年ほどまへに、子供が殺されたことがあるからだった。こんな家には住みてはない。といっていま取りこわすのも手數がかゝる。それで私みたいなひとりものゝ老人に、たゞでかしてくれたわけなのである。
まさかほんとうではあるまいと思うが、どうかすると眞夜半に子供が「お母さん」と悲しさうに呼ぶのが聞えるというものがある。もしそれがほんとうなら、子供の靈魂がこの家のまはりを、さまよっているのであろう。しかし私が住むようになってから、半年ほどになるが、まだいちどもそんな聲をきいたことはない。
私としては、どうせひとりものゝ老人だし夜寝るときに歸ってくるだけだから、その家にどんな因縁があろうと、ひとがどんなに云はうと、たゞ家賃をとられぬのが有難かった。それに、家のまはりには、百姓屋が散らがっているだけで、町から半里と遠のいているので、訪れる客がないこともうれしかった。
その日は朝から寒い風だったが、日が暮れると吹雪となった。とっぷり暗くなると、
「今晩は」という聲がきこえた。それは女の聲だった。
私はいろりのそばに坐ったまゝ、
「どなたァ?」ときいた。
「今晩は、リカさん。」
「あのかたはこの家にはをられません。」
「どうしたんです?」
「お亡くなりになりました。」
「坊ちゃんは?」
「あのかたもお亡くなりです。いま播東家のひとは、だれもこの家には住んでいないのです。」
「まァ!」
と、女は驚いたらしかったが、しばらくすると、
「遠方からたづねてきたのです。ちょっと戸をあけて、休ませてくださいませんか。」
私はもっともと思った。
戸をあけると、吹雪のなかに頭巾をかぶった女がひとりたっていた。
「おはいりなさい。ひどい雪ですな。」
「ありがとう。ぢゃ、ちょっと――」
ふたりはいろりのそばに坐った。
ほのぐらい行燈のひかりで、頭巾をとった女の顏をみると、やゝ色の黒い細面の、きりっとした神經質らしい女である。年ごろは四十ぐらいらしかった。
「あついお茶でもいっぱいめしあがれ、で、なんですか、播東さんの御一族が亡くなられたことは、御存知ないのですか?」
「ちっとも存じませんでした。」
「どんな用事でおいでになったのです?」
「遠い縁つゞきのものなんです。」
「お住まいは?」
「黒坂でございます。」
「ほほう、そりゃ大變だ。今夜は歸れない。そんなら、あなたは御親戚でありながら、播東さんの御一族のことを今までお知りにならなかったのですか?」
「事情がありまして、近頃あまり文通しませんでしたから、いま初めてお伺いして、びっくりしたようなわけです。」
「ご承知でせうが、播東鐵州先生は藩校の明倫館に出ておいでゞしたが、病氣でお亡くなりになってからは、遺族のかたがこのへんぴな家をかりてお住まいになってゐたのです。遺族といっても、未亡人のリカさんと十五になる敬藏というお子さんと、たったふたりでした。そのふたりともが、ちょうど去年のいまごろ、非業の最後をおとげになったのです。まことに、はや、お氣の毒なことで。」
「非業の最後といいますと?」
「一年前の、今夜のように雪のふっている晩、強盗がこの家にはいりましてな、朱鞘の刀をさした、恐ろしい強盗ですよ、そいつが十五になる敬藏さんを、一刀のもとに斬り倒してしまったのです。ほら、あすこですよ。いまあなたがおはいりになった入口のところで斬り倒したのです。」
「可哀さうに!」
「奥さんは刀傷だけはうけませんでしたが、その晩から發狂して阿呆のやうになり、乞食のやうな風をして、このあたりをうろうろしていましたが、それから一月ほどたって、飢えと寒さのために死なれてしまいました。」
「どこで?」
「町はづれに南郷といふ大きな百姓家があるんです。知っていますか?」
「いゝえ。」
「そこの作男が、ある朝、物置小屋にはいってみたら、行路病者みたいな婆さんが三人冷たくなって倒れていたさうですよ。そのひとりが先生の未亡人のリカさんだったのです。」
「まァ!」
「でも、うそかほんとか、人からきいたことなんですけれど、凍死する人間は、すこしも苦しくないそうですよ。凍死するのは、たいていはらがへってゐる場合なんですけれど、たゞもう體がだるくて、眠いいっぽうで、うつらうつらと居睡をはじめると、それといっしょに死んでしまうのださうです。
私はまだそんな經驗がないから、それが事實かどうかしりませんが、あるいはそんなこともあるんぢゃないかと思うんですよ。それに奥さんが發狂していたんですから、はたからみてはお氣の毒でも、本人は案外平氣だったかもしれないのです。氣の毒なのは、むしろ子供さんのほうですよ。可哀そうなことをしたものです。あなた、ふるえていらっしゃる――」
「寒いのです。その強盗はつかまえられましたか?」
「むろん、つかまえられました。そうして死刑になりました。つかまえられた強盗は、はじめはよその家へはいった覺えはないと白ばくれてゐましたが、朱鞘の刀を持ったり、風態が異様だったり、その晩の行動が怪しげだったので、有無をいわせず、懐中をしらべてみたのです。すると懐中から妙なものがでゝきたのです。なんだと思ひます?」
「わかりません。」
「五合ほどのお米のはいった袋をもっていたのです。その袋に播東とかいてありました。」
「なるほどね。」
「それで、すぐ播東家、すなわちこの家ですな、この家へ調べにきてみたところ奥さんは氣が狂って、家をとびだしたあとでしたが、入口に血まみれの子供の死體が横たわっていたので、その男が犯人にちがいないということがわかったのです。けれど強盗は殺人を否定しました。戸があいてそこから明りがもれていたので、つい家の中に入って米を盗んだけれど、子供を殺したのは自分ぢゃない。
自分が入った時には、はや子供は誰かに殺されていたというのです。でも、その後よく調べてみましたら、ちょうどこの事件と前後して神田という醤油屋に押入った強盗が、そこの番頭を斬り殺した事件があったのですが、その犯人がこの男であるということもわかったので、ついにこの男は死刑になってしまいました。ひどくふるえていらっしゃるようですが、そんなに寒いのですか?」
「寒くてしょうがないのです。」
女は健康な人と思はれぬほど、蒼くなってがたがたふるえていた。ことによると狂人かもしれないと私は思った。
「おあたりなさい。」
さう云いながら私は薪をくべて、
「昔は播東鐵州先生といったら、だれしらぬものもない漢學者でした。詩も書もたくみでしたが、むしろ人格者としてたいへんな評判でした。あれだけの人格者は他藩にもなかったといいますよ。それがいまは親子三人とも死んでおしまいになったのです。世の中のうつりかわりは、早いものですね。私も先生がお書きになった半折をだいじにしていますが、それにみごとな筆跡で、こんなことが書いてあるんですよ。
智者見禍於未萌。明者避危於未形。いかゞです? これをどうお考へです? あれだけの大先生でありながら、自分の死後の一家の禍を未形に避けることができなかったのかと、ちょっと皮肉のようにも思はれるんですが、しかし考へてみると、これはなにも先生が明者でないという意味ぢゃない。どんな明者でも、先の先までは考へられませんからね。押しよせてくる大波のやうな運命のまへには、人間の智慧なんか問題ぢゃないのでせう――や、泣いていらっしゃるんですか?」
「いえ、煙いのです。」
さう女がいったけれど、私がみたところでは、泣いているにちがいなかった。女は言葉をつゞけた。
「いまの明者は危を未形に避くといふ句は、たいへんけこうと思ひましたが、この句をもっと廣いことにあてはめて考へてみますと、こんどの大飢饉もわたし一種の禍だと思うのですが、この禍の責任者はだれでございませうか? この禍を未形に避けることはできなかったのでせうか?」
「さうですね。もし責任者がありとすれば、それはまあ政治を行なう人でせうね。つまり徳川さまに先見の明がなかったということになるのでせう。上にひとりの明君あらば、この大いなる禍を、まえまえから防ぐことができたわけです。」
「わたしもそう思ひます。」
と、女は自分の云ひたいことを、私が云ってくれたのを、よろこぶように、涙にぬれた眼を輝かした。
この女はなにか深い秘密を胸にいだいているらしかった。私はその秘密はなんであろうと、好奇心を起さずにいられなかった。
だが、口へはそんなことはおくびにもださず、
「でもね、責任者を探してみたところがつまらんですよ。よしんば責任者があとになって、腹を掻き斬ったにしたところが、それでこの飢饉で死んだ何萬人の生命が浮かびあがるわけでもありません。私たちの目からみれば、政治を行なう人は非凡な人のように思はれても、神さまの目からみれば、どうせ人間の智慧は、どんぐりの背くらべです。先の先を見るような明君は、めったにあるもんぢゃありません。
こりゃもう、仕方のないことです。さうして何年かたつと、またこれと同じような、恐ろしい飢饉がやってくるのです――あッ忘れていた。私はこれから町へ行ってこなければなりません。じつは姪が今日お産をしましてな、それでちょっときてくれという、ことづけがあったのです。あなたこんやどうします? 泊りますか?」
「有難うございます。日もくれましたし、雪も止みそうもございませんから、もしお差支へございませんでしたら――」
「失禮ですが、鐵州先生のほうのご親威ですか、奥さんのほうのご親威ですか?」
「リカさんの遠い縁つゞきなのです。」
「ぢゃ、行ってまいります。」
もっと突込んで女の身元をきゝたかったけれど、それ以上近づきがたいものが、女のどこかにあった。たゞ遠縁のものというだけで、見しらぬ女をのこして家をあけるのをいさゝか不安には思ったけれど、さればといって、いまさら追ひ返すわけにもゆかず、それに、私にとりては當分のすまいで、大切な物はなにひとつ持ちこんでいなかったので、私はみのとかさをきると、あわてて雪のなかに飛びだした。
けれども、みちみちその女の動作や態度を、ふりかえって考えているうちに、しだいに疑惑がたかまってきた。先生の遠縁というのは本當だらうか? 先生の遺族が死んたことをどうして今まで知らなかったのだ? 妙にだまりこんで、じろじろ家の中をみまわすのは、なにか惡いたくらみをいだいているからではあるまいか? お産には私が行かなくても、ほかに人手はたくさんある――
そんなことを考へると、家をあけて出たのが、ぼつぼつ後悔されてきた。それに吹雪に打たれながら、夜道をあるくのが、思いのほかなんぎだったので、今津屋橋のそばまでくると意を決してひきかえすことにした。そうして、二三度すべったり、ころんだりしてようやく家にたどりつくと、なかからお經の聲がきこえるので、不思議に思って雨戸のすきまから覗いてみた。
すると、その女は佛壇にあかあかと蝋燭をともし、線香までくゆらして、そのまえに坐り、餘念なくお經をとなえてゐる最中なのである。よくみると、手に水晶の珠數を用意してきたのであろう。しかし、そんなものを用意してきたとすると、この遠縁の女は、こんや私の口から播東家の惨事をきくまでもなく、まえまえから知っていて、一周忌の供養かなにかにきたのであろうか。
この意外の光景に唖然となった私は、佛壇を去ったら、つぎになにをするだろうと、ぴったり顏を雨戸に押しつけて眺めていた。だが女はお經がすんでも立ち上ろうとしない。合掌して頭をたれたまゝ、身動きもしない。居睡しているのかと思ったが、そうでもないらしい。そのうち、しゃくりあげて泣くようなふるえ聲で、なにやら切れぎれに呟きはじめたが、お経の時とちがって、低い聲だったので、意味をとらえることができなかった。
私はぐるりと家を裏手にまわって、こんどはそこの雨戸に耳をあてた。それは佛壇のそばの雨戸で、女から四尺しか離れていない位置に立つことができたので、はっきり文句をききとることができた。ただ殘念ながら、すきまがないので、なかの様子をうかゞうことができぬ。
「――敬藏や、敬藏や――わかるかい――お母さんだよ――」
はッとなって私は耳をすました。
「――お父さんが亡くなりになってからは、天にも地にも、お前ひとりがたよりだった――」
氷のような冷たいものが私の背骨をはしった。この女は死んだリカの幽靈なのか。
「――お前をりっぱに育てあげようとどんなに苦勞したかわからない――だのにだのに、――いや、もうお前をせめはしない――これだけはいよいよの時、お粥にしようと思ってお母さんがだいじにしまっておいた生米を一握り盗みだして、お前はそれをしわくちゃの紙につゝんで、机の抽斗にかくしていた。あれを見つけたときには、びっくりもしたけれど、げっそり痩せてすやすや寝ているお前の寝顏をみながら、泣けて泣けてしかたがなかった。
腹いっぱい食べさしてやったら、どんなに喜ぶだらうと、お前が可哀さうで不憫でたまらなかった。けれども、朝になると可哀さうだなどとは一口もいはず、お母さんは火のやうになって怒った。許しておくれ。
お母さんのいふことがわかるか――武士の子らしく、腹はへってもひもじうないと云ってくれたら、どんなに嬉しかったかしれやしない――鷹は死すとも穂をつまず――なんどお前に云ってきかせたことか――それでもお前の癖はなをらなかった。それどころか、だんだん惡い癖がついた。
――さうして、一年まえの今夜だった。日が暮れてもお前が歸らないので、お母さんは立っても坐ってもいられない氣持だった。動悸がはげしくなって、ぢっとしていられないほど苦しかった。そとにはちょうど今夜のやうな雪がふっていた。そうしたら、ちょうど今と同じ時刻に、お前が戸をあけで歸ってきた,手に大根を二本さげていた。それをみると、お前がどこでなにをしていたかすぐにわかった。お母さんは稲妻のやうに飛びかゝっていって、懐劍でお前ののどくびを突き刺した――
敬藏や、許しておくれ――お父さんと三人で、樂しい天國でいっしょに暮さう――まっ白いご飯やお魚を、毎日腹いっぱい食はしてあげるよ――」
それからしばらくの沈默のあとで、「うん」とうめく聲がきこえた。
私はあわてゝ戸をあけてかけつけた。
けれども間にあはなかった。
みごとに懐劍でのどを刺した女は、佛壇のまえにうつぶせになっていた。
以上が天明四年十二月十九日の夜、私が見たりきいたりしたことのすべてゞある。このほかのことはなにもしらない。この女が先生の未亡人か、亡靈か、それでさへ私には保證できぬ。世の人が信じているように、百姓屋で餓死したのが未亡人なら、これはその亡靈ということになるが、當時も今も、餓死者は毎日のようにあるのだから、今からそれを調べあげることはできぬ。たゞ、私ひとりは、この女が本當の未亡人で、當夜の女が話した秘密は、本當のような氣がするのである。
私は翌朝いそいで死體を家の裏に埋めた。そうしてこのことは誰にも話さなかった。なぜ話さなかったか、それは話しても信じてもらえぬと思ったし、まだ誰もしらぬこの秘密を、先生の名譽のために葬ってしまひたかったからである。
といって、この秘密が先生の名譽を傷つけるものとは決して思っていない。それどころか、先生の遺族なればこそ、こゝまで行ったのだと、胸を打たれるほどだ。が、人は物事の皮相しかみない。やはり、この秘密は葬ったほうがよかろう。
私は半折にかいた先生の句を、いまは皮肉ともとれると、口では云ったけれど、どうしてどうして、どんな明者も明日を豫測することはできぬ。それは先生も知っていられたはず。この句は、ほんとうは、「神よ、どうか愚かな私を明者にして、明日のことを知らしてください」という、へりくだった先生の祈りの言葉なのである。人間苦の底からほとばしりでた絶叫である。私にとりては、この事件があってから、この句が一層痛烈な響きをもつようになった。千金をならべる者があっても、私はこの書を手放さぬつもりである。
私はいま七十五歳だ。十年もたったら白い石の墓となるだろう。私が死んで何十年かたって、この事件の關係者がみんな居なくなるまで、この秘密はそのまゝにしておきたい。そうして、そのあとで初めて世の人に讀んでもらうために、私はこの覺書をかいたのである。
注)明かな誤字誤植は修正しています。行頭一文字空けは追加したところがあります。
注)句読点は追加したところがあります。
「黒猫」
「仮面」 1948.02. (昭和23年2月) より
阿野は神戸の李門のうちの客となっていた。ふたりで晝食をすまして、煙草をすっていたら、女中が名刺をもってきた。
李門は手をふった。
「食事時にくるお客は、追っぱらえといってあるぢゃないか」
「それが、旦那さま。そう申しあげたんですけれど、いま阿野さんがきていられるときいて訪ねてきたのだから、ぜひお二人に會はしてくれといわれます」
ふしょうぶしょうに、李門は名刺をとりあげた。
「ふん、昭和火災保險會社神戸支店長、中村進か。どんな用件かしらんが、阿野君、あってみようか?」
「よからう」
はいってきた支店長をみたふたりは、まづその異様な服装に度膽をぬかれた。異様というのは、みすばらしいという意味ではない。白髪のまじった口髭をながくのばして、いまどき珍しいフロックコートに、折目たゞしい縞ズボンという風態なのである。物越しもすこぶるいんぎんであった。阿野はその紳士に、好感を持たずにいられなかった。
だしぬけの訪問をしきりに詫びながら、その紳士は、どっかり安樂椅子にこしかけると、
「阿野さんが神戸にきていられることを、社長の幌江さんからおうかゞいしました」
「私は明日東京へ歸る豫定で、今日はこれから李門君の案内で、神戸の復興状態をみてまはるつもりだったのです。しかしなんでしたら、今日午後の豫定は變更してもよいのです。いかゞです?」
と、阿野が卷煙草の箱をテーブルの上においた。支店長は、毒蛇を見るような表情でしりごみして、
「いや、私は煙草はさっばり駄目なんです。ちょっと御相談申しあげたいことがございまして――」
「おうかゞいいたしませう」
「じつは、秋山秋三郎といふ人に就いてのご相談なんですが、この人は生れは外國で、そのご日本に歸化したかたです。でも、狡猾な人のように誤解されては困ります。狡猾どころか、純粋の日本人でも、あんな正直な人は、めったにありません」
「その正直な人の職業は?」
阿野がたづねた。
「毛皮商なんです」
「話がだんだん面白くなりそうですな」
「この人が六甲山麓のもとジーベル・ヘグナーといふ會社にでゝいた瑞西人の、三階建木造の家を買って、一階を店とし、二階に夫婦と女中が寝起きし、三階を商品貯藏室のようにして使うことにして、早速、私のところへ契約においでになったのです」
「なるほど」
「調べてみると、家屋の登記書類も完全ですし、毛皮の價額の見つもりも大體できました。毛皮は主にシベリアから輸入した銀狐や、セーブルですよ。それでたゞちに契約を完了したのです」
「どのくらいです。金額は?」
「家屋と商品と合して三千六百萬圓です」
阿野と李門が目をみはった。
「へえ、三千六百萬圓、いくらインフレで家屋拂底の世の中でも、そりゃまた大した金額ですな」
「それが昨夜、まる燒けになってしまったのです」
「そりゃ、あなたのほうでも、大した損害ですな」
「でも怪しいところはないのです。燒跡には石油の匂ものこってゐなければ、時計のぜんまいのやうな仕掛ものこっていないのです」
「でもやはり、なんだか可笑しい。とお考えになるんでせう」
「まァ、さうです」
「では、昨夜の火事のようすを、詳しく話していたゞきませうか」
「女中は昨夜、ひまをもらって一晩泊りで東京へ歸ったのですから、秋山夫婦よりほかには、誰もいなかったわけです。しかし調べてみると、秋山氏の發意でひまをやったのでなく、女中のほうからひまを願ひでたんだそうです。その女中は昨夜六時に、主人夫婦の夕食を準備すると、電車にのって實家へかえりました。主人夫婦は七時にその夕食をたべ、それから表戸に鍵をかけて、これまた電車にのって湊川劇場に映畫をみに行きました。
當夜の出しものはフランスものの「ペペルモコ」で劇場についたのが八時過ぎ、この時刻に間違ひないことは、劇場の支配人がかねてから秋山氏の知り合いで、當夜も客の入れかはりを待つあいだ、三人でしばらく待合室で話したのですから、これは信じてよいのです。それから夫婦は特等席のいちばん前の椅子に腰かけて見物し、十時ごろ、支配人が火事のことをしらせるためにそこへ行った時には、まだふたりはそこに坐っていたというのですから、これも信じてよいでせう」
「では、ふたりは完全な不在證明をもっているわけですね。火事をいちばんにみつけたのは誰ですか?」
「九時半ごろ通行人がみつけました。その男は二階のガラス窓が眞っ赤になって、なかに烟が渦を卷いているのをみつけたのです。しかし、その時、三階が燃えていたかどうかは、覺えていないといいます。すぐその男は警察に電話をかけました。けれども日照りが續いたあとだったので、消防自動車が駈けつけた時には、家一面烟につゝまれ、手のくだしようがなかったのです。秋山氏夫妻が劇場から歸った頃は、二階も三階も落ちていました。今朝六時、外泊の女中が歸った時には、まっ黒い燒野が原です」
「秋山氏夫妻はどうしました」
「着のみ着のまゝで、持ちものは全部燒いてしまひ、さく夜は近くの宿屋に泊ったそうです」
「お氣の毒なことですね」と、阿野は同情のこもった聲でいったが、顏はマスクのやうに、無表情であった。
「秋山氏夫妻はその火事をどう説明しました?」
「なにも知らないのです。細君はおいおいと泣くばかり。ふたりは留守だったのだから、泥棒の仕業だらうというのです」支店長は前がゞみになり聲を低めて「しかし秋山さんが妙なことをいいましたよ。どうも女中の友人が泥棒にはいったのぢゃないかと思うと云うのです。これには、なにも證據はありません。たゞそんな氣がするというだけなのです。いままでその女中を、間の抜けた正直者と思っていたけれど、もし女中の知り合いの仕業なら、案外油斷のならぬ女だったのかもしれぬと云ひましたよ」
「そりゃ、それぐらいのことは云うでせう。あなた本人にお會いでしたか?」
「本人? 秋山さんですか? 會ひました」また前かゞみになって「あなたもひとつ、李門さんとごいっしょに、秋山さんにいちど會ってみてくださいませんか」
「承知しました。會ってみたら、保險金ほしさの放火か、眞に同情すべき不孝な犠牲者か、どちらか大體見當がつくでせう。いつ會いますかね?」
「今日五時に、警察署長の幌江さんが本人に會うことになっているのです。ですから、その時刻に警察にきてくださるなら、頗る都合がいゝのですが――」
「よろしい」阿野は時計をみて「五時ならまだ間がありますね。では、そのあいだに燒跡をみせていたゞきませうか」
燒跡には網がはりめぐらしてあったが、それは燃えのこりの梁が頭の上からのぞいていたり、壁が崩れかゝっていたりするので、警戒のためであろう。美術鑑賞家が傑作にみとれるやうな目つきで、阿野はしばらくあたりをみまわしていたが、
「あなたがたは、こゝで待っていてください。むやみに入ると危い――」
支店長と李門を綱張のそとにのこし、ひとりですたすたなかにはいった。
しばらくすると引き返してきて、
「プラグやパイプが燒けのこっているようですが、照明は電氣だけだったのでせうね?」
「さうです」と、支店長がはっきりと答へた。「照明はもとより、臺所もストーブも電熱だけで、その電線はパイプに通してあったはずです。商品が燒けやすいものばかりなので、その點は契約の時よく調べておきました」
阿野はまたむかうへ行った。
燒跡の中央とおぼしきあたりに、二階から落ちたらしい洋式の浴槽がある。熱のためエナメルがはげ、パイプがつぶれていた。阿野はその浴槽のそばに立つと、顏をあげて大息をし、それからかごんで浴槽を嗅いだ。立ちあがった時の彼は、なにか思ひ出そうとして、思ひだせないような當惑したような顏付であった。
その燒跡の中心地點から、彼は車の輻をつたうように.四方八方へ歩いていっては、また歸ってくるのだった。だが、やがてだしぬけにしゃがんだと思うと、浴槽の附近と浴槽のなかから、小さいガラスの破片のようなものを、二つ三つひろいあげた。そうして表をだしたり、裏を返したりしてみていたが、ちょっと鼻さきへもっていって嗅ぐとポケットにしまうのだった。
それからふたりのところへ歸って「五時までに警察へ行くんでしたね。ではこれから行きましょう」
タクシーで警察へつくと、そこで支店長の紹介で、頭髪半白、愉快な大男の署長幌江にあった。廣い面會室で挨拶がすむと、
「まだ秋山さんはおみえになりません、私の部置で待っていてください」
と署長がいう。ドアをあけると、そこが署長の部屋である。三人はデスクの前の椅子にすわった。空いた椅子の上に、毛並の艶々とした、大きな黒猫が前あしを折って坐って、琥珀色の軟らかい目で、こちらを眺めてゐる。その猫には、仙人のように無關心な超越した態度がみえた。
「阿野さん」と署長がいう。「私が秋山さんを呼んだのはなにも出火に疑惑をいだいているというわけぢゃないのです。たゞ、警察としては、一應出火の原因を取調べる必要がありますのでね。それに、私はいろいろの人に會うのが好きなたちでして――」
「いや、私もいろいろな人に會うのが好きなんです」と、阿野が相づちをうつ。
「となりの應接室で會いますから、あなたがたはこの部屋からみていてください。あッ!」
だしぬけに黒猫が、むっくり起きあがって、ピョンと椅子からとびおりた。と思うと、まづ片方の後足をゆっくりと伸し、つぎに片方の足を、同じように伸したが、それは一日のうちに、これよりほかに仕方がないと云ったようないかにも悠々閑々とした態度であった。どうするだらうとみていると、猫はのそのそ床をあるいて、阿野のそばに近づき、毛並みをなでるために伸した阿野の手の指先を、犬のようにべろべろとなめるのである。
それから阿野の膝にとびあがって坐り、茶色の目を寶石のように光らせながら、なんだか空中の匂でも嗅いでいるようなふうをするのだった。
署長がわらった。
「あなたにはよく猫がなれますね。この猫が警察へきて、注意をむけたのは、あなたがはじめてですよ」
阿野がなにか云はうとすると、秋山がとなりの面會室へ通されたらしいけはいで、
「ここでまっていてください。いま署長をよんできますから」
という巡査の聲がきこえた。
署長は椅子から立ちあがると「ドアをあけはなしたまゝにしておきますから――」と、低い聲で三人にいって、となりの部屋へいった。
ドアがあいているので阿野、李門、支店長の三人は、すぐとなりの秋山という宅皮商人を、ゆっくりと觀察することができた。署長もどちらかといへば大男だか、秋山もそれに劣らぬ體格の持主で、商人というより、農夫にちかい重厚な感じの、頭髪を無造作に五分刈にした男である。
「呼出がありましたので、お伺いしたんですが――」ちょっと感高い聲だが、言葉使いはあくまで丁寧である。どこまでも落付いていて、尊大なところや、不自然なところは少しもみえなかった。
「お忙しいところを、御苦勞でした。じつはあなたの物をおあづかりしていますので――」
「わたしの物?」と、秋山はわざとゆっくりした調子で、それでも顏だけは怪訝な顏になってきゝかえした。
「そいつをあなたにお返ししようと思ひましてな」
「へえ、わたしゃまた、なにもかも燒いてしまったのかと思っていましたが、なにか殘っていましたかねえ、なんですそれは?」
「猫です」
秋山はぽかんと口をあけたまゝ、まっ蒼になった。一瞬間まえまで落着きはらっていたのに、はたの見る目も可笑しいほど慌てゝきた。
「ずいぶん威張っていますねあの猫は。王様みないに威張っている、でも、昨夜は威張ってばかりいられなかったとみえて、消防夫がかけつけて、お宅の丈夫なドアをたゝき毀して入ろうとすると、その毀れた隙間から飛び出して、消防夫の腰のところまではいあがって、ぶるぶるふるえながら鳴いたそうですよ」
「その描はいまこゝにいるんですか?」
「昨夜からずっと私の部屋にいます。けさ牛乳をのましてをきました」
「それはどうも――」
彼は描ときいて慌てたその理由を説明せねばならぬと考えたらしく、
「じつは私は猫が嫌いなんですよ。でも、家内がとても好きなんです。昨夜はあの猫が燒け死んだといって、一晩中泣いたぐらいですから、持って歸ってやったら喜ぶでせう。女というものは、妙なものを可愛がるものですね」
「連れてきませうか――」と署長がたちあがりかけると、
「まってください!」と秋山が兩手をあげてさえぎった。
「バスケットか何かに入れて持って歸りますから、それを買ってくるまで待ってください。描を抱えて街をあるくわけにもゆきませんから――」
飛びだすように、秋山は部屋を出ていった。いつもにこにこした署長が、顏をしかめて三人のところへ歸ってきて、
「阿野さん、あの男を知っていらっしゃいますか?」
「初めてゞす」
「可笑しな奴ですな。どうも可笑しいというよりほかに、なんとも云ひようのないような男だ」
「猫にたいする人間の好みはまちまちでしてね」と阿野がいう。「ある人はなめるほど猫を可愛がりますがある人はみるのも嫌だといいます。あの人はみるのも嫌なほうの人物だから、バスケットなしには持って歸れないのでせう。それでいて細君が猫を飼うのを許していたのです。このへんに、どうも、腑に落ちないようなところが、あるじゃありませんか」
しばらくすると、秋山がどこからか、バスケットを買ってかえってきた。
署長は猫を抱いて面會室へいった。
猫をみると、また秋山が顏色をかえて、いまにも眼をまはして倒れさうな格好だったが、それでも勇氣をだして、バスケットを開けてテーブルのうえにおいた。
「すみませんが、このなかに入れて、蓋をしてくださいませんか。大きな男が猫を恐れるなんて、可笑しいようですが、生れつき猫というやつは、どうも好きになれないのです」
秋山はそういって、わざとらしく微笑をした。署長は暴れる猫を、むりに蓋で押えつけて、革紐の止金をしめた。
「そんなに嫌なんでしたら、巡査にこのバスケットを持たしてやりませうか? たしか大浦町の宿屋にお泊りとかいう話でしたな」
秋山は猫一匹にそんなに大騒ぎしたくなかったのであろう。
「いや、有難うございますが、それには及びません。これに入れさへしたら、私でも結構持ってかえれます。家内が安心するでせう。どうもいろいろお世話になりました」
バスケットに入れても、まだ怖いとみえて、腰にくっつかないように、妙な格好でさげて出ていった。
署長は部屋にかえると「巡査に持たしてやろうと云っても、遠慮して歸ってしまった。妙な男です。あんな男はみたことがない。阿野さんはどうしたのです?」
支店長も李門も、面會室のほうばかり眺めてゐたので氣がつかなかったが、振返ってみると、なるほど阿門がいなくなっているのであった。部屋には背後に廊下へ出られるドアがある。阿野はそのドアから出たのであろう。
「もっとあの人と話をしたり、經驗談をお伺いしたりしたかったのに、ろくに挨拶もしないうちにお歸りになって、殘念なことをした」署長は不快に感じたらしい。
李門は辨解するように「あれが阿野のいつもの癖なんです。でもなにか理由があるんでしょうから、わるく思はないでやってください」
支店長と李門が、さきまはりして李門の家へ歸って待っていると、およそ一時間ほどたって、ひょっこり阿野が戻ってきた。だが、驚いたことに、彼は秋山が持って歸ったはずの、黒猫のはいったバスケットを、片手にさげているのである。
「牛乳でものましてやりませう」阿野がいう。猫は牛乳をのむと、椅子のうえにはいあがり、警察にいた時と同じように前あしを折って坐って、無關心な態度で世の中を眺めはじめた。
「私は猫が嫌な秋山が、巡査の同伴をこばんだ理由が腑に落ちなかったのです。そこになにか理由があるにちがいない。では、その理由はなにか。秋山はぶるぶるふるえるほど猫が嫌いでありながら、それでも自分でバスケットを持って歸るという。その理由はなにか。その理由はとにかくとして、私はあの男が途中で猫を棄てるにちがいないという見當をつけました。せまい宿屋へ猫をつれて歸っても、仕かたないでせうからね。
そこで先まはりして街へ出るとさっそく見えかくれに尾行をはじめたのです。むかうぢゃ私の尾行にきづかぬらしい。鐵砲町を通って西木町へまがると、果して海岸へ出たです。コンクリートの岸壁のすぐ下には、ぴたぴたと二メートルばかりの深さの潮がみちています。あのバスケットを海へほうりこんだらそれまでだ。私は速度をはやめて追ひついた。岸壁に立った秋山は、いまにもそれを海へ投げこむやうな姿勢で、左右を見まはします。「危ない危ない! バスケットが落ちますよ」
と私がバスケットの下に手をのはずと同時に、彼がそれを放して落しましたが、それは故意に落したのでなく、びっくりして手をはなしたのだったかもしれません。私は兩手でバスケットを受けとめると、それを彼に返してやって、「氣をおつけなさい、あなたは大塚さんぢゃありませんか?」と出鱈目を云ってやりました。彼はひどく怒ったらしいですが、口へ出しては何もいいません。しかし海へほうりこむのは斷念したのでせう、またごみごみとした街を歩き出しました。
もう、むかうが私の顏を覺えたのですから、こんどはあまり近くへ寄ることはできません。そこで可なりの距離をおいて尾行していると、そのうち線路のしたのトンネルへはいりました。そうして、私がそのトンネルの入口に差しかゝると、なかゝら彼の黒猫がのそのそと歩いてくるのです。もうこの猫は彼の飼猫じゃない。彼のほうで可愛がらないのだから、猫のほうでも彼の跡を追はうとはしないのでせう。黒猫は私をみると立ちとまって鳴きだしました。
そうして私の足に體をすりつけるのです。私は猫を抱きあげて、トンネルに入りました。そのトンネルの出口のところまでくると想像通り、空になったバスケットが棄てゝある。それをひろって、黒猫を元通り押しこんで、トンネルを出るとタクシーを呼びとめたという順序です」
「そうしてこゝへ歸ってきたのか?」
と李門がきく。阿野は頭をふって、
「いや、歸るまへに、ちょっと重大なところへ寄った」
「どこへ?」
「タタシーにのって、バスケットを腰かけのうえにおくと運轉手にむいて――運轉手にむいて僕がどう云ったと思う?――だが、そんなことをきいても、君にわかるはずはないね。僕は運轉手にむいて、神戸一の藥屋へ行けといったのだ。その藥屋でちょっとあることをききたゞして、それから、すべての秘密を知りながら、何も云はぬこの猫をつれて、今こゝへ戻ったところだ」
だが、この「すべての秘密を知りながら、何も云はぬ」黒猫は、この夜、多くのことを一同に物語ってきかしてくれたのである。
その夜、三人は李門の食堂にすわってゐた。テーブルの上には銀の食器やカットグラスのコップ、中央には主人役の李門、その左右に阿野と支店長、黒猫閣下は李門とむきあった椅子に坐ったが、背がひくいので、顏がテーブルにかくれて見えないくらいだった。
ところが、だしぬけに電燈が消えて、まっ暗になった。
一同が默って電燈のつくのを待った。いままで聞えなかった屋外の雜音が、はっきり聞えだした。みんな緊張した氣持だった。この沈默の緊張は三分間ほどつゞいた。やがて女中が、ランプに火をつけて持ってきたが、それは臺の底に緑色の羅紗をはった、ガラスのほやある、昔なつかしい石油ランプであった。
「旦那さま、電燈のヒューズが切れました」
「くそ、惡い時に切れた」
李門は、じぶんが面白い話をしてゐる最中だったので、この電氣の故障が、ことのほかに腹立たしかった。
「すぐヒューズをなをします」
「早くたのむ」
女中はランプをテーブルのまんなかにおいて出ていった。
支店長は李門のほうにむいて、
「忍び足で階段を下りたところまでおうかゞいしたのでしたね。それからどうしたんです?」
李門は笑いながら頭を振った。
「いや、話の途中で電氣が消えたので、もう興味をうしなったです。それに、だいたい、あの話は面白くない」
「いや、スリルがあって面白い。ブラッドンの小説みたいだ」阿野がいった。
李門はくすくす忍び笑いしながら、
「面白いかね、ぢゃ、續けようか――」
だが、このとき、だしぬけに阿野が低い鋭い聲で、
「ほら! ほら!」とさけんだ。
ふたりはびっくりした。そうして、阿野が眼をむけているほうに目をむけた。
そこには黒猫がぶるぶる體をふるわせながら、爛々と目を輝かしてランプを見つめているのだ。と思うと、テーブルのはしにとびあがり、そこに坐ってまたランプを睨みだした。
しばらくすると黒猫がたちあがった。そうして巧みにカットグラスや銀器をよけながらちかよって、ランプのそばにすわった。それから片足をあげて、電光のすばやさで、ランプを突き倒した。
ガチャンと大きな音がして、ランプのガラスが毀れると流れた石油がめらめらと燃えあがる。テーブルから絨氈にこぼれた石油は、そこでまた燃えだした。
支店長と李門は、慌てゝて立ちあがる拍子に椅子を倒した。
「早く消さないと火事になる!」
さうどなりながら、李門はあわてゝ、ベルを押した。猫は燃えさかる烟をよけながら、ランプの底に貼ってある緑色の羅紗に近よろうとする。阿野はその猫をむりにランプから引きはなそうとする。はなしてもはなしても、猫はもがいたり唸ったりして、狂氣のようにランプに近よろうとする――
そのうち女中が(※衣偏に卷)をもってきて、焔をたゝき消した。李門がバケツに水をくんできた。そうして、ようやく完全に火を消しとめた頃には、三人は服や手をよごし、部屋全體が惨憺たるありさまになっていた。
阿野が云った。「あなたがたも、びっくりなさったでせうが、私もびっくりしたです。しかし、これであなたの會社は、三千六百萬圓の保險金を支拂はなくてすむことになりましたよ。そのかわり、この部屋の損害を、うんと賠償してやってください」
その後、もっと遅くなって、三人は手を洗い、服を着かえて、明るい電燈のついた別室で話していた。
阿野は支店長にむかい「今日、燒跡を見にいったとき、私はあなたに、照明は電氣だけかとききました。そのときあなたは、電氣以外はなにも使はなかったとお答えになりました。けれども私は、燒跡から毀れた石油ランプを發見したのです。でも、主人夫妻が家をあけてから一時間半もたって出火したのですから、このランプだけでは、出火の原因をつきとめることはできません。
そのうちプンと妙な匂が私の鼻を襲ったのです。その匂は浴槽のそばに、化粧品の壜の毀れたのが、たくさんありましたが、その壜の一つから來たのです。私はその壜の破片を拾って、ポケットにいれましたが、その時、匂が私の指先にすこしばかり殘ったにちがいないのです。
警察で猫が私をみると、すぐ馴々しくそばにくるので、こりゃどうしたことかと、はじめは不思議に思ったのですけれど、考えてみると、それには理由があるのです。猫は私に觸れたのぢゃない。私の指先についた匂に引きつけられたのです。たゞそれだけだったのです。
けう、私がひとりで藥屋へいったことは、先刻もお話したとほりですが、私は藥屋の亭主に壜の破片を示して、このなかに何がはいっていたのでせう、ときいたのです。亭主はガラスを嗅ぐとすぐ、ヴァレリアンがはいっていたのです、とこたえました。ヴァレリアンとはどんなものですかときくと、揮發性の油で、空氣にふれると、ぷんと鼻を刺すうな惡臭を發散させますといいます。用途は、ヒステリーや、不眠症や、神經系統の病氣によいのだそうです。
どうもこれだけでは要領をえません。そこで私が思いきって猫にこの藥をやると、どうなるのですか、ときいてみたのです。藥屋の亭主は、變なことをきくお客だと不思議に思ったでせう、しばらく顏を見ていましたが、猫に嗅がせると狂氣のように興奮すると教へてくれました。そこで私が、ぢゃ、それを一壜くださいと出たのです。これがそれですよ」
阿野はポケットから藥壜をだしてみせた。
「さて、ヴァレリアンの藥だけは手に入れましたが、まだ腑に落ちぬことがある。石油ランプの毀れたのと、ヴァレリアンと、黒猫、この三つをどうつなぎあわせて考えたらよいか途方にくれたのです。それがどうしてもわからなかった。今夜、描がランプを見て興奮するのを見るまで、その謎がとけなかった。そうして、謎がとけた時には、もうテーブル一面が火の海になっていたのです」
もうあなたにも大抵おわかりでせう。秋山は、昨夜の火事工作にとりかゝるまえ、なんどか小さい實驗をやってみたにちがいありません。その實驗で、ランプの底の羅紗にヴァレリアンを塗り、ランプを突倒させる訓練をしたのでしょう。そうして昨夜は、猫をうすい布製の袋のなかに入れたが、それはもがいているうちに、時間がたてば自然にでられる程度の袋だったにちがいない。それから秋山は、ランプの底にヴァレリアンを塗り、そのランプに火をつけて、夫婦で映畫見物にでかけたのです。
家の中には、人がひとりもいなくなりました。けれども袋のなかに猫がいる。ヴァレリアンの匂は、しだいに烈しく部屋のなかに滿ちあふれる。それを嗅ぐと猫が興奮してもがきだすという順序です。
御承知の通り、今夜のランプにはヴァレリアンを塗ってなかったのですけれど、それでも黒猫は、前夜の經驗で、ランプの底にヴァレリアンが塗ってあるものと思ったのです。あなたは裁判官のまえで、この實驗をしてみせる必要がありますよ。ですから、いやでもそれまで、この黒猫を飼っておやりになるんですな。そうしたら三千六百萬圓の保險金を、秋山に支拂はなくてすむんです」
注)明かな誤字誤植は修正しています。数ヶ所「〜え」とあるのは「〜へ」と変更しています。
注)句読点は追加したところがあります。
「星のささやき」
「宝石」 1948.04. (昭和23年4月) より
一
「星ばかり美しき夜とはなりにけり」
これは誰がつくった旬だか、しった人があるだろうか。古田絃二郎夫人がつくった句なのである。有名な俳人ではないが、私は星の夜にひとり立つと、不思議にこの句をおもいだす。
だが、天上の星がどんなに美しかろうと、地上では人の子が、その闇を利用して、おそろしい罪を犯しているかもしれないのだ。私はこれから、自分がこの目でみた、星の夜の人殺しの話をしよう。
それは戰後の電力不足から、毎夜八時以後は、どこにも灯のつかぬ時のことであった。寶石のような星のみが、最上の支配者として、大空に君臨している時のことであった。
ある夜、ぐっすり寝こんでいた私は、家人によびおこされた。玄關にでてみたら、女中のような女が立っていた。
「たいへんおそくて、お氣の毒ですが、旦那さまがお亡くなりになりましたからきてください」
「どんな病氣?」
「自殺です」
「どこです?」
「堀川の木山です」
「木山坦さんの御子息ですか?」
「はい」
「ゆきます」
木山坦は私と同じ七十三の老人で、子供の時からの友人である。その子の木山理三郎が、ちかごろ名を賣りだしたフランス歸りの洋畫家で、最近結婚して堀川にすんでいるという噂は、木山坦からきいて知っていた。それにしても、堀川には加茂という立派な醫者があるのに、わざわざ遠い私を呼びにきたのを、ちょっと不審には思ったが、たぶん父の友人でもあるし、自殺ならなるべく内密にしたかろうから、それで私を呼びにきたのだろうと、そんなふうに解釋した。
自動車の用意ができると、私は女中とふたりでそれにのった。十分間もかゝらぬうちに、自動車は畑や竹藪ばかりの、淋しい斜面にたつ洋館のまえにとまった。木山の息子の家とはしらなかったが、その洋館がチョコレイト色のペンキをぬった、ちょっと氣のきいた家であることは、なんども附近をとおったことがあるのでよくしっていた。
ホールヘはいって、懐中電燈をつけると、正面の階段のそばの大時計が、一時をしめしていた。
あとから二名の警官がはいってきて、
「木山理三郎さんのお宅はこゝですか?」ときいた。
二階から蝋燭をかざした若い夫人がおりてきて、警官と私に挨拶した。その夫人に案内されて、私たちは二階にあがった。
理二郎はベッドにねたまゝ、右のこめかみをピストルでうって死んでいた。右手はだらりとベッドからはみだして、そのしたの絨氈のうえに、ピストルがおちていた。警官は白墨でピストルの位置をしめし、夫人から油紙をもらって、そのピストルを包んだ。私の診査したところでは、屍體のたのぶぶんにはなんの異状もなく、體温はかすかに殘っていたが、すでに完全に死んでいたので、死亡診斷書に自殺とかいた。
私の檢屍がおわると、みんな二階からおりて、廣々としたうす晴い居間にあつまった。まんなかのデーブルの蝋燭の炎が、おしよせてくる闇をはらいのけていた。その蝋燭のしたに警官が手帳をひろげると、みんなひっそりおしだまって、しゃくりあげてなく夫人の聲のみがきこえた。
このうちの家族は、死んだ理三郎のほかに、三十才ぐらいの夫人ミドリ、四十才ぐらいの家政婦民子、二十才ぐらいの女中の三人である。しかし家政婦の民子は、H市に行って、主人が自殺したあとでかえってきたのだから、ピストルの音はきいていないのである。
夫人ミドリはこういった。
「主人とわたしが、てんでの寝室にはいったのは八時ごろでした。電燈がつきませんから、ベッドにはいるとすぐ寝てしまうのです。ぐっすり寝ていましたら、ピストルの音で目がさめました。枕から頭をもたげて、耳をすましたのですが、音はそれッきり、ひっそりしていました。あら、いまのは夢だったのかしらと思いましたが、夢ではありません。このごろ物騒で用心がわるいといって、主人は護身用のピストルをもっていました。それで寝たまゝ大きな聲で、二三度となりの部屋に寝ている主人を呼んでみましたが、返事がありません。
したにいる民子さんを呼んでみましたが、返事がありません。こわいのでしばらく身動きもしないでいましたが、だんだん動悸がはげしくなって、じっとしていられないほど心配になってきました。思いきって廊下にでゝ、マッチをすってみましたが、誰もいません。主人の部屋のまえまでくると、ドアが一二寸あいていました。部屋にはいって、マッチをすって、ベッドのそばのテーブルに蝋燭がありますので、それに灯をつけてみると、主人が死んでいたのです。
駄目だとは思いましたが、二三度名を呼んでみました。テーブルの上の懐中時計をみると十一時二十五分でした。ピストルの音がしてその時まで五分はたっていますから、主人が自殺したのは、十一時二十分だったわけです。いそいで階段をおりて女中をおこし、交番とお醫者さまのうちへゆかせました。それからしばらくたって、H市へ行っておいでになった民子さんが歸ってこられたのです」
「ピストルは許可を得てあるのですか?」
「いゝえ」
「いつごろからお持ちです?」
「半年ほどまえでしょう」
「ドアが一二寸あいていたと云はれましたが、なぜでしょう? いつもあいているのですか?」
「たいていしまっているのに、そのときあいていましたので、ちょっと不思議に思ったのですが、これはなんでもないことなんです。いままで時々そんなこともありましたから」
「自殺の原因になるようなことがあったのですか?」
「いゝえ」
「どうして自殺したのでしょう?」
夫人は泣くばかりで返事をしなかった。
つぎに女中がこんなことをいった。
「わたしは寝たまゝ、窓のそとの星をみていました。そうしたら二階からピストルの音がしましたので、怖いので頭からふとんをかぶりました。しばらくすると、誰かを呼んでいらっしゃるような奥さまの聲がきこえましたが、部屋をでるのが怖かったので、じっとしていました。それからしばらくたつと、奥さまがおいでになって、旦那さまが自殺されたから、交番と醫者のうちへ行ってこいとおっしゃいましたの」
「ピストルの音がしたのが、十一時二十分だというのに、お前はその頃、目をさまして星をみていたのか?」
「はい」
「ピストルの音がするまえに、なにか變ったことがあったか?」
「いゝえ」
「電燈がつかないのに、お前はいつも十一時ごろまで寝ないでいるのか?」
「たいへん惡いことをして申しわけないんですけれど、臺所以外に蝋燭をもってでるなと、奥さまに云われていましたのに、今夜のうちにぜひ國へ手紙をかきたいと思いましたので、わたしの部屋へ蝋燭をもってかえって、おそくなるまで手紙をかいたのです。それから蝋燭を消して、ふとんのなかにはいったまゝ、手紙のことや、うちのことを考えていましたら、しばらくしてピストルの音がしたのです」
家政婦の民子はこういった。
「きょうは一日ひまをもらいまして、H市の親威のうちへゆきまして、こゝへ歸ってはじめて奥さまからお話をきいて、びっくりしたようなわけです」
「何時の汽車でお歸りでした?」
「十時二十分の汽車です」
「そんなら木山さんが自殺されたとき、うちにいたのは奥さんと女中さんの、ふたりきりだったのですね?」
「そうです」
「玄關の戸締りはしてなかったのですか?」
「民子さんがお歸りになるので、掛金をかけずにおいたのです」と、夫人がいった。
自殺の原因はなかったが、他殺という證據もないので、警官と私は、まず自殺ということにして、その夜は家を辭してかえった。以上が九月二十五日夜のできごとである。
二
しかし理三郎の父は承知しなかった。理三郎の父、そうして私の友人である木山坦は、理三郎は自殺するはずがないといいだした。それで警察では、やむなくまた取り調べをはじめた。私はこの取り調べに立ち合はなかったので、こゝに警察からきいた取り調べの結果だけはなすことにしよう。
理三郎の妻ミドリはゆたかな貿易商人の娘で、二十のとき、やはり貿易をいとなむ資産家と結婚したが、その男は一年のちに死んでしまい、ミドリは莫大な遺産を相續した。そのころからかの女は結核にかゝって、加茂という醫者の治療をうけていた。
この加茂という人物は、もとある大學病院の内科々長をしていたミドリより三十も年上の立派な醫者で、風采もよければ人柄もよく、如才がなくて社交にたけていたので、誰でもが彼に好感をもった。彼はずっとまえに妻をうしなって、ひとりものであった。そうして加茂とミドリが普通以上に仲がよいという噂が、いつのまにかたちはじめた。ふたりがいっしょに散歩しているのをみかけた人はたくさんある。
ある日ミドリの母がいった。
「お前、加茂さんのうちへ行くのを止めたらどうかね。世間の口がうるさいから」
「でも、お母さん、交際するだけならいゝぢゃありませんか。あのひとはあんな年寄りですもの」
「いくら年寄りでも、もうあの家へ行くのはよしなさい。今後も足しげく加茂さんのうちへ行くのなら、お母さんのうちへ來るのを遠慮してもらいたい」
ミドリは笑って相手にしなかった。兩親のうちへ出入りするのを禁止されても、この若くて美しい未亡人と、三十も年上の老紳士との不思議な交際は、いぜんとしてつゞけられた。そうして數年の月日がたった。
そこに現れたのが民子という女であった。ミドリは自分より十才も年上の、學問もあれば利口でもあるこの女を、家政婦として家に入れたが、この女もミドリと同じ不幸な未亡人で、ミドリには子がなかったが、この女に四人も子があった。その子をH市の親戚にあづけて、ミドリの家へやとわれたほどだから、給料も驚くほど高額であったにちがいない。ミドリのほうでは、この女をたゞの家政婦としてやとったのではなく、兩親のうちへ出入りを禁じられたのちの、自分の相談相手、ないし友だちとして好遇していたらしい。
じっさいふたりは仲がよかった。姉妹よりも仲がよかった。きんじょの人は民子を金でやとわれた家政婦とは思はず、ミドリの親戚の者と思っていたぐらいだ。民子はミドリを奥さんとよばず、ミドリさんとよび、ミドリのほうでもこの女を民子さんと呼んでいた。日曜日にはH市から、民子の四人の子供が遊びにきたが、そんな場合、ミドリは思い切ったご馳走をしてやった。
この民子の知人に、私の友人木山坦があり、民子の紹介でミドリが木山一家としりあうようになり、理三郎と仲よくなったのである。どうして民子が木山坦を知っていたかといへば、生きていたころの民子の良人が、滿洲で木山と同じ役所につとめていたのだそうである。フランス歸りの洋畫家は、一目みてミドリを愛するようになり、チョコレイト色のかの女の家に、ひんぱんに理三郎の姿をみるようになった。
ミドリは理三郎と交際しはじめるとともに、きれいに加茂との交際を斷ってしまった。そうして、その旨、兩親に書きおくった。この手紙をみた兩親が安心したことは、いうまでもなかろう。まもなくミドリは理三郎と婚約した。賢明なミドリの母は、あとでわかって、ごたくさが起こるといけないから、結婚するまえに加茂との關係を告白しておけといった。
それにたいしてミドリは、注意されるまでもなく、すでに告白したとこたえた。母がねんのために理三郎にそのことを話すと、理三郎は笑ひながらこういった。「そのことはミドリさんからききました。正直にいってくれたことを感謝しています。しかし私たちも相當な年れいですから、すんだことは適當に判斷します。ご安心ください」そうは云ったけれど、このときの彼の顏は、たしょう蒼ざめていたという。
こうしてふたりは結婚した。適當な家がないので、ふたりは今までミドリが住んでいたチョコレイト色の家で暮すことになった。だが、都合のわるいことに、この家と加茂の家とは、目と鼻の距離にあった。そうして理三郎は、日ましに妻を愛するようになるにつれ、愛すれば愛するほど、妻の過去に嫉妬の炎をもやさずにいられなかった。
彼は加茂を「(※けもの偏に非)々おやじ」とよんだ。時によると、わざわざミドリに命じて、加茂の家のまえをあるかした。そうしてかの女がかえってくると、「おやじをみたか?」ときく。かの女は「いいえ、あんなものみたくはありませんわ」といって、烈しくすすりあげて泣きだす。彼は「わるかったから許してくれ」とあやまる。ぞうしてふたりは接吻する――
結婚後三ヶ月、かの女が一週間ほど兩親のうちへ逗留にいったことがあるが、そのとき彼はこんな手紙をかいている。
「――今までの僕はあまり苛酷で、潔癖でした。これからは、もっとやさしくなりましょう。なるべく早く歸ってきてください。お歸りまで僕は冬眠です――」
金があるからでもあろうが、ミドリは氣前がよくて贅澤であったが、理三郎は經濟にかんしては常識的だった。彼は多くの人と同じように、自分や妻の樂しみになることには費用をおしまなかったが、そのたのことに金をつかうのは好まなかった。だから結婚後、まもなく彼が民子を解雇することを思いついたのは、當然だったのである。
民子がいなければ、費用がそれだけ、はぶけるばかりでなく、家のなかが水いらずのふたりだけとなる。使い走りは女中ひとりでたくさんだ。理三郎がそう云いだしたので、ミドリも仕方なしに、適當な仕事がみつかったらそのほうにかわってくれと民子に告げた。それにもかゝわらず、民子は仕事をさがしているようすはみえなかった。また、さがしても今のようなうまい口があるわけのものでもなかった。
そんなわけで、理三郎が死んだ當時の家族は、ミドリ、民子、女中の三人だけだったのである。もし理三郎の死が、本山坦のいうように他殺であるとすれば、犯人はこの三人のうちのひとりか、でなければ、外部から侵入したものということになる。その夜、まだ民子が歸らぬというので、玄關の戸じまりがしてなかったことも、犯人は外部からという疑惑をふかめるのである。しかし、ベッドのそばの時計でさへ盗まれていないのだから、外部から侵入したにせよ、強盗ではなかろう。すると加茂が犯人であろうか。
むろん、加茂も取り調べられた。彼はそのとき寝ていたという。しかし、それを證明する材料はどこにもなかった。犯人は理三郎のピストルを使っている。これはミドリがいったように、淋しい一軒家にすむ彼が、強盗を怖れて用意したもので、いつも彈丸をこめ、革のケイスに入れて、ベッドの手摺にかけてあった。だから、加茂が犯人だとすれば、このピストルのことをすでに彼が知っていたということになり、したがって、ミドリが共犯者かもしれないということになるのである。
四人の容疑者のうちで、完全なアリバイをもつのは、民子ひとりだった。かの女は、その日、子供をあづけてあるH市の親戚へゆき、夜の十時二十分の汽車でかえった。子供に會いにゆくと、この汽車で歸るのが、いつもの習慣だったのだ。警察でしらべてみたら、民子がその汽車にのっていたという證人がいくにんもあった。だからそれはまちがいない。
そうして、その汽車は、十一時二十分に土地の驛につく。ところがこの十一時二十分という時刻は、ピストルの音がしたちょうど同じ時刻なのである。そのうえ驛から宅まで急いでも二十分はかゝる。だから民子だけは容疑者のうちから除外しなければならぬ。
では、ピストルの音がしたのが十一時二十分というのは確實なのであろうか。これをもいちど考えてみよう。その夜、理三郎のうちで、動いていた時計は、理三郎の枕元の懐中時計と、ホールの大時計だけである。ミドリの腕時計は、抽斗にしまったまゝで使ってなかった。このふたつの動いている時針は、毎日ラジオに合して、正確だったというし、また警察で調べてみても、一分間もちがっていなかったというから、信用してよかろう。
だから、のこる容疑者は、ミドリ、女中、加茂の三人ということになるが、この三人はアリバイはもっていなかったが、さればといって、犯人であるという證據もなかった。それで結局もとにもどって、理三郎の死は自殺ということにきまってしまったのである。
警察の取り調べは、これで打ちきられたが、世間ではいろいろに噂した。ミドリは毎日のように罵倒の手紙をうけとった。そのためか病氣が重くなって、半年ほどたって死んでしまった。
加茂もどこかへ引っ越した。民子も女中もチョコレイト色の家から姿をけした。
チョコレイト色の家は、この貸家拂底の時代に、いつまでたっても住みてがなく、いたずらに風雨にうそぶいていた。
そうして一月の月日がたった。
三
ちょうど一年たった九月二十五日の晩、私は一周忌の法事にまねかれた。あんな死にかたであったためか、集ったのは親戚をよせて五六人にすぎぬという、ごくさゝやかな會合であったが、夜がふけて私がかえりかけると、
「ちょっとそこまで送ってゆこう」と木山坦がおくればせにステッキをもってでてきた。
星はきれいだし、風はすゞしいし、散歩にはあつらえむきの夜であった。
「君は意外に思うかもしれないが、理三郎を殺したのは民子なんだよ」
だしぬけに木山坦がこんなことをいいだした。
「そうか。じゃ、やっぱり自殺ではなかったのだね。しかしあんなおとなしい女が、そんな怖ろしいことをするだろうか?」
「考えてみたまへ。ミドリが結婚しなかったら、民子は永久にミドリといっしょに幸福にくらせるのだ。民子は名まえだけは家政婦だが、じつはミドリの相談相手として厚遇され、子供の學資金までだしてもらっていた。それを理三郎が追いだすといいだしたのだから、本人も困ったゞろうし、ミドリも困っただろう。あの家をだされたら、民子のゆくところはないのだ。どこかへ家政婦として住みこむにしたところが、あんなに厚遇されはしないからね。それに、君も知ってのとおり、理三瑯と民子の仲ははたでみるほど幸福ではなかった。
そうして、その反對に、ミドリと民子は姉妹以上にぴったりしていたので、民子はミドリの不幸な結婚に同情していた。民子の犯罪の直接の動機は、家をだされるということだったが、このミドリが不幸であったということも、間接の動機だったかもしれないのだ。大きい犯罪は一つの動機だけで行われるものではない。それを行うのを助ける間接の動機、つまり雰圍氣だね、雰圍氣があるものだ。だから民子の犯罪をつちかったのは、この雰圍氣で、その點で加茂やミドリも非難されていゝ位置にあるのだ」
「でも、ピストルの音がしたときには、民子はまだ汽車にのっていたのだろう?」
「ところがそうでないのだ。まあ、あの日の民子の行動を、順をおって話してみよう。なるほど、あの日、民子は子供をあずけてあるH市へいった。そうしていつものごとく夜の十時二十分の汽車にのった。この汽車がこゝの驛につくのは十一時二十分だ」
「ビストルの音がしたのも、その十一時二十分だったというじゃないか?」
「まあきいてくれたまへ。十一時二十分に汽車をおりた民子は、夜道をいそいで、十一時四十分に家へかえった。民子が歸ることがわかっていたので、玄關には掛金がかけてない。民子はしずかにドアをあけてなかにはいると、下駄をふところにいれ、懐中電燈をとぼして、ホールの時計を三十分あとがえりさせる。このときには、懐中電燈をそばにおき、音がしないように、兩手をつかっただろうから、五分間はかゝる。それで十一時四十五分を、十一時十五分になおしたことになる。
それから、はだしで階段をあがり、ミドリの部屋のまへにたって、耳をすます。なかには明りもついていないし、物普もきこえない。つぎに理三郎の部屋のまえで耳をすます。それから、指紋をかくすため、手套をはめ、ドアをあけてなかにはいり、まず理三郎の熟睡をみとゞけると、ベッドの手摺にかけてあるケイスから、ピストルをとりだす。そのピストルに彈丸のはいっていることは、まえの日ひそかに調べておいたので、まちがいない。それを理三郎のこめかみにちかづけ、引金をひく。
それからすぐ理三郎の右手にピストルをにぎらせ、指紋をつけ、しぜんにおちたように、絨氈のうえにおき、ベッドのそばの懐中時計を三十分あとがえりさせ、部臓をでゝ階段をおり、玄關からそとへとびだす。これだけのことは、まえまえから作っておいたプログラムを實演するだけだから、一瞬間にできたにちがいない。ピストルの音がした時刻は十一時二十分ということになっているが、三十分おくらしてあるから、じつは十一時五十分だったのだ。
ピストルをうったのちの行動は、一瞬問であったにはちがいないが、民子としては、いつミドリがとびこんでくるかもしれぬという覺悟はしていたにちがいない。もしミドリが現れたら、かの女は信頼を相手の腹中において、すべてを告白するつもりだったであろう。しかし、そうなったらおしまいだから、ピストル以後の行動は、電光石火だったであろう。家をとびだした民子は、もしや着物に血がついていはしないかと、明りのもれぬ物蔭で、懐中電燈をとぼしてみた。
あの女はミドリに信用されるだけあって、じつに冷靜な女だよ。ところが裾のまえがすこしよごれていた。これはあの女にとっても、豫想外のことだったであろう。僕は囚人が死刑になるのをみたことがあるが、目かくしした囚人の額を、ピストルでうつと、その瞬間、ドクッと水鐵砲をしずかに押したように、血のかたまりが一二尺まえにとびだすものだ。ビストルでうって血がとびだすものだということは、民子もしらなかっただろうから、自分の着物をみて、びっくりしたにちがいない。
しかし、まさかとは思いながら、一應自分の着物をしらべたところなぞ、じつに冷靜な女だよ。かの女はピストルをうって二十分たったあと、ホールの時計が十一時四十分――本當の時刻が十二時十分――になると公然と家に歸り、いそいで手洗場にはいって、着物のしみをおとし、それから自分の部屋で着物をきかえ、二階にあがって、ミドリから、理三郎自殺のてんまつをきく。それから、あわてたミドリが右往左往しているすきに、死人の枕元の懐中時計と、ホールの大時計を、三十分進めてもとの時刻になおす。
時計をもとにもどすときのかの女は、おそらく、すでにミドリの口から、自殺の時刻が十一時二十分、すなわち自分が驛についた時刻だったということをきき、時計をおくらした目的のたっしられたことをしって、安心していただろうとおもう。それから、一時がうつと、君と女中をのせた自動車がつき、それと前綾して警官がきた。かういった順序なのだ」
「證據があるのか?」
「ある。ひとつは時計をおくらしたという證據、ひとつは着物の裾がぬれていたという證據だ。このふたつの證據をあげて、民子に自白をせまり、自白したら秘密をまもってやるといったら、とうとう自白した。その自白が、いま僕の話したとおりの順序なのだ」
「いま民子は?」
「東京の長男のうちに住まはせて、家庭教師をさせている」
「こりゃおどろいた! 第二の殺人をしやあしないかね?」
「あはゝゝ、もしすれば被害者はこの僕だ。あの女の秘密をしっているのは、いまのところ、世界中で僕ひとりなんだからね。しかしあの女は、僕を紳様のように思って、感謝しているから、その心配はないよ。理三郎を殺したのがあの女だと知ったときには、じつはなぐり殺してやりたいほど腹がたったよ。しかしなんども話をしているうちに氣がしずまった。あの女を死刑にすれば四人の子供も社會から葬られるが、それで理三郎が生きかえるわけでもない」
「民子が時計を三十分おくらした證據があると君はいったが、そんな證據がどこにあるのだ?」
「いまそれをみせる。こっちへきたまえ」
しばらくゆくと、木立のすきまから、チョコレイト色の家がみえだした。すみてのない空家のガラス窓が、星空をうつして、水のように蒼白くひかっている。
彼は煙草の火で、時計をすかしてみた。
「あの夜、ピストルの音がしたとき、女中が窓のそとの星をみていたといったね。それは君も覺えているだろう。それで、僕はそのときの星が、どんな形をしていたか、なんども女中にきいてみたのだ。しかし女中のこたえは要領をえない。どうも、はっきり覺えていないらしいんだ。そこで、僕は、事件後四日目のおなじ時刻に、女中部屋にねさせて、窓のそとの星をみせてやったのさ。そうしたら、はじめて屋の形を思いだしてくれた」
彼は空家のうらに私をつれこみ、東むきのひとつの窓のそばに立たせた。
「百メートルほどむこうの丘のうえに、黒々とした木立があるだろう。あのいちばん高い木の左に四つ星があるだろう?」
「なるほど」
「この窓のなかの、寝た位置からみると、窓わくの四角にくぎられて、あの四つのうちの、下の二つしか見えないのだ。まだあの下に星があるのだけれど、木の枝にかくれてみえない。あの二つは水平にならんでいるので、女中はなんだか生きものの目のように思ったそうだよ。そうしたら、まもなく、二つの星のまんなかのしたのほうに、とてもよく光る大きな星がボツンと現れて、三角形をつくったので、あら、こんどは口ができたと思ったら、その瞬間、ピストルの音がしたというのだ。
いゝかね、君、大きい星があの森に現れた瞬間ピストルが鳴ったというんだよ。その星は馭者星座のカペラという一等星なのだ。僕は女中とふたりで、時計をだしてみながら、カペラのでる時刻をしらべた。君もしっているだろう。同じ星は一日に四分づゝおくれて現れるものだ。
そうして僕が女中とふたりでしらべたのは、事件後四日目の晩だった。だから、その晩のカペラの現れた時刻から十六分を引いてみた。すると十一時五十分、これが九月二十五日の夜、ピストルの音がした本當の時刻なのだ。ピストルの音がしたのは、十一時二十分でなくて、ほんとは十一時五十分だったのだ」
また彼は煙草の火で時計をみた。
「ほら、十一時五十分! 一年まえの今日、ピストルの音がした同じ時刻になった! みていたまへ。いまカペラが現れるから――」
もう、先刻から月がでるまえのように、そのあたりの空が、ぼおッと明るくなっていたが、彼がそういうと同時に、大きな大きな、滴がしたゝるほど美しい星が、しずかに森のこずえにあらわれた。それはとうてい人間界の費石などとは、くらべものにならぬほど清くて美しかった。神が寶石をもっているとしたら、まさにあんな清浄な寶石であろう。
だが、私はその瞬間、全身にはげしい戦慄をおぽえた。
いまにも空家をゆるがして轟然たる音響がとゞろきはしないかとおもったからである。
注)明かな誤字誤植は修正しています。「〜え」とあるのは「〜へ」と変更しています。
注)句読点は追加したところがあります。
「帰郷」
「真珠」 1948.08. (昭和23年8月) より
はれた秋の日の午後であった。ひとりの若い旅人が、ひょっこり山のうえの墓地をおとずれた。いぜんは軍服だったらしい、ぼろぼろの茶褐色の服に、なにがはいっているのか、そうとう重そうなリュックサックをせをって、もういくにちも剃刀をあてぬ、ぶしょうひげのはえた頬が、げっそり落ちくぼんでいるのをみても、この男が、なんの希望もない、ながい旅路のあとで、尾羽うちからして、ようやくこゝまでたどりついたことはわかるのだった。
きょとんとみひらいた目には、もう、せいもこんもない、はげしい疲勞と空腹よりほかにはなにもあらわれていなかった。それでも、さすが墓参りだけはあって、いま花屋からかったばかりのような、香ぐわしい草花をたづさえていた。
墓地にはいると、彼は木をけずってつくった墓標のまえにたった。風雨にさらされて、たしょう色あせてはいるが、それでも「眞壁金之助之墓」とかいてあるのがよく、よめる。そのよこの面には、死んだ年月日がかいてあるが、それはいまから三年前の年月日であった。
いま、この旅人は、じぶんの墓のまえにたっているのだ。眞壁金之助というのは、この若い旅人の名なのである。生れてはじめて、彼はこの墓をみるのであるが、それでも驚いた表情はうかべなかった。それは、たぶん、じぶんの墓が、こゝにあるかもしれないという豫想を、胸のそこのどこかに、ひそかに抱いていたからであろう。
そのとなりに彼の父の墓があった。これはなんどもみたことのある、古い灰色の石の墓である。眞壁金之助は父の墓のまえにひざまづくと、露のしたゝりそうな花束をさゝげて、
「たゞいまかえりました」
といって、頭をたれた。
それから金之助は、またじぶんの墓標のまえにかえると、同じようにひぎまづいて頭をたれた。この男は、なぜじぶんの墓を拜むのだろう。それは皮肉だろうか。じぶんの過去を葬って、新しい生活にはいるという意味だろうか。いや、金之助の顏には、なんの感激もあらわれていない。夢遊病者のように、ただ習慣的に、無神經に拜んでいるのだ。あまり多くのことを心配し、あまり多くのことを空想しつづけたうえに、睡眠不足で頭がまひして、思考力も判斷力もうしなっているのだ。
この山の墓地をでて、しばらくあるくと、海のようにひろいふる里の町が、ひとめにみえるところへでた。そこに大きな柿の木があった。金之助はその木のしたでやすんだ。ふる里の町は空爆にあって、昔の面影はなかったけれど、それでも、新しいバラックの屋根が、秋の太陽にぎらぎら光って、だいたい昔どほりの地形を、かたちづくっていた。
さむざむとした風がふくごとに、頭上の柿の葉が、さわさわとそよいだ。その葉ずれの音は、ゆくりなく金之助に、もうなん年も思いだしたことのない、シューベルトの「ぼだい樹」の伴奏を聯想させた。顏をうえにむけると、青い空を背景に、枝もたわゝに柿の實が熟して、赤黄色の朽葉が、はらはらと散りかゝった。
金之助は仰向けにねそべって考えた。しぶんは浦島太郎と同じようなものだ。この眞壁金之助が、生きてかえったことを知った人間は、この町にひとりもいないのだ。じぶんは遠い東京で、妻と三ヶ月ともにくらしたきりである。それから別れて六年になる。三年まえに、じぶんの死の報がつたわると、妻は再婚したと風のたよりにきいた。それでもじぶんが生きていることを、しらせる方法はなかったのである。じぶんがモンテ・クリストのような男だったら、こんな場合どうするであろう。じぶんにあれだけのことが、できるであろうか――
とつぜんこの町に妙な噂がたちそめた。それはこの町の赤柏という醫者が、人を殺して千萬圓の金をぬすみ、製藥業をはじめるために、東京へ出奔したというのである。この犯罪は計畫的に行はれたが、やりかたが不手際であったために發覺をおそれ、夜逃げどうように妻をともなって、慌てゝ出奔したというのだ。
この噂の起こりはこうである。ある朝、赤柏の家の戸があかぬので、近所のひとが警察に報告した。警官がきてしらべてみると、よほど慌てゝ逃げだしたとみえて、表の戸には、うちがわから掛金をかけ、裏の勝手口の戸には、そとがわから南京錠をかけてあるだけで、家のなかは、すこしも片附けてない。臺所には馬鈴薯の皮をむいたのを、あくぬきするため、水につけたまゝにしてあった。燒跡にたてたバラックで、家具や衣類も、たくさんあろうはずはないのだが、それが大部分そのまゝ殘っていた。
出奔のさい、なにか持ちだしたにしても、それは手まはりの、ごく少數のものにすぎなかったであろう。家人は夫婦ふたりきりで、平生から女中も看護婦もいなかった。赤柏は大學をでたばかりの若い醫者で、ちょいちょい誤診をするので、あまり評判はよくなく、したがって診察をもとめるものもすくなかった。そのためか、赤柏は醫者をやめて、製藥業をはじめたいのだが、出資者はないだろうか、というようなことを二三の人に相談したことがある。
いや、製藥業ではない。製罐業だという者もでてきた。とにかく醫者をやめて、なにか事業をはじめる下心があったことは事實らしい。そのため、出資者をさがしていたことも事實らしい。親戚や友人も、一應しらべてみたが、彼の出奔のことを知ったものはなかった。
この事件をしらべた警官は、よほど細心な男とみえて、ずたずたに引きさいて、紙屑籠にすてゝあった手紙のかきさしをつなぎあわせて、それを別の紙にはりつけた。それにはこんなことがかいてあった。はじめの文句は略して、この事件に關係のある文句だけよんでみよう。
「――いよいよ千萬圓の出資者をみつけたから、近日中、開業醫をやめようと思っている。これはぬかころこびに終るかもしれないが、まづ十中八九確實のみこみだ――」
この手紙は、かきつぶしのまゝ破ってあるので、誰にだすつもりだったのかわからない。けれども、赤柏がかいた宇にはちがいなかった。それからまた驛をしらべてみたら、三日まえに東京ゆきが二枚うれていた。驛をしらべたのは、出奔發見の翌日のことだから、これが赤柏夫妻のかった切符かもしれないということになる。しかし驛で彼らの姿をみたものはなかった。
もっとも、犯罪の發覺を怖れての出奔なら、驛のような人ごみの場所では、多少服装をかえたり、顏をかくしたりして、人にみられぬよう氣をくばったはずだから、彼らの姿をみたものがないという事實には、たいした價値はないわけである。同様にまた、この二まいの切符は、赤柏には全然關係ないかもしれないのだ。東京驛その他にきゝあわせてみたら、この切符は二まいとも、新宿驛にとゞいていた。
つぎに、この事件が起こる二日まえ、あるほかの事件に聯關して、警察でひとりの前科者をしらべていたら、その男は、いぜんじぶんがピストルをもっていたことはじゝつだが、赤柏が三日まえにそれをほしいといってきたので賣ってしまったので、いまは持っていないといった。そこで警官が赤柏を訪問してきいてみたら、赤柏ははじめは買はないとしらをきっていたが、しまいに白状して、じつは護身用としてかったが、禁止された武器をもつ不安にせめたてられたので、昨日K市へゆくとちう、紙につゝんだまゝ、汽車の窓から河にすてたといった。
河は海へちかく、はばがひろく、捜索するわけにもゆかずまだその時には、三日後に赤柏がこんな事件を起こそうとも思はれなかったので、それ以上ふかく追求せず、ピストルのことは、うやむやに葬られた形であった。
なを、當日赤柏の姿をさいごにみたのは、彼の來診をうけた息者とその家族で、それが午後四時のことだった。
いじょうが土地の警察で調べあげた赤柏にかんする情報であるが、それを要約してみると――
(一)赤柏夫妻が行方不明になった。
(二)彼は事業をはじめたいと思っていた。
(三)そのため資金をさがしていた。
(四)五日まえピストルをかった。
(五)四時以後の行動が不明である。
(六)四時以後に東京行きの切符が二まいうれている。しかしこれは、この事件に關係ないのかもしれない。
(七)彼は近く千萬圓手にはいるかもしれぬとかいた。
(八)いそいで家をでた形跡がある。これは彼の犯罪が計畫的だったにしても、かなり突發的で、不手際に行はれたためだろう。
土地の警察でしらべあげた以上の斷點を綜合して赤柏はピストルでだれかを殺して、あるひは、脅迫して、千萬圓、あるひはそれにちかい大金を得て、妻をともなって東京へにげだした、という風説がだれいうとなく、いつのまにかこの町にひろがったのである。
なるほど、彼は五日まえにピストルをかっている。慌てゝ家を出た形跡がある。近く大金がはいると書いている。だから、そこに犯罪があると解釋するのは無理からんことである。だが、犯罪があるという確實な證據はまだどこにもないのだ。あるひは、ひょっこり、明日ぐらい赤柏が歸ってくるかもしれない。かりに犯罪が行はれたにしても、彼害者が赤柏であるかもしれない。
だから、この風説を完全なものとするには、被害者をさがさねばならぬ。赤柏が五日前に手に入れたピストルでうたれた者はだれか、その死體はどこにあるか、被害者は千萬圓の大金をもっていたというが、そんな大金をもっているものがこの町にあるだろうか、いやこの町どころか、この縣にだって、そんな大金をもったものはないのではあるまいか、こうした疑問を解決しなければ、この風説は完全なものとならないのだ。
それゆえ、警察では、この町、あるひはこの町のふきんに、ちかごろ行方不明になったものはないかと、いちをうは取り調べてみたのだが、そんなものはひとりもなかった。それからまた、千萬圓は十萬圓の誤りではないかと、なんども手紙をだしてみたが、やはり千萬圓は千萬圓で、急いで書いたので十が千になったのではなかった。十萬圓もっている人は、めづらしくなく、したがってこの風説に可能性があるということになるが、千萬圓もった人はまづないといってよい。
こゝに大きな謎があるわけで、だから、なにかの方法、しかもなっとくのゆく理論で、この千萬という數字を解決してしまはなければこの事件の目鼻はつかないのである。
もっとも、こういう事實がありとすれば、この風説に根據ができてくるのだ。すなわち、ある日ひょっこり、この町に縁もゆかりもない人間が、旅人のようにはいってきた。そうして、その男が千萬圓もっていた――
だが、そんな人間があるだろうか? いまどきそんな大金をもった人間が、この町にくるだろうか? ここでこの假定はゆきつまる。そうしてこの事件は未解決のまゝ葬られようとしたのだ。
そこへ飛びこんできたのが、K市の古島警部であった。彼はいまゝでの(一)から(八)までの項目を、いちいち自分で言ってみて、誤りのないことを確めると、さらに一歩すゝめた調査をはじめた。彼の調査法は、てっとうてつび足である。赤柏の世話になった患者のひとりひとりの家を、面倒くさがらずに、てくてく足であるいて訪問して、情報を蒐集するのだった。
これがいまゝでのから威張りする警部だったら、さだめし方々で嫌がられたであろうが、終戰後の警官として、あくまで丁寧、禮儀たゞしかったので、會うひとごとに明るい感じをあたえるのだった。
赤柏が行方不明になった日のまえの日、すなわちなにかの犯罪が行はれたと想像される當日、彼の宅で診察をうけた患者のひとりは、つぎのようなことをはなした。
「わたしが玄關の待合室にいましたら、どこからか電話がかゝって、奥さんがでられましたが、奥さんは電話がすむと、先生のところへ行ってなにか二口三口いって、それからまもなく外出されました」
「電話はどんな話でした、また奥さんと先生は、どんなことを話したでせう。聞えなかったのですか?」
「どちらも聞えませんでした。硝子越しに見たのですから」
「電話口をでた奥さんは、どんな顏をしていました?」
「平生のとをりです」
「どんな服装ででました? なにかもっていましたか?」
「電話をうけた時と同じ洋服で、手にバッグをもっていました」
「何時ごろ?」
「十時」
「いつ歸りました?」
「それはわかりません」
「どうも有難うございました。大變参考になりました」
つぎにある女患者はこんなことをいった。
「これは今度のことゝは、なんの關係もないのですけれど、なんでも話せと仰っしゃるので、お話するのですけれど、行方不明になられる二三日まえ、私の指輪をごらんになって、しきりに寶石の話をなさいました。わたしがその時はめていたのは、ウラルダイアといって、くすんだ紫色のおそまつなものなんですけれど、先生は、ルビーの話ばかりなさいましたの」
「どんなことをいゝました?」
「雀の卵ぐらいの大きさのルビーがあるだらうか、とおたづねになったり、もし、そんなのがあったらねだんは、どのくらいだろうと、おたづねになったりしましたわ」
「まだほかに?」
「ビルマは世界でも有名なルビーの産地だから、復員してかえる兵隊のなかには、あるひはそんなものをもってかえるのもあるかもしれない、などと冗談のように云って笑はれました」
雀の卵ぐらいのルビー? 千萬圓? なんだか聯絡がありそうである。これはあとで頭をしぼって、もっとよく考えてみなければならぬ。どうやら千萬圓の謎がとけそうだ。婦人患者の家をでるときの古島は喜色滿面といっていゝほどの、上機嫌な顏をしていた。
うむことをしらぬ、蟻のように勤勉な古島は、無駄だとは思いながら、こつこつと足とはこんで、驛前の自動車屋へもいってみた。すると、幸運にも、そこの運轉手が、こんなことをはなすのであった。
「あの日の晩方六時ごろ、三十ぐらいの背廣服の方がこゝへこられて、病人ができたから、赤柏へ行ってくれといっておのりになりました。赤柏で二三分まつと、先生がでてこられて、その男といっしょにのられました。ふたりはT驛とH驛とのまんなかの十字路のところで降りて、どこか右のほうへおいでになったようです」
「ふたりでどんなことを話していました?」
「どちらも默りこんで、なにも云はなかったようです」
「若い男はどんな顏をしていました?」
「よく覺えていないのですが、中肉中背で、特徴のない顏で、口髭はなかったようです。眼鏡もかけていません」
「有難う。たいへん参考になりなした」
じっさい参考になった。赤柏が若い男と、タクシーである地點へ行ったという新事實がわかったからである。それに、今まで赤柏の姿が最後に見られたのは午後四時ということになっていたが、これで、それが、六時に訂正されることになった。
K市から古島がきて、赤柏にかんする、あらゆる情報をあつめているということをきいて、わざわざこんなことを、警察にしらせにきた百姓もあった。
「行方不明になる一週間か十日ほどまえのことです。わたしはあのひとが若い男とふたりでだんぼのみちを歩いているのに出會ったのです。赤柏さんは回診の歸りでしょう、自轉車を押していました。そのときふたりがとても妙な話をしていたので、いまから考えて、どうもおかしいと思うのです。若い男は笑いながら、「いったい彈丸の所有權はどこにあるのです?」といゝました。
すると赤柏さんが、「そうですね、まづ第一がうたれたひと、つぎがうったひと、第三が手術で彈丸を抜きとったわたし、第四が、あなた、と。この四人のうちの誰かひとりに所有權があるわけですね」と、こんなおかしなことを云っていました」
まいにち赤柏の來診をうけていた、町を一里ほどはなれたある百姓家の老婆は、つぎのような晴示的な話をした。
「一週間ほどまえのことです。先生が自轉車で、わたしのうちからお歸りになって、二十分ほどたってふとたんぼなかを見ますと、ほら、あすこですよ。あのなかゝら三本目の電信性のあるへんです、あすこを先生がやはり洋服の男とならんで、あるいていらっしゃるのが見えましたが、そのとき先生はふと立ちどまって、後ろを指さして、なにか説明してをられました」
これはなんでもない、無意味な情報らしくもあった。
だが、こり性の古鳥は、わざわざ老婆をその地點まで案内させ、赤柏が指さしたと同じ方向を、指ささせたのである。そうして、古島は怖ろしい顏をしながら、その指さされた方向を、いつまでもいつまでも、さながら魅惑されたように、默ってみつめるのであった。
その晩、警察署にかえった古島は、急にいそがしくなったように、八方に長距離電話をかけた。熱にうかされたような速度で、長文の電報をかいた。
それと同時に、いまゝで彼が蒐集した情報を、短かい項目にして書いてみた。(一)から(八)までの、土地の警官が調べあげた項目のほかに、あらたに次のような項目ができたわけである。
(九)ルビーの話。
(十)午後六時、若い男とタクシーである地點に行った。
(十一)それが午後六時だから(六)の午後四時は訂正されなければならぬ。
(十二)彈丸の話。
(十三)たんぼなかである方角を指さした。
(十四)若い男というのは、いづれも同人らしい。
(十五)十時に夫人が外出した。
古島はその警察署の火のけのない一室にとじこもって、薄暗い電燈のしたで、片手に鉛筆、片手で頭をさすりながら、夜がふけるまで考へつゞけた。彼はこの十五の項目の、いづれをも完全に滿足させるひとつの假定を考えはじめたのだ。
それは、數學の問題で、二つの角とそれをつなぐ線をあたえられて、原形と同じ三角形を描きだすようなものであった。小説のなかに、課題小説といって、題をあたえられて、短かいストーリーをかくのがあるが、これは、十五の項目にぴったりあてはまるような、ひとつの必然性をもった有機的なストーリーを組みたてるのであるから、ちょっと骨が折れるのである。
いつまでたっても.彼の考えは、まとまりそうもなかった。時間的に項眼を配列してもみた。氷のように冷たくなった番茶を、なんども茶碗についでのんだ。だが、そのうち、方々から電報の返事がとゞいた。その返事のひとつをよんだ古島は、急轉直下、ついにまんぞくな解答を得たのである。それが夜半の一時ごろのことだった。
あくるあさ、ベッドからはねおきた彼は、ある場所の發掘を命じ、ある場所の張りこみを命じた。そうして、この事件は一擧に解決されたのであるが、あとでわかった犯罪の眞相は、彼の假定とぴったり合っていたのである。
では、この犯罪はどういうふうに行われたか、順を追ってはなしてみよう。
電話がかゝったときには、赤柏はもう寝入っていた。
「あなたお電話ですよ」
「うん」
「ちょっときてみてください」
「どこから?」
「どこからか、わたしがきいても云はないのです。ぜひ、あなたに電話口まででてくれというのです」
赤柏は夜の電話がいやだった。夜の電話は急病にきまっているが、このごろは自轉車に灯がつかぬしむこうへ行っても、よく停電でまごつくことがある。彼はしぶしぶ起きあがって、受話器をにぎった。
「もしもし」
「はい」
「先生ですか?」
「はい」
「わたしは戰爭で彈丸をうけて、いちじ直っていたのですが、またこのごろ痛みだしました」
「はい」
「彈丸をぬいていたゞきたいのですが」
「まだ彈丸があるのですか?」
「そうです」
「どうして技いてもらはなかったのです?」
「それは軍醫にきかぬとわかりませんが、そのとき忙しかったのでせう。そのうち傷口が直ってしまったのです。私も彈丸はもう抜いてしまったのかと、始めには思っていましたが、ちかごろ痛くなったのではじめて彈丸がまだ殘っていることがわかったのです」
「砲彈の破片ですか、小銃彈ですか?」
「小銃です」
「ばしょは?」
「ビルマ――」
「いや、彈丸のあるばしょです」
「背中です」
「それはやっぱり、K市へおいでになって、レントゲンのある大きい病院で手術なさるんですね」
「あなたのところでは、彈丸をとってもらえませんか?」
「おいそぎでしたら、拝見したうえで、なんとかしてあげますけれどね、なるべくK市の病院へおいでになったほうがいゝでせう」
「そうですか。よく考えてみませう。有難うございました」
往診でなかったので、赤柏はほッとしたきもちだった。
そうして、すぐまた寝床にはいった。
その翌日、赤柏が自轉車に鞄をつけて、回診してまわっていたら、郊外のたんぼみちで三十ぐらいの洋服をきた男が、歩いているのを追いこした。すれちがったと思うと、その男があとから呼びとめた。
「失禮ですが、あなたは赤柏さんじゃありませんか?」
「そうです」
「もしやお宅へ、復員して歸ったばかりの男が行かなかったでしょうか?」
「さァ、だれでせう」
「戰地で負傷したんですが、彈丸がまだ技いてないんです」
「あゝ、電話で昨夜そんなことをいってきた人がありましたよ。K市の病院へ行けといってやりましたが」
若い男は急に興味をもってきて、
「やっぱり電話をかけましたか? で、手術をお斷わりになったのですか?」
「急ぐならなんとかしてやるが、なるべく大きい病院へ行けといっときました」
若い男は笑いながら、
「そんなら先生のところへ來ますよ。この町には、いま外科醫がないのですから」
「あなたは? 失禮ですが――」
「私はこういうものです」
さげていた鞄をもちなをして、ポケットから名刺をだしてわたした。
東京のある會社の土木技師、貝塚雄三郎とかいてあった。
「東京からおいでになったのですか?」
「そうです」
「ご友人ですか?」
「まァ、そんなものです。あなたはこれから町へお歸りになるんでせう。私もそこまで行きますから、ごいっしょにまいりませう」
赤柏が自轉車を押して歩くと、貝塚もならんで歩きだした。
「じつは、あなたにお會いするために、東京からきたのです」
「どんな御用事ですか?」
「これは内密の話なんですけれど、あの彈丸をお技きになったら、それを私に渡していたゞきたいのです。こんなことをいうと、不思議にお考えになるかもしれませんが、なに、たいしたわけはないのです。たゞ、ちょっとした記念にあの彈丸がほしいのですよ。いかゞです、彈丸をくださいますか? くださるなら、お禮はむろんいたしますがね」
「どうして記念になるのです?」
「なにもおたづねにならないで、默って私にわたしていたゞきたいのです」
「本人がそれを承知するでせうか?」
「本人に彈丸の所有權があるでせうか?」
「あはゝゝ」と赤柏は大きな口をあけて笑った。「こりゃ面白いことになった」
むこうから、ひとりの百姓が鍬をかついでやってきた。すれちがいざまに、じろじろふたりをみた。
百姓が通りりすぎてしまうと、赤柏はさらに言葉をつゞけて、
「そうですね、彈丸の所有權はどこにあるのでせう。第一が本人、第二がどこの兵隊かしりませんが、それをうった兵隊、第三がもし私が手術で彈丸をぬきとったとすれば私、第四があなた、と、この四人のうちのだれかに所有權があるわけでせうが、どうも常識的に考えて、私はあんな彈丸は、本人に所有權があるように思うんですがね――」
そういって赤柏はまた笑った。
「いや、あなたばかりじゃない。誰でもそういゝますよ。誰でも本人に所有權があるように考えます。ところが、じつは、この私に所有權があるのです。これだけの説明じゃおわかりにならぬかもしれませんが、とにかく、患者から彈丸をぬきとると、默ってそっと、私にわたしてくれませんか。彈丸とひきかえに五千圓のお禮をいたしましょう」
「いちど手術を斷ったのですから、私のところへは來ますまい。かりに來るにしたところが、本人がそれをくれといえば、本人にわたさなければなりませんからね」
「よろしい。では、こういうことにしましょう。とにかく手術に私が立合って、彈丸がとれたら、私がそれを受けとる。それと同時に、私はほかの彈丸を用意して、あなたにわたしておきますから、もし本人がほしいといったら、それをわたしてください。そして、あなたが患者からいくら手術料をおとりになろうと、そりゃ御勝手ですが、私はそれとは別に彈丸のお禮として五千圓さしあげます。いかゞです、これで話がきまったことにしてくださいませんか」
「でも、おそらく、わたしのところには來ますまい」
「いや、こう話がきまったら、私が本人にすゝめてぜひあなたのところへこさせます」
それからしばらく話すと、赤柏はこの男と別れて、田舎道に自轉車をはしらせた。そうして、その晩はなぜ貝塚が彈丸をほしがるのか、その理由ばかり考えてみた。考えても考えても、赤柏にはその理由がわからなかった。
ぞの翌日、おなじ時刻に、またふたりはおなじ田圃道でいっしょになった。
赤柏は自轉車から降りて、貝塚とならんで歩いたが、貝塚がほかのことばかり喋って、昨日のことを切りださないので、
「あの男はまだきませんよ」と、赤柏のほうから催促するようにいった。
「ご心配かけましたが、昨夜本人と話しあった結果私が手術することにしました」
五千圓をふいにした、赤柏はかるい失望をかんじた。
「でも素人の手術はちょっと危險ですよ」
「これでもずぶの素人じゃないんです。ビルマで衛生兵をやっていたころは、じぶんで彈丸の摘出ぐらい、なんどもやったことがあるんです。たゞ、麻醉劑や手術道具がありませんから、手術するとき貸してくださいませんか。お禮は十分いたしますから」
「しかし、どうしてそんなに彈丸が大切なんです? わざわぎ東京からおいでになって、自分で手術なさるには、なにかふかい理由があるんでせう。本人には秘密で、あなたが彈丸をほしがっていられるのも私には不審でならないんですが」
貝塚は笑いながら、
「あなたはそれをどんなふうに想像していられますか?」
「むろん、私にはわかりませんよ。想像もつきません、しかし、あなたは、本人に内證で彈丸をくれるなら、五千圓だすとまで云はれましたが、これにぴったり當てはまる場合がひとつあるのです。それはですね、かりに同じ中隊にAとBとCの三人の兵隊があるとして、AとBは仲がわるい。Aにたいして深い恨みをいだいているBは、ある夜間の激戰に自分の銃でAを射撃する。Aは味方のBに撃たれたとは思はないで、敵に撃たれたものとばかり思っている。
けれども、もしその體内から摘出した彈丸をみるなら、あるひはそれが敵の彈丸か味方の彈丸か見分けがつくかもしれない。御承知のごとく、日本の小銃彈は外國のより小さいですからね。それでBがその點を心配して、自分で手術に立合うことはできないから、Bの友人Cに秘密を打ちあけ、Cに彈丸をとってもらうことにした。いかゞです? こんな場合があるとすれば、あなたがCで、あなたの仰っしゃることは、もっともだと、私にうなづけるのですが――」
貝塚は笑った。
「なるほど、お考えになりましたね、そりゃ、そんな場合もあるかもしれませんね。しかし五千圓だしても一萬圓だしても、本人に秘密で彈丸がほしいという場合は、まだほかにもあるのです」
「どんな場合です?」
「よろしい。じゃ話しましょう。この秘密をしっているのは世界で私一人なのです。いま私が話せばあなたと二人ということになります。これは誰にも話すまいと思っていたのですが、あなたとはこんな行きがかりになりましたし、それに、いまお話しのような、疑惑の目でみられちゃ、氣持ちがわるいですから、思いきって話しましょう。秘密はぜったいにまもってくださるでせうね?」
「それは、もう――」
人通りのまったくない、田圃道をあるきながら、貝塚はこんな不思議な物語りを、はじめるのであった。
「わたしは衛生兵としてビルマのナモンという海岸の町の病院にいたのですが、ナモンはいゝ町ですね。海岸の散歩道にずらりとならんだトラヴリングトリーの美しさ。病院の庭のタマリンドの木蔭の涼しさ。炊事場にはアリという印度人のコックがいて、口にいれると舌が痛いほど辛いライスカレーを作ってくれましたが、でも、あのライスカレーは素晴しかった。羊や鶏のはいっている時は本當にうまかった。折りがあったら、私は、もいちどあのナモンに行ってみたいですよ。
まあ、そんなことは、どうでもよいとして、終戰と同時に、いまから思えば、馬鹿らしいような流言がつたえられ、みんながそれを信用してしまったので、私たちは、深夜ナモンを脱出することにしたのです。人員は軍醫が二人、衛生兵が三人、患者の中尉が一人、この六人が、廣東にかえる密輸船のジャンクを買収して、シンガポールまでのせてもらうことにしたのです。シンガポールまでかえれば、あとは樂々日本に歸れるというのがそのころの風説だったからです。
金はどうして工面したのか軍醫ふたりが、莫大な金を、ジャンクの船頭に握らしたらしいです。船頭は三人でした。ナモンを出帆した時から、あまりかんばしくなかった天氣模様は、四日目にいよいよ颱風となり、とうとうその晩、私たちのジャンクは、轉覆してしまったのです。私はひとりの軍醫といっしょに、大きな板にとりすがって、夜の明けるのをまちました。夜が明けても、波が高いためか、それとも私たちが、ちりぢりに押し流されたためか、轉覆したジャンクの殘骸も、生きのこったものゝ姿もみえません。
たゞ、東のほうに、大きな島が見えるので、私たちふたりは板にとりすがったまゝ、そのほうに泳いだのです。島に泳ぎついたのは、翌日の朝でしたが、そのときには、へとへとの病人になっていたので、海岸の砂の上にある鳥の卵をたべると、一日寝ていました。疲れがなをると、ふたりで山にのぼってみました。そこは直徑五里ぐらいの無人島で、人はひとりも住んでいませんが、東海岸に漁師がたてたような小屋があります。北には大きいのと小さいのと、二つの島がみえましたが、そこまでどのくらいあるのか、遠くて距離の判斷がつきません。
ちょっと熱海へんから大島を望んだような格好でした。しかし、とにかく、ほかの島もみえるのですし小屋もあるくらいですから、いつかは助けてもらえるだろうと、希望をつないで、ふたりで慰めあいながら、無人島生活をはじめたわけです。さいわい、海岸にはいつも無數の海鳥がむらがって石ひとつでつかまえることができるので、食糧には困りませんでした。つれの軍醫は、私と同年ぱいの若い中尉で、島の生活をはじめたころから猛烈な消化不良で、骨と皮とになっていましたが、一月ほどたつと肺炎で死んでしまいました。
その軍醫が、いきをひきとるまえに、私の手をにぎって、こんなことをいったのです。しぶんはチェンカムにいるとき、ビルマの富豪の生命をたすけて、そのお禮に、大きなルビーをひとつもらった――その富豪の名はきいたのですけれど、忘れてしまったのです――ルビーは雀の卵ぐらいの大きさでイギリスのお金で最低一萬ポンド、同じ大きさのルビーをもっているのは、もと印度總督をしていたリーズヂール卿だけだそうです。しぶんは終戰の報がつたわるとともに、このルビーの始末にこまった。
一日のうちに、完全にどこかに隠してしまはなければならなかった。それで、慌てゝある患者の、小銃彈をぬいたそのきづあとに、消毒したルビーを、なににも包まないで隠してしまった。傷はもう直っているだろう。その男が生きていれば、いつかは日本にかえるだろう。あなたもその頃は、救はれて日本へかえるだろう。しぶんには親も兄弟もなく、たゞM市の市長をしている伯父があるだけだ。
遣骨はどうかその伯父にとゞけてくれ。ルビーは今までの親切にたいするお禮として、あなたにさしあげる――と、かういうのです。私はあとの證據となるようなものがほしかったので、そばにあった鳥の羽根のペンにイカの墨のインキをふくませて、軍醫にわたしシャツの破れにこんなことをかいてもらったのです」
そういながら、貝塚はポケットから手帳をだし、その頁の間からきたなくよごれたぼろぎれをだしてテーブルの上にひろげ、
「そうして、それから二週間たって、私はイギリスの飛行機に救われて、シンガポールから日本へ歸ったのです。あとでわかったのですが、その無人島というのは、メルグイ群島のひとつだったのです」
テープルの上にひろげた葉書大のぼろぎれには、判讀にくるしむような文字で、まづ患者の原籍と姓名をかき、右の者の體内にあるルビーを、貝塚雄三郎君に進呈するとかき、さいごに年月日と、その軍醫の名をかいてある。
赤柏はしばらくそれを眺めていたが、
「じゃ、いま患者の背中にあるのは、彈丸でなくてルビーなんですね?」
「そうなんです」
「本人はそのことをしっているんですか?」
「なんですか?」
「寶石がじぶんの體のなかにあるということ」
「むろん、しりません。でもきいてみるとこのごろ背中がときどき痛むといゝますので、それで私がまだ彈丸が殘っていると云ってやったのです。それを信じて、あなたのところへ電話をかけたのです」
赤柏は珍しい話だと思った。戰爭中には、不思議な話が數々あったけれど、これなぞは奇中の奇にちがいなかった。
「一萬ボンドといったら、日本の金にしてどのくらいでせう?」
と、しばらくして赤柏がきいた。
「さうですね、いま爲替相場がきまっていないのでわかりませんが、圓の價値は相當下落しています。かりに一ポンド千圓とすれば、千萬圓というところでせうな」
「ほォ、そりゃ、目をまはすような大金だ。ビルマの奥地は世界でも有名なルビーの産地だということは、誰からかきいたことがありますよ」
「そんなわけで、大切な物を掘りだす手術なんですから、あなたにかぎらず、どこの醫者の手もかりないで、じぶんでやることにしたのです。しかし、私はいま宿屋ずまいなんですが、どこで手術したものでしょう。本人は狹いバラックに、たくさんの人と雜居しているのです。なるべく人のこない場所で、秘密にやりたいのですが――」
「私のうちで手術なさったたら?」
「御迷惑かけちゃすみません」
貝塚は、赤柏が手術にたちあうのを、いやがっているらしかった。
それは、下手な手術を、専門家にみられるのを、嫌がっているようにもとれたし、寶石の分前を要求されるのを警戒しているようにもとれたが、赤柏はふと、これにはもっと質のわるい底意があるのぢゃあるまいかと考えた。もし手術に失敗したら、この男は患者をその場で殺すぐらいの覺悟をきめているのではあるまいか。千萬圓は大金である。それくらいの覺悟はしているのであろう。
赤柏の胸の底の、意識のとゞかぬところで、先ほどから妙に不安なものが蠢めきそめていたのだが、それが、こんなことを考えているうちに、意識の表に頭をもたげてきた。
いま、この男は、誰もこぬ秘密の場所で、千萬圓の手術をしようとしている。この秘密をしったものは世界でこの男とじぶんの二人きりなのだ。だからピストルひとつあれば、その千萬圓の寶石は、この男の手をはなれて、やすやすとじぶんのものになるのだ。じふんはピストルをポケットに忍ばせて、彼が手術している場所へ、のりこみさえすればいゝのだ。
赤柏は、なるべく人里はなれた淋しいところへ誘導して、この男に手術をさせたがった。しかも、そんな場所をむこうからのぞんでいるのだ。
ふと思いついて、赤柏は、きたほうを振りかえって、
「邪魔ものがこないところなら、あの紡績工場のあとがいゝでせう」
と、はるかな山のふもとの爆撃された工場のあとを指さした。
赤柏はそこにトンネルのような細長い地下室のあるのをよくしっていた。あすこなら、ピストルを五發や六發うっても、誰もきづくものはなからろう。
それから二三日たつても、貝塚からはなんのたよりもなかった。赤柏は手術のときは貝塚が手術道具を借りにくるだろうと、その點は安心していた。
一週間ほどたったある日の夕方、だしぬけに貝塚がタクシーにのってやってきた。
赤柏が玄關にでると、挨拶のあとで貝塚がこんなことをいった。
「私が手術をやりかけたんですが、どうも氣遅れがしていけません。これからひとつ、いっしょに行って手術してくださいませんか」
それみたことか、衛生兵なんかに手術ができてたまるものか。いよいよ決行の時期がきたと思うと、妙に胸さわぎがする。その胸さわぎを抑さえながら、赤柏はわざと落着きはらって、
「いまちょっと困りますな。家内が親威へいって、私がひとりなんです」
貝塚は唖然となったような顏をした。若いとはいゝながら、留守がないからでられぬとは、なんという貧そうな醫者だろう。女中も看護婦もいないのだろうか。こんな醫者に大切な手術をまかされるだろうか。そんな疑惑が、貝塚のひとみに、あらわれたようにみえた。
赤柏はなだめるように、
「でも折角ですから、行ってあげましょう。戸締りしますから、外で待っていてください」
玄關の戸締りをすると、診察室にはいって、手術道具を鞄にいれ、それから隠してある埼所からピストルをだして、彈巣をしらべてみた。六發はいっている。二人の人間を殺すには二發の彈丸で十分だ。あとの四發は豫備である。もししくじったら、これで自分の頭蓋骨をうちぬかねばならぬ。ピストルをポケットにしまうと、裏の勝手口からでた。
そとはたそがれ。タクシーのなかではふたりとも固くなってなにも云はなかった。鐵道線路にそってはしること十分間二つの驛の中間の十字路のところまでくると、貝塚は車をとめさせ、赤柏をともなって外にでると、運轉手に金をはらった。
「こっちです」
ふたりは肩をならべて、右に折れた。タクシーは爆音たてながら、十宇路で方向をかえると、もときたほうへひきかえした。
「どこですか?」
「あなたに教えていたゞいた工場のあとです」
海のように廣々とした田圃のむこうに低い山があって、その山の端に工場のあとがみえる。もとはコンクリートと煉瓦の廣大な建物だったのであろうがいまは爆撃されて、みるかげもない殘骸を、夕燒の空にうかびださせている。
「手術のあとで、寶石のことを本人にしらせますか?」
「いや、しらせるとお禮が厄介です。彈丸いってんばりで通しましょう。ほら、こんなものまで用意してきたのです」
貝塚はズボンのポケットから、古い彈丸をだしてみせた。
「でも、よくあなたを信用して、手術をうける氣になったものですね」
「ところがむこうは私を軍醫だと思っているのです。私がビルマで手術した軍醫を個人的に知っていたり、あちらの病院のことをよく知っているので、その友人の軍醫だといったら、すぐ信用してくれましたよ」
山の麓にたどりついたころには、妙に陰氣な夕闇があたりにせまっていた。工場の構内にはいると、しばらく崩れかけた煉瓦の壁にそってあるいた。ところどころ、あめのように曲った鐵筋を露出して、怪獸のような大きいコンクリートのかたまりが、ふたりの行くてをはゞんだ。
コンクリートの段を下ると、地下室のトンネルである。先にたつ貝塚は、懐中電燈でてらしながら、煉瓦の小山をよけて進んだ。天丼のコンクリートに大きな孔があいて、そこから灰色の空がのぞきこんでいる。
そこを左に折れて、十歩ほど前進すると、貝塚のかざす電燈の光芒のなかに、ぼんやりと白いものが照しだされた。
「これですよ。こゝに寝ているんです」
「なるほど」
壁際においた、燒けのこりらしい鐵のベッドの上に、マトレスもしかないで、息者が寝そべっている。よくみると、寒さをふせぐために、全身を毛布でつゝんで、背中のいちぶだけだしてはいふさり、息をするごとに、その毛布がかすかに動いている。
「あ! もう麻醉劑をかけてあるのですか?」
「そうです」
どこから麻醉劑を手にいれたかきゝたかったが遠慮した。貝塚がマッチの火を蝋燭にうつしているあいだに、赤柏は鞄から手術道具をとりだした。まだピストルをだす時期はこない。萬事は寶石をとりだしてからである。
「レントゲンはすんだのですか?」
「そんなもの、必要ありません。下から三書目の肋骨のました、背骨から四センチ右――こゝです。軍醫もメルグイ島でそういゝましたし、患者もこゝを押すと痛いといってます。前から彈丸がはいって、この骨でとまったので、ビルマで彈丸をぬくときには、前からぬきましたが、もう傷が癒着していますから背中からぬくんですね」
赤柏は敦えられたところを、指で押してみながら、
「こゝなら大したことはない。五分間ぐらいで手術できる――」
「でも、ブルーテンすると厄介ですよ」
「なあに――あなたブレスをみていてください―一」
そういって、赤柏は皮膚を素早く消毒して、肋骨にそって三センチほどメスをいれた。
貝塚は時計をみて、「七時十五分」とつぶやいた。
それから、顏を蝋燭にちかづけて、ぷッと灯をふきけした。
「どうしたんです?」怒氣をふくんだ聲で、赤柏がとがめた。
「赤柏さん」と、闇のなかで、妙に落着いた氣味わるい貝塚の聲がきこえた。「あなたがいまの奥さんと結婚したのは、三年まえの十月だから、眞壁金之助が死んだという公報のあったのちのことです。だから、私はそれはとがめません。けれど、事實上は公報があるより、一年もまえから結婚していました。これは許せない。絶對に許せない」
「だれです、あたたは?」
闇をみつめながら、いきをはづませて、赤柏がきいた。
「眞壁金之助」
というのが、闇のなかから響いてきた答であった。
「眞壁金之助は死んだはすだ」
「それがほんとうなら、私は金之助の幽靈でしょう」
「ルビーの話は嘘だったのですか?」
「むろん、嘘です。こゝに寝ているのは、あなたの奥さんですから――」
! ! !
赤柏は聲をめあてに、三發つゞけさまに、ピストルをうった。だが、もうそのころは、金之助が遠のいていたのであろう。手答えはなかった。つぎの瞬間大きな石を、なにかに打つけるような音がしたと思うと、樽の底板を一枚はがして、そこから水を漏らすように、がらがらと煉瓦の崩れ落ちる音がしはじめた。その音は加速度をもってだんだん大きく、まぢかにせまり、ついに赤柏とその妻を、深い深い煉瓦の墓の底に埋めてしまったのである。
そよ風にふかれて、さわさわと柿の葉がそよいだ。その音はシューベルトの「ほだい樹」の伴奏ににていた。
だが、この世では蒔いた種は刈らねばならぬ。それから五日目に金之助は逮捕された。逮捕したのは古島警部であった。古島は十五の項目だけでは決論が得られなかったので、電話と電報で赤柏夫婦の身元をしらべた。そうしたら、死んだはずの夫人のまえの良人が、最近歸っていることがわかったのである。井戸のつるべ綱みたいな、ごつごつした太い綱が、金之助の咽喉にまきついたと思うと、目のまえに五彩の星のような火花がちって、金之助の息の根は、完全にたえてしまった。
かつて、金之助は、黒々としげった大きなばだい樹の技から、首を吊った男がぶらさがっている古いドイツの繪を、どこかでみたことがあるが、ちょうど、いま、彼はその繪のように、大木に首を吊られて、わらゆらと動いているのだ。だが、しぶんは死んでいながら、どうしてじぶんの姿がみえるのだろう。じぶんの姿がみえるとすると、じぶんはまだ生きているのであろうか――
柿の水蔭でやすんでも、金之助の疲れはなをらなかった。それは六年間の苦勞と心配が、つもりにつもった、ひとつの大きな疲れだった。夢ともつかねばうつゝともつかぬ妄想を振りすてると、彼は力なく起きあがって、憂鬱な顏をして山をくだった。
じぶんの家にはいるのが怖わかった。けれども、やはり、はいらねばならぬ。主人が死に、妻の去った家には、なつかしい母の門札がでていた。
「たゞいま」
「はい」
いがいにも、三年前に去ったはずの妻が姿をあらわした。
「まァ、生きていらしたの?」それからうしろにむいて、「お母さん!」
その晩、夕貪のとき、金之助がいった。
「内地からさいごにうけとった手紙に――あれは木山君からの手紙で、それがめぐりめぐって、ぼろぼろに破れて、私のところへとどいたのだが、それにお前がよそに嫁入ったようにかいてあったが――」
「まァ、いやな、だれかのいたづらよ、あゝ、妹のまちがいだわ、妹が三年まえに醫者のうちへ嫁入ってゆきましたから」
(了)
注)明かな誤字誤植は修正しています。「〜え」とあるのは「〜へ」と変更しています。
注)句読点は追加したところがあります。
「日本に於けるスレイター事件」
「ロック」 1948.08. (昭和23年8月) より
あさから雪でもふりそうな空模様だったのに、暮れがたから霧のような冷たい夕もやが街々をつゝんだので、急に日がくれたような感じだった。その男は配給の兵隊服をきていた。このごろは誰でも兵隊服をきるので、職業のみわけがつかないが、そばによってよくみるなら、荒れた手の指、素朴な目つき、この男が土地の若いい百姓であることがすぐわかるのである。こゝろよい空腹と、かすかな疲れををかんじながら、彼は停車場をでると、こまごました店のたちならぶ街を通りぬけ、河風のふく長い橘をわたって、果物屋のところを右におれた。
この若い百姓のちょっとまえを、ひとりの少年がハーモニカをふきながら、やはり同じ方向にあるいていた。その少年はあとをふりかえって百姓をみると、またハーモニカをふいて歩きだした。いままで氣づかなかったが、百姓は驛を出たときから、ずっとハーモニカをきゝつゞけてきた記憶があるから、しらずしらずにこの少年のあとを追っていたのであろう。しばらくゆくと、その子供は赤いポストのそばを左におれたが、彼が歸ってゆくところも、その方向だったので、同じように左におれた。人通りのない淋れた街であった。
また少年がふりかえった。そうして、今まで吹いていたハーモニカをポケットに入れると、すこし歩度をはやめてあるきだした。この少年の氣持ちはよくわかった。こんな經驗は彼にもある。淋しい街を同じ速度でいつまでもついてこられると氣持ちのあるいものだ。だから、もしさきに歩いているのが大人だったら、彼もこんな場合、わざと歩度をゆるめるぐらいの、こまかい心使いをしたであろうが、あいてが子供だったので、そんな遠慮をする必要はあるまいと考えた。
それどころか、ひとつこの子供をおびやかしてやれという、三十近い百姓にしては、あまり感心できぬいたづら氣をおこして、彼も子供と同じように歩度をはやめて歩きだしたのである。
少年はまたふりかえった。
そうして.こんどはほんとに走りだした。
ふきだしたいようた氣持になって、彼も走りだした。
すると、このとき不思議なできごとがおこった。少年がこわきにかゝえていた木の箱を道ばたに棄てたのである。箱は一二度廻轉して水のない一尺ぐらいの深さの溝におちた。それは蜜柑箱ぐらいの大きさのしっかりした木の箱で、十文字に綱をかけてあった。彼は氣の毒になった。わるいことをしたと思った。そうして箱をひろいあげると、少年に返してやろうと思って、
「おゝい、これを落したのはお前だろう」
と、わめきながら、あとを追いかけた。
二三の通行人が不審らしく立ちどまってみた。
「おゝい」
そのうちむこうから巡査があるいてきた。
「どうしたァ」
巡査は少年のまえに立ちどまった。少年も立ちどまって、默って巡査の顏をみていた。
そこへ若い百姓がかけつけて、
「この子が箱を落したまゝ走るので、渡してやろうと思って、追っかけてきたのです」
少年は泣きだしそうな顏だった。
「そうじゃないのです。なにもしないのに、この人が追っかけてくるので、怖いので逃げていたのです」
「どうも可笑しい」と巡査はふたりの姿をじろじろみた。「この箱のなかになにがはいっているのだァ」
「しりません」と少年がこたえた。
巡査は微笑した。
「しらない? 自分のものでありながら、なにがはいっているか分らないのか? 本當に自分のものなら、なにも人が追っかけるからといって、箱をすてて逃げるには及ばないだろう。どうも怪しい。ふたりともそこの交番まできてください」
やっかいな事件にかゝわりあったとは思ったが、しかたがないので.若い百姓は子供といっしょに交番へ行った。
交番であらためて訊問がはじめられた。百姓は用事で近くの町まで汽車で行っての歸りみちであること、少年が妙な目つきでふりかえるので、からかいはんぶん追っかけたこと、少年が箱をすてたことなぞ、ありのまゝに話した。
巡査は彼の説明で滿足したらしい。こんどは少年の番である。少年は言葉をにごらして容易に實をはかなかった。なるほど後から人が尾行してくる。それが淋しい街なら、子供心にその人を怖れて、つい走りだすという心理は、うなづけないこともない。しかしそれだからといって、なにも荷物を投げだして逃げる必要はないように思はれる。また、箱のなかの内容を知らぬというのも、怪しめば怪しめないこともない。巡査は根ほり葉ほりひつこく追求した。
ついに少年が觀念して白状した。
「すみません。この箱には米がはいっているのです」
はじめてわかった。
「ふうん」と、巡査が唇をまげて、妙な顏をした。
「どこから買ってきた?」
「私が買ったのぢゃないのです。伯母さんがきのう米の安い奥のほうへ行きましたので、それにたのんで、買ってきてもらったのです。伯母さんは今朝かえったのですが、家が私の家とはなれているので、この米を驛の一時預所にあづけ、チケットだけ、お父さんの勤めているところへ、ことづけてくれたのです。
それからお父さんが家へかえって、私にチケットを渡して、米をうけとってこいと云ひましたので、それでいま受けとってかえってきたところなんです。そうしたら、あとからこの人が來るので、警察の人だろうと思って、怖くなって逃げだしたのです。米をすてさえすれば、つかまえられないだろうと思って、それで箱をみちばたにすてたのです」
巡査はやっと得心がいったというようにうなづいた。
「どのくらいはいっている?」
「それはわかりません」
これで巡査にはいきさつがのみこめた。だが箱の内容物が禁制品だとすると、こんどはあらたに、そのほうの取調べをはじめなければならぬ。
彼は十文字にしばった網に手をかけて持上げてみた。
「かるいな。どら、どのくらいはいっているか、あけてみよう。少しだったら持ってかえってよろしい」
綱をほどいて、どこからか金槌をもってきて、巡査は苦心のすえに箱のふたをあけたのである。
なかからでてきたのは、米ではなくて、新聞紙をぼろに包んだものであった。三人が三人とも、それぞれちがった氣持で、それをのぞきこんでいたが、米でなかったのにいちばん驚いたのは少年であったろう。
ぼろのつゝみをほどくと、人間の右足をくるぶしのところから切斷したものがでゝきたのである。
ごみごみとした田舎町の、みすぼらしい場末の二階を間借りして、根本という男が、つい二三ヶ月まえにいっしょになったばかりの妻とふたりで暮していた。彼は毎日ちかくの木履工場に通っている職工であるが、木材のブローカーのようなことをして、最近小金をためたという評判である。
そのためか、このごろ工場をよく休むようになり、毎晩のように濁酒をのんで、夜分友人がたづねると、たいてい陶然として赤くなっていたという話である。細君は夕食がすむと、親戚の牛乳屋に、牛乳の賣れのこりを、安いねだんで買いにゆく。それがいつも、十分かゝる。その三十分の留守中に、根本が惨殺されたのであった。
細君は警官にきかれるとこうはなした。
「わたしの家の階下は土間で、もと家主の高杉さんが、綿打機械をすえていたのですが、いまはなにもおいてありません。そこの雨戸をあけると、その土間に下駄をぬいで、すぐ階段をあがれるようになっているのです。階段をあがると、みぎてにふすまがあって、そこが八疊、そのつぎが三疊、二階はそれだけで、その二階をわたしどもが借りて住んでいたのです。炊事は裏の井戸ばたですることもありましたが、二階の手摺のそばに火ちりんをおいて、おもにそこでしていました。
その日、主人はいつものように五時にかえってきて、夕食をたべました。夕食がすむと、わたしはいつも牛乳をもらいにゆきますので、その晩も空瓶をもってそとにでました。それが六時ごろのことです。歸ってみますと、うす暗い雨戸のそとに、家主の高杉さんが立っているのでびっくりしました。高杉さんはとなりに住んでいるのです。高杉さんは、いま夕食をたべていたら、あなたのうちで大きな聲がしたので、二三度呼んでみたが返事がないので、心配しているところですといゝました。
わたしはいま主人がひとりですから、そんなはずはありません。よそでしょうといって、雨戸をあけてなかへはいり、階段のしたで下駄をぬぎました。そうしたら、階段のうえのふすまがあいて、見たことのない男がおりてきました。その男はふすまをしめると、べつにいそぎもしないで、ゆっくり階段をおりました。わたしは階段のしたにたって、その男がおりるのを待っていました。階段をおりると、わたしにむかって低い聲で、「さようなら」といいますので、わたしも「さようなら」といいました。
それから、下駄をはいたのか、草履をはいたのか、はきものをつっかけると、雨戸をあけてそとにでました。二階には電燈がありますが、下は暗いので、その男の顏をみたのは、二階のふすまがあいているちょっとの間だけだったのですが、戰闘帽に外套をきていました。帽子の色は国防色、外套は黒だったでしょう。はきものはよく分りませんが、靴ではなかったようです。せいの高さは主人と同じぐらいでしたから、五尺二寸か三寸でしょう。
體は外套をきているので、むっくりしていましたが、顏は細長いほうで、口ひげはなく、眼鏡もかけていなかったようです。同じ服装なら、こんど會っても、わかると思いますが、服装がちがったら、あるひはわからないかもしれません。
二階にあがって、ふすまをあけると、八疊の部屋に主人が殺されて、死體のうえに布團がかぶせてありました。その布團はそばにあった炬燵のふとんです。わたしはいそいで階段をおりると、まだ雨戸のそとに高杉さんがいられましたので、主人が殺されたことを話して、いまの男を追っかけてもらい、わたしは醫者のうちへいって、そこから警察に電話をかけました」
家主の高杉はつぎのようにはなした。
「いちばんに物音をききつけたのは家内でした。食事していたわたしも、箸をおいて耳をすましたのですが、わたしがきいたのは、どさんという二度ばかりの大きな音だけでした。家内はそのまえに、わめくような大きな聲がしたといいます。根本さんの家とは、三尺ほど壁がはなれていますので、はっきりとは聞えません。それで、外へでゝ、根本さんの家のまえに行ってみたのですが、階下の雨戸はしまっているし、二階の障子には明かりがうつっていますし、なかがひっそりして、なんの變ったこともないのでうちへ歸りました。
しかし家内は、いまのはたゞの物音ではない、根本さん夫婦だけではないらしいから、雨戸をあけて呼んでみろといいますので、またわたしは家をでゝ、となりのまえへいったのです。そうして、雨戸のそとから、二三度聲をかけていましたら、そこへ外から奥さんが歸ってきたのです。それと同時に、二階から外套をきた男がおりてきて、奥さんに、「さようなら」といったようすですから。わたしはまだ雨戸のそとにたっていたのですが、その男はそとにでゝ、雨戸をしめると、足早に東にむけて五六間あるき、それから走ってゆきました。
まもなく奥さんは慌てゝおりてきて、主人が殺されたから、いまの男をつかまえてくれ、わたしはこれから醫者をよんでくるといゝました。わたしは走っていって、十分か二十分方々を探しましたが、つかまえることができませんでした。うす暗い光でみたのですが、その男は黒っぽい外套をきて、せいの高さは普通だったでしょう。顏はわかりません」
醫者はつぎのようにはなした。
「わたしがあの家へついたのは七眸ごろで、警察からこられる三十分ほどまえでした。死體は着物をきて八疊の部屋の片すみに倒れていました。わたしは死體は動かさず、なるべく手をふれぬようにして診査しました。體温はありましたが、もう完全に死んでいました。致命傷は鋭い刄物できりつけた左頸の背髄骨にたっする傷で、そのはかにはどこにも傷がないところからみても、犯人はよほど腕のたしかな、度胸のある男でしょう。左足のくるぶしの一寸ほど上から、鋸で切斷してありましたが、その足先はどこを探しても現場にはみつかりませんでした」
なぜ死體の片足がないか、みんながそれをきみわるく思った。
根本が殺された翌日、交番で足がでてきたのだから、少年は嚴重に取りしらべられたが、驛の一時預所をしらべてみたら、ほんとに米のはいった鞄がでゝきたので、まったく驛員の過失で番號のちがった荷物を少年に渡したことがわかった。その晩は變装した警官を驛のまわりに配置して、犯人が受取りにくるのをまったが、それに感づいたのであろう、その晩もその翌日も、そのまた翌日も荷物をうけとりにこなかった。根本が盗まれたのは、腕にはめていた腕時計だけであった。
壁にかけてあった服のポケットに財布があったのだけれど、そんなものには手をつけていなかった。抽斗や戸棚をあけた形跡もなかった。盗まれた品物が時計だけたとすれば、この殺人は窃盗が目的でなく、恨みということになるが、本人の勤めさきできいても、細君にきいても、そんな心當りはないということであった。
そのうち根本の腕時計がある質屋からでてきた。根本の細君にみせたら、たしかにその時計は根本がもっていたものに違いないということだった。たゞ革紐がついていない。
警察ではその時計の持主のブリキ屋を呼んで一室に通した。ひとりの警官がその男の見張りをしているあいだに、此の警官が廊下にでゝ、そこに立っている根本の妻君にきいた。
「どうです、顏をみましたか? あの男にちがいありませんか?」
「はっきりとは分りませんが、あんな顏でした。服装はちがいますが――」
警官は部屋にはいって、ブリキ屋にいろんなことをきいたあとで、
「時計を質屋にもっていったのはいつのことだ?」
「きのうです」
警官はポケットから時計をだした。
「これに違いないか?」
「そうです」
「どこで買った?」
「大阪で」
「いつ?」
「十年ほどまえです」
「十年?」
「はい」
「そんならこの時計をお前がもっているのを、誰かみたはずだ」
「そうです」
「誰?」
「なんども以前この時計を質屋に持っていったことがあるのです」
勝ちほこった警官は、ぺちゃんこになった。早速質屋の主人を呼んできいてみると、やはりこの時計は、なんども預かったことがあるというのだった。
讀者よ。こゝまで讀んでくると、この犯罪がスレイターの事件に似ていることにお氣づきのことゝ思う。まだお讀みにならぬ讀者のために、こゝにスレイター事件のあらましをのべてみよう。一九〇八年十二月、八十二歳になるひとりものゝ老嬢が、グラスゴーの自宅で惨殺された。この老嬢がやとっていた女中と階下にすむ紳士が、二階からおりる犯人をみたが、まだその時には犯罪があったことをしらなかったので、逃がしてしまった。
數日後、老嬢のものらしいダイア入りのブローチが、ある質屋から發見され、それを入質したスレイターという男が犯人らしいということになった。このスレイターという男はその時本妻を故國にうちやらかし、ある女とアメリカ行きの船にのっているところであった。彼はニューヨークに着くと同時に、電報でよびもどされた。そうして取調べてみると、そのブローチは以前にも何度もその質屋にあづけたことがあるということがわかった。
けれども女中にその男の顏をみせると、どうもこの男らしいというし、それにこのスレイターなる人物は、ドイツ系のユダヤ人で、平常の素行もわるいし、アメリカへ高飛びするというのが怪しくもあるし、それによく探してみたら、彼の住んでいた家から金槌が發見され、それが老嬢の傷跡にぴったりあうというので、ついにこのスレイターは、終身の刑にしょせられた。英國の探偵小説家、そうして熱血漢であるところのコーナン・ドイルは、この判決に義慣をかんじ、自費でパンフレットを出版して、スレイターの辯護をした。
「――ダイアのブローチが盗まれた。それと同じブローチが質屋から發見されたので、それを入質したスレイターをアメリカから呼びもどした。ところが、調べてみたら、意外にもそのブローチは、老嬢が殺される以前にも、彼が入質していたことがわかった。ほんとはこゝでスレイターの取調べは打切るべきであった。こゝから先は警察のこじつけだ。
何萬人のグラスゴーの市民のなかから、ちょっとした偶然のまちがいから、警察が眞犯人を捕へるというようなことが有りうるだろうか。この判決は、神聖なるべきスコットランドの裁判に、ぬぐうべからざる穢點をぬりつけた、云々――」
だが、日本のスレイターなるこのブリキ屋は、さいわい終身の刑にもならねば、死刑にもならず、あっさり、そうかそんなら歸ってよろしいということになったのである。
手足も凍える寒いま夜半、ひとりの男が山のうえの墓地を發掘していた。まだ埋めてまもない柔い土にスコップをさしこむと、それを片足でぐっと踏みつけては土を掘りおこす。この働作をなんどもくりかえすうちに、彼の體はじめじめと汗ばみ、呼吸がだんだん烈しくなってきた。それでも彼は休まなかった。できるだけ短時間に、仕事をなしとげたいというような焦燥が、その手つき體つきにあらわれていた。
見上げるような頭の高いところに、黒々とした大木がおおいかぶさっているので、あたりは深海の底のような暗さだったが、それでも寶石をちりばめたようなオリオン星座は、梢をもれてそのあたりまでほのかな光をなげつけていた。彼は一定の深さまで孔をほると、兩手で土をかきさがし、しばらくして目的物をさがしあてると、また土を埋めて平にし、石の臺や茶碗をもとのようにならべた。そうして、墓地をでると、石ころの多いごろごろとした山の阪道を、ぼつぼつとおりはじめた。
この男が阪道をおりはじめると、どこから現れたのか、もひとつの黒い影が、可なりの距離をおいて動きだした。この黒い影は、墓をほった男の影より、ずっと小さかった。小さいも道理、これは十五歳の少年なのである。五日まえにハーモニカを吹いて、停車場から歸る時には、見知らぬ男にあとをつけられたが、今夜は反對に、こちらがあとをつけているのだ。だが、相手は先日の親切な百姓ではない。もっともっと怖ろしい男なのだ。
彼は子供心にも、相手が怖るべき男であることは、よく知っていた。もし尾行していることを覺られたら、もしあとがえりして自分がつかまえられたら、自分の生命はないものと覺悟していた。だから、まえの男とは可なりの距離をおかねばならぬ。けれども、まえの男もこららと同様、しのびあしで歩いているのだから、もし不意に脇道にそれて、姿を見失ったら、いままでの苦心が水の泡となる。全身を耳にし、全身を目にして、彼は尾行をつゞけた。
阪道をおりると、しんとしづまった街にはいって、いくども右に折れたり左に折れたりしたあとで、まえの黒い人影は、ある街角から三軒目の、コンニャク屋と玩具屋との間の露路をはいって、裏手にまはった。少年はその男がコンニャク屋に入るか、玩具屋に入るか、そこまで確かめたかったが、危險なのでそれは斷念した。
墓を掘った男の家をみとゞけると、少年は星だけ光っている深夜の街を息を切らして走った。ある素晴しい仕事をなしとげた歡喜と興奮、まだはらいきれないえたいのしれぬ恐怖のなごり、そんなものが胸のなかでこんがらかって、がたがたと身ぶるいするような氣持であった。
「巡査さん! 巡査さん!」
赤い灯のついている交番にとびこむと、少年は大息つきながら呼んだ。
それは五日まえにつれこまれた同じ交春であった。
奥からかすかな返事がきこえた。
少年はやれやれと安堵した。
しばらくすると巡査がでゝきた。
「人殺しをした男かわかりました」
「根本を殺した奴か?」
巡査は電氣に觸れたように顏色をかえた。
「そうです」
「どうしてわかった?」
「どうしてって、私が墓の見張りをしなさいと何度もすゝめたでしょう。でもあなたが相手にしてくださらないので、私はひとりで夜半に墓の番をしていたのです。お父さんもそんなことをするなといって怒ったのですけれど、私は墓の見張りさへしていれば必ず犯人がわかると思ったので、暗くなってから明方まで、三晩つゞけて見張りをしたのです。三度目にとうとう犯人がやってきましたよ」
「そりゃえらい。運がよかったんだ」
「運ぢゃありません。警察のかたは時計や金や友人關係のことばかりに没頭していられましたが、私は犯人がほしがっているのは、あの足よりほかに、なにもないと思ったのです。死體は灰にして埋めましたが、足だけはあとからそのまゝ埋めました。ですから、驛の一時預所には、怖れて取りにこなかったけれど、こんどは夜中に必ず取りにくるにちがいないと思ったのです」
「單純な子供の頭のほうが、時によると眞相をみるのに都合がいゝのかもしれないね。しかしどうしてそんなに足をほしがるのだろう?」
「そりゃ本人にきかなくちゃわかりません」
「その墓を掘った男を尾行したらどこへいった」
「京町と寺町との交叉點から三軒目にコンニャク屋があるでしょう。あのコンニャク屋と玩具屋とのあいだに露路があります。その路路にはいりました」
「よし」
急にものすごい血相になって、巡査は電話室にむかった。
「――それに、考えてみますと、私はいつ日本にかえれるやらわからない身でした。あるひは半年のち、一年のちに、このネルチンスクよりもっと奥に護送されるかもしれません。たのまれたとはいいながら、縁もゆかりもない軍醫大尉の遺言状を、その長いあいだずっと肌身はなさず持っているのは、可なり厄介なことです。それで、とうとう悪いとは知りながら、つい好奇心にかられて、その手紙の封を切って讀んでみたのです。人間の運命のわかれみちは紙一重ですね。
もしあの時、私がもっと賢こかったら、あの遺言状の封を切らずに、大切に日本へ持ってかえって、遺族にわたしたでしょう。そうしたら、いまごろは平穏な生活をし、そのうえ遺族のかたからも感謝されているでしょう。だのに、ちょっとしたはづみから封を切ったために、私は怖ろしい殺人罪をおかし、自分もこれから死刑になろうとしているのです。その手紙には、お子さんの將來のことなどこまごまかいてありましたが、そんなことは忘れてしまいました。
たゞ覺えている文句はこうです。自分は奉天にいる時、胡瑞雲という豪商の生命をたすけて、六カラットのダイアをお禮にもらった。これをどうしてお前に送ろうかといろいろ考えたが、檢閲がきびしくて方法がない。それでちょうどそのとき、ある兵隊の右足の踝の骨のまんなかに彈丸がはいっていたのを、手術で摘出したから、その骨の洞孔に胡瑞雲からもらったダイアをいれといた。この兵隊は原籍地P市B町二十番地、根本勝三郎。
本人にはいまはこのことは秘密にしてあるが、平和になって世間が落着いたら、お前がその人をたづねて正直に事情をはなし、信用できる外料醫にダイアを取り出してもらって、本人にも醫者にも、充分お禮をするがよかろう。時價數百萬圓のダイアだから、どんなお禮でもできるわけだ――と、こんなことがかいてあったのです。馬鹿者の私はこのダイアを盗みだす計畫に夢中になりました。そして内地へ歸ると、はるばるこの土地へのりこみ、まづだいいちに貸間をさがし――」
いまではこの少年はハーモニカは打ちやらかし、毎日大きなアッコーディオンを、ブーブー鳴らして、となり近所を弱らしているが、これはいうまでもなく、軍醫未亡人の心からの感謝のしるしなのである。聞くところによると、軍醫未亡人は、根本の若い遺族にもいくらかの金を贈り、また胡瑞雲氏にもていちょうなお禮の手紙をかいたそうな。
注)句読点は追加変更したところがあります。
注)「〜え」とあるのは「〜へ」と変更しています。
「太陽は輝けど」
「宝石増刊」 1949.07. (昭和24年7月) より
赤い灯。
笑い騒ぎながら、家族のものが、テーブルをかこんで、夕食をたべている――
これは、人生における、もつとも平和な、おだやかな一瞬間であろう。幸福の繪であろう。
この瞬間が、いつまでも續くことを願わぬものがあるだろうか。
だが、部屋のすみには、「死の神」がたゞずんで、このうちの、誰をつれてゆこうかと思案しているのだ。
なんちうことだ!
親と子、それから良人と妻、やがては、どちらかゞ、「死の紳」の招待状をうける。
無限の時間のながさに比べるなら、彼らのつながりは、ほんの一瞬間であろう。
親と子、それから良人と妻、しょせんは二つの星が、大室ですれちがって、永劫に別れゆくのと、なんのちがいがあろう。夕ぐれの街で、見しらぬ人とすれちがって、ちょっと目と目を見合はして、また無限に遠ざかりゆくのと、なんのちがいがあろう。いちど別れたがさいご、なんまんねん、なんおくねんたっても、にどと會うことはできないのだ。
そうして、別れたあとには、その人の、影像のみが、甘美な追憶となってのこる。
いつまでも。
いつまでも。
そうして、
「うちのお父さんは、この魚がお好きだったね」
とか、
「うちのお母さんは、この花がお好きだったね」
とか云って、さかずきの最後の一滴をすゝるようにおたがいの記憶をつゝきあって、しんみりとなる。
だが、まだ、この話相手のあるあいだは、めぐまれているのだ。
しまいには、その話相手も、ひとり死に、ふたり死にして、誰に話すことも、できなくなる。
おゝ、話相手もなしに、亡くなった人の影像を、ひとりで胸にいだいているということは、なんという淋しさであろう。なんという空莫であろう。
夫樹欲靜而風不止
子欲養而親不待
往而不可返者年也
逝而不可追者親也
この古人は、この空莫を感じた人かもしれない。
あるいは、それ以上のものを、感じた人かもしれない。
それから、また、時がたつ。
すると、ジーザス・クライスト、この、ある人の影像を抱いていた最後のひとりも、「死の神」の招待状をうけとる。
そうなると、もう、この「ある人」は、完全にこの世から、名前をけずりさられるのだ。
いうことをやめよ、墓ありと。
墓がなんだい?
冷たい石と、その人と、なんの關係ありや?
石に鳳がふくだけではないか?
小鳥がふんをするだけではないか?
「だれがくれたのだろう?」と、お婆さんはまたしても、花を眺めながら、思案した。それは、皺だらけのお婆さんとは、縁もゆかりもない、目がさめるような水々しい、温室でそだってたごうしゃな花で、アパートの三階の寒々とした空氣のなかに、すがすがしい香りをまき散らしていた。お婆さんは一月ほどまえにも、こんな送主のわからぬ花を、もらったことがあった。
その時には、夕食の魚を買いにいった留守に、どこかの花屋の小僧らしい者が、アパートの番人にあずけて歸ったのだが、こんどの花も、きのう、夕食のさいを買いにでた留守に、誰かゞ、とどけたのであった。こんなぜいたくな花をくれるのは、あの子よりほかにはないと思って、お婆さんは姪に電話をかけてみたのだが、うそもいつわりもなく、ほんとに姪は、なにもしらないらしかった。不思議なことは、それですんだのではなかった。きょう、お婆さんは、妙なはがきをうけとったのである。
「金曜日の夕方六時に、汐見橋のうえで待っていてください。なにもございませんが、いっしょに夕食たべながら、お話したいのです。とてもよい話、そうしてびっくりなさるにちがいない話なのです。」
内職の封筒はりは打っちゃらかして、お婆さんはおこたの上で、このはがきをいじくりまわしながら、日が暮れるのを侍った。差出人の名もないし、局の消印もはっきりしていないが、達者なペンの走りがきはどうしても男にちがいなく、しかも文面さら察して、若い人らしかったが、お婆さんには、そんな知り合いは、ひとりもなかった。
このお婆さんは、若いころ良人を失ってからは、毎月はいってくる家賃で細々暮しながら、ひとりの娘を育てたが、その娘は十の時に死んでしまった。いまでは家賃ばかりでは暮せなくなって、封筒をはりながら生活しているが、魚をひとつ買うのにも、胸算用をした後で買わねばならぬほど、行きつまった暮しをしているのである。
「はがきには六時とあるが、足がおそいから五時半になったら、こゝをでよう。」
わけもわからぬ、はがき一枚に誘いだされるのが、なんだか.おとなげないようでもあるし、お午ごろからふりだしたみぞれは、いつまでたっても止みそうもないので、いっそ行くまいかとも考えたが、それはなんとなく花の送主にたいして、すまぬようなきがした。平和で單調な、お婆さんの生活に、どこからともなくまいこんだ、花とはがきは、いわば、しずまりかえった池に投げこまれた、小石のようなものであった。
いくら、お婆さんの心が、山の奥の池のように、しずまりかえっていても、「いゝ話」だの、「びっくりするような話」だのいわれては、好奇心をおこさずにいられなかった。
時計が五時をうっても、みぞれはこやみなく、ふりつゞけて、ガラス窓に、目をやるとむこうの鼠色のビルディングが、薄絹をへだてたようにぼやけて、まだ、のこって事務をとっている人があるのか、ところどころの窓から、ちらちらと、星のような光が、もれはじめた。五時半になると、コートをきて、傘をさして、アパートをでた。
花のかおり、橋のうえの約束!
おゝ、それは、この梅干のように皺だらけになったお婆さんにとって何十年ぶりの珍しい經驗であろう。その經驗は、若い頃の胸のどどろきを、ぼんやりと聯想さしたが、それをはっきりと思いだせないほど、いまのお婆さんは、記憶がうすれているのである。
傘をなゝめにして、みぞれをよけながら、お婆さんは橋の上を、二三度ゆきつもどりつした。電車が通る。自動車が通る。傘をさした人が通る。たいした期待ももたぬお婆さんは落着いていた。このまゝ誰にも會わずに、アパートに引きかえすようになっても、べつに失望はしないだろう。
五分たった。十分たった。もう約束の時刻は、とうにに過ぎたのじゃないかと思っていると、
「もしもし!」と、あとから聲がした。
カッパを着た男だった。
「失禮ですが、北島タミさんじゃありませんか?」
「そうです。」
「どうぞ、こちらへ――」
みぞれにぬれながら、どんどんその男は大またに歩くので、お婆さんもついていった。
橋のたもとに自動車がまっていた。
男はドアをあけて、
「どうぞ」といった。
「どこへ行くんですか、はがきを下さったのはあなたですか?」
「いや、私はむかいに來たゞけです。」
「どこへ行くんです?」
運轉手はなにも云わなかった。お婆さんが坐ると動きだした。
みぞれはいつのまにか雪にかわって、下駄に蹴散らされる白い雪が、兩がわの店の灯をうけて、きらきらと光っていた。自動車が暗い街へはいったり明るい街を通りぬけたりしているうちに、お婆さんは方角を失って、東へ行っているのか、西へ行っているのかさへ分らなくなってしまった。やがで自動車が郊外の闇につゝまれると、ゆるやかなこうばいを、上ったりくだったりするのが感じられるだけだった。
とある大きな門をはいって、じゃり道にすべりこんだと思うと、ぴったりと止った。
「こゝです。ご用心なざい、すべりますから。」
運動手に腕をとられて、雪のふりこむポーチをのぼった。
「どこですか、こゝは?」
返事をしないで、運轉手はベルをおした。
玄關のドアがあいて、背のひょろ高い、顏が細長くて、皮膚の荒い黒い、四十ぐらいの男があらわれて、ていねいに頭をさげた。
「よくいらして下さいました。おはいりください。」
その男は、お婆さんにスリッパーをはかせ廊下の右てのドアをあけた。ひろびろとした部屋で、むッとするほどの暖かさである。
男はまたいんぎんに挨拶して、お婆さんに大きなソファーをすゝめ、自分も腕椅子にすわって笑った。
「だしぬけで、びっくりなさったでしょう?」
「あんなおはがきでしたものですから、昔の知合いかと思いました。失禮ですが、あなたはどなたでございましょうか?」
「むろん、それは話しますよ。それを話すのが目的で、きていたゞいたのです。しかし、食事でもすんでから話しましょう。それまでは、なにもおたずねにならないでください。」
「でも、人違いをなさったんじゃないでしょうか?」
「あなたは――」
「北島タミともうします。」
「そんなら人違いじゃありません。」
「何んだかへんですね。」
「いや、もうよく調べてあるのです。」
「どうしてお調べになったのです?」
「あとで。」
お婆さんは落ちくぼんだ目をみはって、無遠慮に相手の顏をみた。色は黒いが、どこか素朴で、正直そうで、惡い人間じゃなさそうである。しかし、こんな貧相な男が、この堂々たる邸宅の主人なのであろうか?
女中が銀いろの盆に、湯氣のたつグラスをのせてもってきた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
お婆さんは、ふと、新聞でみた殺人事件を思いだした。あの犯人は毒をのまして、十何人の銀行員をいっときに殺し、大金を盗んでにげたではないか。自分は淋しい一軒家におびきよせられ、この男に殺されるのではあるまいか? いや、めっそうもない! 一文なしのこの婆さんを殺してなにになる? わたしは金も持っていないし、人に恨まれるようなことをした覺えもない。南無妙法蓮華經!
目をつぶって一口すゝった。甘くてすっぱくて、頬がずきずき痛むほど美味しい。
「これはなんですか?」
思わず口をすべらした。
「ライムジュースです。」
「ライムジュース。」
それがすむと、男に案内されて、となりの食堂にはいった。
トマトのはいったスープ、魚のグラタン、(※奚隹)のガランティン。みな、老人むきに、口にいれると溶けるほど軟かくて、美味しいものばかり、テーブルには、お婆さんがもらったような花が飾ってある。あの花の送りぬしは、この男であるにちがいない。なぜだろう? なぜだろう?
あゝ、これがわたしの娘の家で、一週間にいちどでもよい、こんなところにきて、食事できたら、どんなに仕合せだろう! かつては、わたしにもミエという娘があった。良人の死後、どんなにその子を大切に育てたことか! けれども、その子は、十のとき、赤痢で死んでしまった。
ナイフとフォークを使いながら、ふたりは當りさわりのないことばかり話した。けれども、お婆さんの知りたがっている中心問題には觸れられないし、食事しながら、食物の話をするのは、遠慮しなければならないので、自然、ふたりは、どうかすると、默りがちとなり、それがしまいには、幸抱できない壓迫感となって、お婆さんのうえにせまってきた。
やがて食事がすむと、ふたりはまたもとの部屋にかえった。
その男は、ポットから紅茶をつぎながら、さも云いにくそうに、どもりながら口をきった。
「じつは、今夜わざわざ、來ていたゞきましたのは、あなたのお嬢さんですな、お嬢さんのことにつきまして、その、お耳に入れたいことがありまして――」
お婆さんは、しばらくは、ものも云えないで、ぼんやり相手の顏をみていた。
「ミエのことですか?」
「そうです。」
ミエがどうしたというのだ。
「あの子は十のとき死にました。死んでから何十年にもなります。」
「そうです。死なれました。けれども、お婆さん、よくきいてくださいよ。」
「はい。」
「びっくりしちゃいけませんよ。あなたは、本當のことは、なにもごぞんじないのです。これから本當のことを、お話ししますが、目をまわしちゃいけませんよ。どうです、どんなことを聞いても、驚かないと云う、用意ができていますか?」
「ミエがどうしたのです?」
「お嬢さんがお亡くなりになつたことは事實です。けれども、何十年もまえではなく、ついこないだ、お亡くなりになったのです。」
「いつです?」
「三月ほどまえ――」
お婆さんが笑った。
笑ったあとで、すぐ眞顏になった。この男は氣違いかもしれぬ。油斷はきんもつ。
「どこで死にました?」
「海のむこうの遠い國です。春になると谷間の牧場に赤い花がさきますが、高い山の頂には、雲がのこっているという、繪のように美しい國です。そこの湖のそばの、ロザンヌという町で、結核でお亡くなりになりました。」
「ミエは赤痢で死んだのです。外國へいったことはありません。同じ名の人が、世間にはたくさんあります。きっと人違いなのでしょう。」
「いゝえ。」
「ミニは十のとき死にました。ミエが息を引きとったあとでも、わたしはあきらめかねてお醫者さまにたのんで、注射してもらいました。冷たくなってからも、長いあいだ抱いて泣きました。棺の釘もじぶんで打ちました。火葬場へもじぶんでゆきました。」
「では詳しく話しましょう。これはご本人のお嬢さんも、あとで知られた話、また私にしたところが、一月ほどまえに、ロザンヌから受けとった手紙で、はじめてしったようなわけで、なにから話してよいやら、ちょっと見當がつかないのですが、まず、時間的の順を追って話すことにしましょう。お嬢さんがお生まれになったのは、たしか――年は八月十二日でしたね?」
「よくごぞんじですこと。」
「お産のばしょは赤十字病院でした。」
「そうです。初産で、しかも相當としをとっていましたので、かなり難産でございました。」
「あの時、あなたとおなじ病院で、おなじ時刻に、もひとつのお産があったのを、ごぞんじでしょうか?」
「いゝえ。」
目のいろをかえて、お婆さんが返事をした。もう相手を氣違いだなんて思いはしない。それどころか、この男は自分の知らないことまでしっているのだ。
「こんなことは、産院では、べつに珍しいことではありませんが、あなたとおなじ時刻にある婦人がお産をしたので、そのふたりの赤ちゃんを、おなじ部屋につれていって、初湯をつかわしたり、體重をはかったり、目藥をさしたりしたのです。部屋には看護婦がふたりきりでしたが、片方の看護婦が用事で出たのであとに看護婦が一人になったのです。」
あおくなって、お婆さんは耳をすました。
「その看護婦は、そそっかしやだったため、このとき大變なしくじりをしました。留守のまにひとりで何もかもしようとしたため、慌ててふたりの赤ちゃんの初着を、まちがへて着せてしまったのです。初着はどちらも、まっ白いのを二つならべてあったのですし、赤ちゃんはどちらも、おなじ大きさの女の子、それも顏に見覺えがあるのならとにかく、なにしろ、生れたばかりの赤ちゃんを、ろくに顏も見ないで、タオルにくるんでつれてきて、急いで初湯をつかわしたのですから、無理からぬことだったのです。」
しばらくは、お婆さんは、ものも云えなかった。あまり意外な話なので、噛みくだくことのできぬ、大きな塊を、口のなかに入れられたようなきがした。
「でも不思議ですねえ、看護婦が赤ん坊をまちがえたということが、どうしてわかったのです、見ていた人でもあるのですか?」
「いや、それが、看護婦がじぶんで、あとになって、氣がついたのです。はじめには、はっきりわかりませんでしたが、どうも不安なので、晩に寝床にはいって、赤ちゃんの初湯を使わした時の順序を、何度もくりかえして考えてみたら、ふたりの赤ちゃんをまちがえて親の手にわたしたことが判ったのです。」
「どうしてその、時、いわなかったのでしょう?」
「あくる朝、いうつもりだったのです。しかしふたりの病室をのぞいてみると、どちらの親も、無心に赤ん坊を抱いて、乳をのましている。それをみると、にわかに氣おくれがしました。そればかりではない。赤ん坊をまちがえたことがわかれば、同輩から笑われ、怖ろしい看護婦長から叱られ、病院中のうわさとなります。それで、とうとう、その日は時機をうしない、あくる日打明けることにしました。
けれどもあくる日もしりごみして、打明ける機會を失いました。だれにも知られずに、そっと赤ん坊を取りかえる方法はないかと、そんなことも思案しましたが、明け暮れ母親が抱いているのですから、そんなことができるはずはありません。こうして、二日たち、三日たつうち、ますます罪が大きくなり云いにくくなり、そのうち、兩方の母親が、退院してしまったのです。」
「まァ!」
冷たくなった紅茶をすゝると、彼はしばらくお婆さんの顏をながめていたが、
「アンデスの分水嶺に落ちた雨のしずくは、東に流れようか、西に流れようかと、しばらく迷います。そうして、西へ流れたしずくは名もない小川となって太平洋の水となり、東へ流れたしずくは、悠々千里のアマゾン川となって、大西洋にそそぎます。人間の運命もこれとおなじです。はじめ一歩の差は、あと千里の差です。動きだしたら、もう呼びとめることはできない。その看護婦は、一年ほどすると、病院づとめをやめましたが、自分の犯した過失は、忘れることができませんでした。
二人の母親の名も、忘れることができませんでした。これはかの女の胸にひめられた誰にも語らぬ秘密だったのです。片方の母親というのは、社會的地位のある、有名な家の夫人でした。そのうち十年たち、二十年たちました。ある日新聞を見ると、自分が初湯を使わした赤ちゃんが、結婚するという記事がでていました。その看護婦が、昔の赤ちゃんの家を訪ねたのは、それから半年ほどたってからのことでした。」
「その子に打明けたのですか?」
「そうです。」
「なんという名です、その子は?」
「それは口どめされていますから、當分いわれません。」
「わたしは娘にミエという名をつけましたが、ミエは本當の子じゃなかったのでしょうか?」
「まァ、そういうことになりますね。」
「その子は、看護婦の話をきいて、どう思ったでしょう。」
「すぐお信じになりました。むろん、驚かれたでしょう。生涯における、もっとも大きなショックだったでしょう。けれども、奥さんは――奥さんというのは可笑しいかもしれません。お婆さんの本當のお嬢さんといったほうが、わかりよいかもしれませんが、私はいつも奥さんと呼びなれていますから、これからは、奥さんと云わしてもらいましょう。奥さんは看護婦からきいた話を、自分ひとりの胸にたゝみこんで、良人にはもよより、誰にもお話しになりませんでした。」
「どうしてゞしょう?」
「それは手紙にかいてないので、分りませんが、たぶん、名家の令嬢として育てられたのに、急にあなたのお嬢さんということになると、婚家先にたいして、肩身がせまくなるような氣持ちもあったでしょうし、また、育てられた實家にたいしては、いままでの親子としての愛情に、もしやひびでも入るようなことがあってはと、女心にそんなことを、けねんされたのじゃないでしょうか。」
「わたしをその子はどう思っていたでしょうか。」
「なんども、あなたのアパートの前を通ったり、買物に出られるあなたの姿をごらんになったそうです。」
「かわいそうに!」
お婆さんはハンケチで眼をふいた。
「そんなにあなたをなつかしがりながら、なぜ奥さんは、あなたに直接あって、『お母さん』とよばなかったかという問題ですが、これも手紙にかいてないので分りませんが、察するに、あなたとの交渉ができれば、しぜん實家や婚家先に疑いの目でみられるようになるので、その點を心配されたのじゃないかと思うのです。もっとも、いつかはあなたに直接會うつもりだったのでしょう。
けれども、看護婦の話をきいてから三月後に外國へ行かれたので、その時機がなかったのです。外國へ行って一年たってから、お亡くなりになりました。それがついこないだのことです。お亡くなりになるときに、奥さんは、この秘密をご主人にお打明けになり、そうして、私は一月ほどまえに、御主人からのお手紙で、はじめて詳しいことを知ったという順序です。」
「ご主人というのは、なんという名で、どんなことをしていらっしゃるのです?」
「いずれお歸りになったら、直接あなたにお會いにななるでしょうが、いまのところ、あなたには何もいってくれるな、たゞ奥さんが幸福な家に育てられ、幸福な結婚をして、短かい生涯を終ったということだけ知らしてくれとおっしゃるのです。今夜來ていたゞきましたのは、この大體の話をすると同時に、奥さんからことずかったものを、あなたにお渡ししたいからでした。」
「なんです?」
「お歸りのとき、お渡しいたします。」
「せけんでは、よく、里子にだした子は、じぶんが手鹽にかけて育てた子ほど可愛くないといいますが、わたしにしましたところが、今まで育てたミエが、じぶんの子でないと知りましても、可愛さは今までと、すこしも變りません。それとおなじように、娘もやはりわたしを本當の母と知っても、愛情はむしろ育てた親のほうにかたむいていたと思うのです。どうも、わたし、その娘が、じぶんの血をひいた子と知りましても、ぴったりと胸にこないのです。」
男はしばらく戸棚をさがしていたが、「これが奥さんのお寫眞です。」と、四五まいの寫眞をわたした。お婆さんは、ランプにかざして、じっとそれをみいった。
和服、洋装、みなひとりだけれど、背景やポーズはまちまちで、笑っているのもあれば横をむいているのもあり、結婚後うつしたのか、結婚前にうつしたのかわからないが、なに不自由なく育てられ、教育をうけたためかどことなく品があって、しとやかで、じぶんの子にしては、もったいないよう。お婆さんはまたハンケチで涙をふいた。かわいそうな娘よ、お前は本當の母と一口も言葉を交さないで、死んでしまったのか。でも、お前にとっては、じぶんが育てたのと、どちらが幸福だったろう。これはとてもふくざつで、簡單に云われぬ問題である。
「どうでしょう? 奥さんはお父さん似でしょうか、お母さん似でしょうか?」
だしぬけに男が、まえかゞみに覗きこんできいた。
「そうですね、どうも寫眞だけでは、なんとも云へませんね。いったい、子供というものは、そんなに親に似るものじゃありません。子供が親に似るのは、年をとってからです。その證據には、學校の運動場へいって、遊んでいる子供たちをみてごらんなさい。じぶんの本當の子より、もっとよくじぶんに似ていると思うような子が、かならず一人か二人はありますから。」
男が笑った。お婆さんもそれにひきずられて笑った。
「一枚戴いてもよろしうございますか?」
「ご主人がお歸りになる迄待って下さい。」
「いつお歸りです?」
「一年さきか、二年さきか、それはわかりません。」
「しつれいですが、あなたは――」
「まァ、秘書のようなものです。」
「こゝはどこですか?」
「主人がお歸りになったら、おしらせいたします。」ポケットから封筒をだして、「これは奥さんからのことずかりものです。途中で封をきらぬよう大切にもって歸ってください。」
そとには、まだ雪がふっていた。
自動車にのったお婆さんは、すっかり疲れていたが、それは體の疲れでなく、精神的の疲れであった。
横文字をかいた小切手いちまいで、百萬圓の大金をうけとって、お婆さんが目をまわさんばかりに喜んだのは、その翌日のことであった。
ふって、ふって、ふり續けた雪がやんだ。
蒼い蒼い空に、金色の太陽が輝いていた。
けれども、この美しい日に、ひとりの病人が死にかゝっている。
聖クララ病院の看護婦たちは、だが、この病人に、すこしの同情もよせていなかった。
いちばんはじめの看護婦は、濕布のきれが熱すぎて、「馬鹿ッ!」と罵られて、この患者の附添をやめた。
にばんめの看護婦は、牛乳がさめていたので、「聞抜け!」と叱られた。
それで、いま、三人目の看護婦が世話をしているのである。
この患者は、母が苦勞してかせいだ學資金で大學をでると、したのほうから勤めあげ、まれにみる事務的才能と、鐵のような意思でぐんぐん頭角をあらわし、ついに實業界に重きをなす人物となってしまった。だが、彼の暮しが樂になった頃には、たったひとりの母は、すでにこの世の人でなかった。
うそか、ほんとか、冷酷で、打算的で、まるで鐵でつくった機械のように血の氣のない男だと世間では云われているが、この男も若いころ、いちど結婚したことはあった。けれども、どんな理由からか、半年で別れてしまい、それからはずっと、ひとりで通してきたのである。
ドアをノックして、背の高い、面ながの、色の黒い男が、ゆうれいのようにしづかに病室にはいってきた。
「ごきぶんは、いかゞでございますか?」
患者が目をひらいた。しかし、たいぎなのか、動くだけの元氣がないのか、顏はそのほうへむけないで、天井をみつめている。
「いま何時か?」
ほとんど聞きとれぬほど、かすかな、しわがれた聲であった。
「三時半でございます。」
「馬鹿! 三時にこいと云っといた。」
「はい。」
「ぶじに渡したか、金を?」
「もつとも巧妙な方法で渡しました。返しにくると厄介ですから、チャータード銀行の小切手にしてきました。くわしく報告いたしましょうか?」
「いや。」
「でも、あんなお婆さんに、どうして大金をお贈りになるのですか?」
この質問にたいして、患者はあえぎながらとぎれとぎれに、かすれた聲で、こんなことをいった。
「いままで、だれにも、話したことがないがわしには炒な癖があるのだ。それは、停車場や、人込みのなかで,年かっこうや、からだつきが、亡くなったわしのお母さんに似たお婆さんが、まごまごしているのを見つけると手をひっぱって、助けてあげたくなるんだ。いやな癖だね。もっとも、それを實行したことは、いちどもない。どうしてかというに、わしは、がんらい、センチメンタルな感情を現すのが、きらいなたちなんだ。
けれど、こんどだけは、最後だから、實行して死にたいと思った。この窓から、毎日、あのアパートのお婆さんを見ていると、とてもよく、似ているんだ。見ればみるほど、お母さんに似ている。洗濯物を窓のてすりにかけて、パタパタと、兩手で皺をのばすところなぞ、少年時代にみたお母さんそっくり。可笑しくなるほど、似ているんだ。もっとも、お母さんのはてすりじゃなかった。洗濯竿だった――そうして、今日のような日が照っていた――」
あくる日の太陽をみないで、この患者は息をひきとった。
(完)
注)明かな誤字誤植は修正しています。句読点を追加したところがあります。
「十年」妹尾アキ夫
いつ読まれても困らぬ手紙を書けという教訓
「笑の泉「風流奇談百家選16」」 1958.06. (昭和33年6月) より
日本の郵便制度は、確実なことにかけて、世界でも指折りといっていいのである。国が狭いせいもあるだろうが、今日東京から手紙をだせば、たいていの土地におそくも二日後には配達される。どんな遠方の田舎だって、一週間もかかるようなところはない。その点で、私たちは国がせまいことと、郵便局員の勤勉なことに、感謝せねばならないわけである。けれども、絶対に遅配がないともかぎらない。そして、そんな遅配がおこなわれると、場合によっては、大変な喜劇がもちあがることもあれば、また悲劇がもちあがることもあるのである。
ここに私の知っている、一つの実例をあげてみよう。これが悲劇にぞくするか、喜劇にぞくするか、それは終りまで読んでくださればお分りになるのである。
「手紙!」といって、五つになる女の子が、二通の手紙をちゃぶ台の上においてまた走ってどこかへ行ってしまった。
手紙をとりあげる純子の白い指先は、かすかに震えていた。かの女はそっとちゃぶ台のむこうにすわって、食後の新聞を読んでいる良人をみた。良人はなにも気づかず新聞をみているのでほっと安心した。かの女が二通の手紙を、良人よりも先に手をだしてとったのは、二通とも良人宛てでなく、結婚前の自分の名をかいてあるからだった。純子ははげしい輿奮に顔色をかえて封をきった。どちらにも符箋がたくさんついていた。
一つは郵便局からの通知で、郵便局増築のさい、誤って戸棚の隙間におちていたこの手紙を発見したから、遅配で申しわけないがお送りすると書いてある。一つはペンの色があせて、黄色になって、読めないぐらい、宛名はかの女の処女時代の住所、切手は戦闘帽をかぶった男が、鳶口を担いでいる絵のあるもので、まさに古色蒼然たる手紙である。純子は中味をだして息もつかず読んだ――
「純子さん、ぼくは思いきって、札幌行きの切符を二枚かいました。もうなにも考えないで、明二十八日の夜七時、渋谷駅のハチ公の銅像の傍にきてください。ぼく一人で北海道に行く気には、とてもなれないのです。お待ちしています。勇三」
おお、なつかしの手紙よ! 色のあせた手紙をみているうちに、かの女は妙に感傷的になって、のどもとに塊がのぼってくるような気がした。消印をみれば二十三年四月二十七日、まさに十年前の手紙である。それが郵便局で冬眠したあげく、方々を駈けめぐって、いまの住所にとどいたのである。
純子は溜息しながら、また良人をみた。良人はなにも知らず、新聞を読みふけっている。かの女はまた手紙をくりかえして読んだ。
「渋谷駅のハチ公の銅像のそばにきてください――」
十年前の幻が、かの女の目のまえにちらついてた。二人は人知れず愛しあっていた。手紙の日付より一週間ほどまえ、二人はあるビルディングの四階の廊下のベンチに腰かけていた。ガラス越しに銀座を行きかう人の群や自動車の列がよくみえた。
そうだ、二人は人気ないベンチに並んで腰をかけたのだった。いま思えばなんでもないことだが、当時のかの女には、それはじつに驚くべき出来事だった。
「純子さん、ね、ぜひそうしてください。ぼくは一週間たったら北海道へ行きます。ぜひあなたもいっしょに来てください――」
かの女は勇三が結婚を申込むのを、長い前から待っていた。が、そう急に駈落ちを相談されては、迷わざるをえなかった。二人は各方面から駈落ちを批判した。かえってかの女は「イエス」と答えたかったが、何ものかがしりごみさせた。そして結局、一週間考えさせてくれとたのんだのだった。
かの女はそっと前にすわる良人に目をくれた。そして黙って新聞を読んでいる良人と、十年前の恋人を比較してみた。
いまの良人は愛の言葉はもとより、接吻さえもしてくれない。ただ静かに落着いて、打算的で、現実的で、けれど頼もしげな顔をして坐っている。かの女は二人を比較したことを、心のなかですこし恥じた。あのことは十年前のつまらぬ感傷的な記憶にすぎないではないか。思うまい、思うまい!
でも、かの女は思わずにはいられなかった。つぎからつぎと、思い出が絲のようにつづいた。かの女はそのビルディングで勇三と別れて、ひとりでうちへ帰る道すがら、いっそ思いきって彼と北海道へ行こうかと何度も考えた。
だが、女らしい気の弱さから、もう一度勇三が手紙で誘ってくれるのを待った。もし勇三がもう一度誘ってくれたら、思い切って北海道へ行こうと、決心していた。ところが、ところが――そのもう一度の手紙が、十年後の今日とどいたのである!
ふと、良人が新聞をおく音がしたのでかの女は深い瞑想からさめた。
「誰からきたの、この手紙?」
「誰でもいいの。あなたには見せないから」
「どら、みせろ――」
「純子が手紙を隠そうとすると、良人は長い手をのばして、ひったくるようにその手紙をとった。
妙な深い沈黙――
「それは十年前にあなたがポストにお入れになった手紙なの。それがどうしたわけか、郵便局で紛失して、いまごろ沢山の附箋がついてまいこんだのよ。あの晩わたしがハチ公の銅像のそばへ行かなかったので、あなたが一人淋しく汽車におのりになって、一人で――一人で一―」
そこまで純子がいうと、急に良人は手紙をすてて、両手でかの女を抱きよせて雨のような接吻をあびせた。
それは、十年前の香りのする接吻だった。
注)明かな誤字誤植は修正しています。